第14話 消えた巡査長⑤
制服に着替えて下に降りた宇佐美は、唖然とした。
大きな竹笊に盛られた大量のうどんだけでなく、机には缶ビールも載っている。
(……駐在所で宴会するつもりなのか⁉)
椅子も人も増えていた。
「宇佐美さん、村長の奥さんの
沢木が紹介すると皐月は指を揃えて丁寧に頭を下げた。
この人が槐省吾の祖母かと、宇佐美は皐月をこっそり観察する。
淡い茶色の着物に濃紺の帯を締めた皐月は、白髪をきちり結い上げた、姿勢のいい婦人だった。
「あんた、ずいぶん若いんだね」と宇佐美を見た小春は不満そうな顔をした。「学生にしか見えないよ」
小春は小柄だが、日に焼けたたくましい腕をしている。
宇佐美は愛想よく笑って小春に頭を下げた。
「小春さん、いいから座って。シソ持ってきてくれて、ありがとうね」と沢木がとりなす。「みんな、とりあえず乾杯しよう。宇佐美さんにはコーラー持ってきたよ」
沢木にペットボトルを渡された宇佐美は、皆が当然のようにビールの缶を空けているのを見つめた。
この村の習慣ならば新参者がとやかく言うことではない。
宇佐美は大人しくパイプ椅子に腰を下ろした。
「田所さんは、いつ頃お戻りになられますか?」
うどんを取りながら宇佐美が訊くと、小春が隼人を見た。
「まだ帰ってこないの?」
缶ビールを両手に持ったまま隼人は、疲れた顔でこくりとうなずく。
「朝、出て行ったきりなの? 栞里さんは?」
小春の問に答えたのは沢木だった。
「栞里さんは、九時前くらいに田所さんを探しに行ったよ」と沢木はうどんをすすった。「田所さんの方は朝見たっきり、会ってないなあ——朝五時半くらいに、自転車が倒れる音が二回もして、起きちゃってさ、外出たら、田所さんが自転車に乗って坂上がって行くのが見えたよ」
「あたしたちも、そんくらいの時間に田所さん、見たね」と小春は隼人に顔を向けた。「自転車のベル、うるさくならしながら、皐月さんの家の方に走っていったよね」
「それから、ずっとお戻りではないんですか?」と宇佐美は眉を寄せた。
「田所さん、皐月さんのとこに行ってないの?」と小春は皐月を見た。
「いいえ。今日は一度も田所さんと会っていません」と静かに答えて皐月はビールに口をつける。
「八王子の女んとこに行ったんじゃないの」と沢木。「ほら、なんてったっけ、店の名前——」
「『歌姫』だよ」と小春。「まさか、自転車で行くかねえ。あそこまで、けっこうかかるよ」
「田所さんさ、夕べ遅くまで飲んでたんだよ。三時くらいに駐在所の前に車が停まってさ、外でて見たら、田所さんが男に担がれて車から出てきたんだよ。その車さ、あの橋渡って帰ったんだよ」と、沢木は大事な文化財なのに車で通るなんてひどいだろと付け足した。
「ああそれで、車運転できないから、自転車使ったのか」と小春は合点がいった顔でうなずいた。「二日酔いだったんだ」と、うどんをすする。
「すみません」と宇佐美は箸を置いた。「午前三時に車で担ぎ込まれた田所さんは、この駐在所でお休みになったんですか?」
そうそうと、うどんをほおばりながら沢木がうなずく。
「ここに運ばれて、寝かされてたよ」
「そして早朝五時半には自転車に乗って、八王子方面に行かれたということですか?」
「そうだよ」と沢木と小春が同時にうなずいた。
「田所さんの顔を見ましたか?」と宇佐美の口調はつい強くなった。この二人の話は、おかしな点が多すぎる。
「——背中しか、見てない……けど……」と沢木はたじろぐような顔になった。
「あたしも、遠かったし……顔、見てないよ」と小春も自信なさげな顔をした。「でも、隼人は近くで見てるよ、隼人、朝見たアレ、田所さんだったよね!」
その場にいた全員の視線が隼人に集まった。
隼人は両手に缶ビールを持ったまま、なにやら思い詰めたような顔をしている。
「隼人さん!」
宇佐美が呼ぶと隼人はビクリとした。
「今朝、田所さんを見ましたか?」
「自転車の人、田所さんだったよね?」
宇佐美と小春に同時にきかれて、隼人はハッと顔を上げた。
「隼人さん」と皐月も隼人を見つめる。「そうなんですか?」
「隼人さん、どうなんです?」と宇佐美はじっと隼人を見た。
「……はあ……まあ……」と宇佐美からの視線を避けるように、隼人はまた下を向いた。
「なんだよ! はっきりしないね!」と小春がじれた。「隼人! 宇佐美さんが知りたがってるんだから、しっかりしな!」
「まあまあ、隼人さんは、栞里さんの代わりにここの掃除して、疲れてるんだよ。
やだなあ宇佐美さん、怖い顔しないでよと沢木は困った顔で笑った。
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