第18話 あねさんころがし③

「宇佐美さん、何を考えているんです」


 呼ばれて宇佐美は隼人に顔を向けた。


「田所さんの死体の在りかでも考えていましたか?」


 昼間は目を合わせようともしなかった男は、どことなく悲しそうな顔で笑っている。


「誰も田所さんが亡くなっているとは思っていませんよ」

「そうですか」

「私の考えをお話ししてもいいですか?」

「どうぞ」

「沢木さんが見た、駐在所に担ぎ込まれた男は、田所さんではなかったと思います。もちろん沢木さんが嘘をついているわけではなく、ただの勘違いです。暗かったし、足の悪い人ですから、わざわざ至近距離で酔っ払いの顔を確認しようと思わないでしょう。とにかく、キャップにフードを被った男は『田所さんは深夜に駐在所に戻ってきた』と沢木さんに証言させることに成功しました。そして担ぎ込まれた男は、数時間後自転車に乗って村を出た——この時も自転車を倒したりベルを鳴らしたりして、沢木さんと小春さんに目撃させ『田所さんは早朝には村を出た』と証言させることに成功しています」

「なんの目的があって、二人の男はそんなことをしたのだと思います?」

「あなたへの配慮でしょう」

「僕への?」

「実際田所さんは、飲みすぎて仕事にならない状態だったのだと思います。二日酔いの状態で警察庁からのお客様をお迎えさせるくらいなら、何か抜き差しならぬ用事で早朝に出かけたことにしようと、飲み仲間の警官たちで考えたのかもしれません——あなたが、早朝に自転車で村を出た警官は田所さんではないと言い出し、事件性を疑いだして、延寿署は慌てたでしょうね。今頃は次の対策を考えていますよ」


 宇佐美は顔をしかめた。


「本気でそんなことを考えているんですか?」


 ええと、隼人は笑った。

 やはり寂しそうな笑顔だ。


「——宇佐美さん」

「はい」

「私、髭を剃ったんです」

「そうですね」

「髭があるのとないのと、どちらがいいですか?」


 この言葉は好きじゃない。

 流行りなのか東京の人間でも使う者がいるが、突き放すような感じが引っかかる。

 だが、こういう時には使ってもいいなと宇佐美は思った。


(知らんがな‼)


 それでも、笑顔を作った。


「ない方がいいですよ」

「あなたがそう言うなら、もう二度と伸ばしません」と隼人は嬉しくもなさそうに笑った。


 宇佐美は立ち上がった。

 これ以上酔っ払いの相手はしていられない。


「隼人さん、もう遅いですし、どうぞお引き取り下さい」と、駐在所の入口に立ち、引き戸を開けた。


 隼人は空になったワインボトルとグラスを持って立ち上がる。


「宇佐美さんは、明日、神社に行くんですか?」

「ええ、秋子さんの地図をお借りしていいですか?」

「私もお供させて下さい」


 断りたいが、断る理由が思いつかない。


「……分かりました。明朝六時に出発しますから、早く帰って休んで下さい」


 宇佐美は自ら外に出て、隼人に帰るよう促した。

 やっと外に出た隼人は、それでも名残惜しそうに宇佐美を見つめる。


(……まだ、何かあるのか?)


 訝っていたら、突然隼人の手が伸びてきて宇佐美の頬に触れようとしてきた。

 宇佐美は飛び退き、身構える。

 暗がりで、隼人の顔は見えなかった。


「……すみません……酒のせいです……」

「でしょうね」


 すいませんと頭を下げて、隼人は坂を上がって行った。

 宇佐美が警戒しながら見送っていると、隼人は坂の途中で立ち止まり、振り返った。

 

「——掃除をしていた時、田所さんの車のキーを見つけました。栞里さんはそれを持って、車で田所さんを探しに行ったんです——田所さんが、駐在所に戻ったと工作するために警官が置いたのかもしれません——流しにはタバコの吸殻がありました——でも、田所さんは、吸いません」


 朧月夜の中、隼人の姿はぼんやりと陰のようにしか見えなかった。


「——それから、蛇のお面は通用口に落ちていました」


 そう言うと隼人は坂を上がり、消えていった。




 駐在所に戻った宇佐美は中から鍵をかけた。

 隼人の説にも可能性はある。

 田所は生きてどこかにいるのかもしれない。


 宇佐美が今日一日していたことは、田所殺害の痕跡探しだった。

 隼人が駐在所を丁寧に拭き上げたのは、犯罪の証拠隠しなのではと思ったくらいだ。

 屋根裏も床下も、駐在所を隅々調べた。


 宇佐美にはどうしても、田所はすでに亡くなっているとしか思えなかった。



 

 


 

 



 

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アカシアの花が咲く頃 こばゆん @kobayun

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