第15話 消えた巡査長⑥

栞里しおりさんも村を出てから、まだ戻ってないんですね?」


 駐在の田所だけでなく、田所を探しに行った妻の栞里もまだ帰ってこない——沢木と小春から話を聞いた宇佐美は、嫌な予感がしてきた。


「今頃田所さん、本妻と愛人に詰め寄られて、脂汗かいてるかもな」と沢木がおどけた。「修羅場だね」


「宇佐美さんが来ること、忘れちゃったのかね」と小春がうどんをすすり、「職務怠慢ですよ」と皐月がぴしゃりと言った。


「——深夜三時に、田所さんが担ぎ込まれた時の様子を教えて下さい」と宇佐美は沢木を見る。「一緒にいた男の顔を見ましたか?」


「顔は見てないけど、若い警官だったよ」と沢木は、ごちそうさまと手を合わせた。


「制服を着ていたんですか?」


 沢木は二本目の缶ビールをあけながら首を振った。「田所さんの飲み仲間は警察の人が多いし、身体が大きかったから、間違いなく警察の人だよ。その人、周平くんぐらい大きかったんだ」


「そりゃあ、大きいね」と小春がうなずいた。


「……若いというのは、どうしてわかったんですか?」


「若い人がする格好してた。ほら、帽子二つかぶるやつ」


「帽子を二つですか?」


「つばのある帽子と、もう一つ」沢木は自分が着ているTシャツの襟ぐりをひっぱった。「こういうとこに帽子ついてる服あるだろ、あれも被ってたんだよ」


 ——パーカーのフードのことを言っているのか?


「二つも帽子被って、大きいマスクもしてたし、顔はわかんないよ」


「その男が担いでいたのが田所さんだったのは、確かなんですね?」


「そっちは、見たよ。田所さんだった。『どうしたの田所さん、ツブれたの?』って、その男にきいたら、うなずいたんだから、間違いないよ」


 その後あの橋を車で渡って行ったんだよと、沢木はまた嫌な顔をしながら付け足した。


「車はどちらから来ました? 『うねり橋』からですか? 八王子からですか?」


 言いながら宇佐美はスマホを取り出した。

 延寿署の地域課に電話をかける。


 沢木は、どっちかな?と腕を組みながら考え込んだ。「車が駐在所に止まる音で起きたから……わかんないなあ……」


「蛇神村駐在所で研修中の宇佐美です。至急、応援お願いします——」


 宇佐美の言葉に沢木がポカンとした。


「どうしたの宇佐美さん、なんかあったの?」


 その場にいた全員が、田所がいなくなった経緯をスマホで説明する宇佐美に注目した。

 もう誰もうどんに手をつけず、ビールを飲もうともしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る