第6話 隼人①

 蛇神村へびがみむらに来て十日になる。

 水無瀬隼人みなせはやとは、早起きが身についた。

 早朝五時には自然と目が覚める。

 ベッドから出て大きな窓を開けると、川の音とともに清々しい五月の風が流れてきた。


 洗顔後、キッチンに入ると、小窓から隣人の小春が畑仕事に出ていくのが見えた。

 コーヒーを淹れながら、隼人はガランとしたリビングを見回す。


 隼人の祖母、秋子が先週亡くなった。

 葬儀後も隼人は後片付けのために残ったが、それもそろそろ終わる。

 今週末は自宅のあるシンガポールに帰る予定だ。

 心残りはあるが、向こうでやりかけの仕事があった。

 そうそうのんびりもしていられない。


 隼人はコーヒーを淹れたカップを手に、庭に出た。

 川が見えるように配置された日除け付きのガーデンチエアに腰を下ろす。

 バリオスのギター曲をイヤフォンで聴きながら、新緑の風景を眺めた。


 ——心残りはある。

 やれることはやったつもりだが、結局成果が出なかった。

 残された日数で、自分に打てる手はもうないように思える。

 それとも自分は恐れているのか?

 頼まれごとから手を引きたがっているのか?


 隼人が考え込んでいると、自転車がやってくる音がした。

 勢いよくやってきた自転車は、ベルをならしながら猛スピードで通り過ぎていく。

 乗っていた者は警官の格好をしていた。

 帽子を目深にかぶり、顔はわからなかったが、手には紙袋を下げていた。


 軍手をした小春がやってきた。

 隼人はイヤフォンを外し、おはようございますと挨拶をした。


「今のみたかい?」


 小春は真っ黒に日に焼けて、シミだらけの顔をしかめている。

 

「こんな早くに、田所さんが起きてるなんて、珍しいよ」

「田所さんでしたか?」


 小春は今の男を駐在の田所だと思ったようだ。


えんじゅさんのところで何かあったのかね」


 と、小春は男が去って行った方角——村長夫妻が住む家を見ながら、畑に戻って行った。


 さっきの男は、田所にしては体格がよかったと、隼人は思い返した。

 着ているものが同じだから小春は勘違いしたのだろう。

 遠目でわからなかったのかもしれない。


 ——だがあれは確かに


 まさか今日、警察庁から研修にやってくるとかいう男ではないだろうな。

 この村の村長に朝っぱらから呼びつけられたのか?

 それで手土産持参で挨拶に向かったのか?


 だとしたら気の毒だが、自分には関係ない。

 隼人はまたイヤフォンをつけ、考え事に戻った。

 




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