第16話 あねさんころがし①

 宇佐美が延寿署に連絡して一時間後、署員をぞろぞろ従えて延寿署地域課課長簗取やなどりが、宇佐美のところにやってきた。

 簗取が連れてきた制服警官の中には、駅前の交番で宇佐美と挨拶を交わした青木巡査部長もいた。


「この度は、うちの田所が大変な失礼を致しまして、申し訳ございませんでした!」


 宇佐美の父親と同年齢の簗取は深く腰を折った。

 簗取の後ろで他の警官たちも宇佐美に深々頭を下げる。

 

「田所さんとは連絡がつきましたか?」


 宇佐美がきくと簗取は「ただいま鋭意捜査中です!」とまた頭を下げた。


「昨日、田所と飲んでいた者に事情をきいているところです」と青木も申し訳なさそうな顔で宇佐美に頭を下げる。


 警官たちが村人に話しを聞きに散っていき、蛇神村駐在所には宇佐美と簗取だけになった。


「このことはもう、警察庁へは報告なさいましたか?」


 簗取にきかれて宇佐美は「いいえ、まだです」と答えた。

 簗取はホッとした顔をして、また頭を下げた。


「私共の捜査が終わるまで、報告は待って頂けないでしょうか。田所がみつかり次第、すぐにご連絡いたします」


「田所さんは、事故か事件に巻き込まれたのではないかと思います」


 簗取は一瞬、まさかという顔をしたが、神妙な顔でうなずいた。


「あらゆる可能性を検討しております。すべて私共に任せて、宇佐美さんはこちらで待機していて下さい」




 簗取が帰り、日が傾き始めた頃、沢木が杖をつきながら駐在所にやってきた。


「宇佐美さん、整形行ってくるから、店番頼むよ」

「どこか悪いんですか?」

「膝が痛くって、リハビリ通ってんの。毎回、体重落とせって言われてさ、イヤんなるよ——ねえ、宇佐美さん」


 沢木は声をひそめた。


「田所さん、そのうち帰ってくるよ。心配ないって」

「そうですか」

「あの人、そんなに真面目な人じゃないんだよ。前も女の人とトラブルがあってさ、警察クビになんなかったのは、えんじゅさんの親戚だからなんだ」

「槐さん? 皐月さんですか?」

「その旦那の善之さん。槐さんは、警察に顔が効くんだよ」


 まあそういうことだからと、沢木は『うねり橋』を渡っていった。


 夕暮れ前には宇佐美に挨拶をして、警官たちは引き上げていった。

 宇佐美に何か報告する者は誰もいない。

 簗取からの連絡もなかった。


 沢木が戻り、店番(客は一人も来なかったが)から開放されて、勤務時間が終わっても宇佐美は制服のまま、駐在所で延寿署からの連絡を待った。




 周囲が暗くなり始めた頃、隼人がお重とワインを持って駐在所にやってきた。


「皐月さんから、夕飯の差し入れです」と隼人はお重を机に置き、「こっちは私からです」とワインを開けた。


「ありがとうございます。助かります」


 宇佐美は頭を下げた。

 昼にうどんを数本口にしただけだった。


 隼人が持参したグラスにワインを注ごうとするのを、宇佐美は手で制した。


「いつ、運転する事態になるか、わかりませんから」


「形だけ」と隼人は宇佐美のグラスに三分の一ほどワインを注ぎ、自分のグラスには、なみなみと注いだ。

 そしてグラスを掲げると、一気にそれを飲み干した。


「もうかなりお過ごしのようですが」


 隼人は髭を剃ってさっぱりはしているが、入って来た時から酒の臭いがした。


「——あなたが怖くて、酒の力を借りないと会いに来れませんでした」


(僕が怖い?——そうかやはりこの人は、僕がただの研修でこの村に来たわけではないと、勘づいていたか——)


 宇佐美は腹をくくった。

 皐月手製の弁当に箸をつけながら、かつて殺人容疑で取り調べを受けた男の出方を待つ。


 隼人はポケットから何やら紙を取り出した。


「昼間、お堂のことをお聞きになりましたね」


 隼人は一枚の紙を机にひろげた。


「さっき、調べてきました」


 

 


 




 







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