第12話 消えた巡査長③

「今日から、こちらの駐在所でお世話になります、宇佐美俊介です。よろしくお願いします」


 そう宇佐美が挨拶しても、隼人は微動だにしなかった。

 無言で宇佐美の顔を見てくる。


 隼人は宇佐美より十五センチは背が高い。

 見上げる格好で宇佐美は内心思った。


 ——自分が警視庁の頼まれ仕事を請負い、ここに派遣されたのを、この男はすでに知っているのではないか。


「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


 宇佐美が言うと、隼人は目が覚めたような顔をした。

 そしてすぐに下を向き、宇佐美が事前にこの男の名を知らなかったら聞き取れないほどの小さな声で、自分の名前を言った。


「水無瀬さんは、こちらにお住まいなんですか?」


 隼人が低く何か答えていると、太った男が杖をつきながら近づいてきた。


「あんたが新しい、駐在さん?」

「宇佐美です。よろしくお願いします」

「あたしは、そこで土産物屋やってる沢木。あんた、お昼まだだろ? うどん茹でてくるから、中で待ってな」


 沢木は杖をつきながら、自分の店へ戻って行った。


 かなりな巨漢なうえ、足が悪いようなのに、沢木の動きは軽快だ。

 火がかけっぱなしなのかもしれない。

 青木は沢木を『うるさい男』と言っていたが、案外世話好きのようだ。

 なにより駅前で野菜を売っていた沢木琴恵の義父——。

 うまく親しくなって『お堂』の話を聞き出せるかもしれない。


 そんなことを考えながら沢木を見送っていたら、ふと視線を感じた。

 隼人がまたじっと、こっちを見ている。


 宇佐美と目が合うと、隼人は慌てたように顔を背け、白いウッドカーペットを担いで、無言で駐在所の中に入って行った。


(……やはり、怪しまれてるな)


 だが特に落胆はなかった。

 水無瀬の監視や槐省吾えんじゅしょうごの確保より、宇佐美には別の強い関心事があった。


 蛇面へびづら神社へと続く石段を見上げる。

 九我くがの話を聞いた時から、ここに来たかった。

 二十年前、夜神楽見物に来た九我は、林の中のお堂で蛇の化け物を見たと言った。


 頭がいくつもあり、身体は一つ。

 手足がいくつも生えた化け物。


 それがなんだったのか、宇佐美は知りたくてたまらなかった。


 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る