第11話 先生の後悔②

ー引き続きファーレス視点になります。



駆けつけた先には、父親らしき男が子供を抱き抱えて必死なって魔獣から逃げようとしている姿があった。


僕はすぐさま、魔獣に向かって剣を振るった。


烈風剣スパーダ


剣戟を魔獣に飛ばす。致命傷には至らないが、親子から気を逸らすには充分だ。


魔獣が一瞬怯んだ隙に魔獣と親子の間に入り込み、右上段から魔獣に剣を袈裟斬りに振るう。


ザシュッ!!


魔獣の胸から、血が吹き出した。

でも魔獣は止まらない。



魔獣はヴォルケーノベアだった。

赤黒い強靭な体毛と強力な膂力で振るう剛腕が特徴の魔獣。


胸から血を吹き出しながらも、その剛腕を怒りに狂った様子で振り下ろしてきた。


いつもなら身体を斜め前に逃がしながら、斬り上げる…だけども今は無理だ・・・

避けた拍子に後ろに居る親子が被害を受けるかも知れない。


・・・いけるか?



一瞬だけ逡巡した後、僕はそのままの体勢で振り下ろしてくる剛腕に合わせて、下から全力を込めて剣を振り上げた。

地面に足を喰い込ませるように踏ん張る・・・


ズバッァ!!


ベアの腕がボトリと落ちた。


僕はそのままの勢いで剣を返し、ベアの首を切り落とした。


・・・良かった…何とかなった・・・


Aクラスの魔獣と僕の実力は拮抗している。

だから、自分にとって如何に有利な条件のもとで戦えるように持っていけるか。

それが重要なのだ。

魔獣と人との違いはそこなのだから。


背後に守るべき人がいる。

僕はそんな不利な条件で魔獣と戦うのは初めてだった。正直、精神的にクタクタだった。



「大丈夫ですか?」


振り返りながら、親子に声を掛ける…


「あっ、ありがとうございましたっ!!!」


子供を必死に抱き抱えたままの格好で、感謝を伝えてくれる。



「あっ・・・・・」




その父親の肌は浅黒く、頭の横からまるで羊のような角が生えていた・・・


「あっ、あの人族の方ですか?」


父親が尋ねてくる。抱き抱えている子供が上目遣いでこちらを伺うように見てる。


異形な姿かたちをしていて…

残虐で…

人族の敵・・・・?


父親が子供を守るために必死に抱き抱えて逃げようとしている光景を見た僕には・・



僕には…、全然そうは思えなかった…



ふいに子供を抱き抱える父親と自分の父を重ねてしまった。

昔、父と母と一緒に過ごした楽しかった日々が頭を過ぎる…


何故だか涙が溢れてきて・・・

父と母に会いたくなって・・・


「はい゛っ・・・、そ…う・・・です。」



「あっ、あの…大丈夫ですか?

もしよろしければ、ウチの村に来て頂けませんか?だいぶ汚れてしまっているようですし、お礼もさせて頂きたいのです。」


僕は何も考えることが出来ず、ただ頷くことしか出来なかった・・・



*********


それから魔族の親子に案内されて、村にたどり着く頃には僕も平静を取り戻した。

親子の村は以前、遠くから見つけた村だった。


「お見苦しいところを見せてしまい、すみませんでした。」


「いっ、いえいえ。ファーレス様も何かおありなんでしょう。助けて頂いた方に、見苦しいなんて思いません。」


・・・・


「ガジルさんは、私が人族であることに何も思わないのですか?」


ガジルさんはキョトン?とした顔をして、


「人族だと何かあるのですか?ただ種族が違うだけでしょう?

…人族の国では私たち魔族は恐れられているみたいですが、私たちも人族も何も変わりませんよ。」



・・・僕には「魔族は人族の敵」という言葉よりも…、

ガジルさんの言葉の方が、ストンと胸に入ってきた。



村にたどり着いて、僕は驚いた。


人族の村と何も変わらないのだ。

まだ青い小麦の畑が広がり、村の人達がせっせと畑の手入れをしている。


子供達は元気にはしゃぎ回り、その横で母親達が談笑している。


同じ…いや、人族の…少なくとも僕が見てきた王国の村でこんなに幸せそうな村は数えられるくらいしか無かった。


村人を見るとほとんど人族と変わらない姿の人達もいる。


「ファーレス様、魔族を見るのは初めてですか?ほとんど人族と変わらないでしょう。

人族との混血の者も多いのですよ。

国を追われた人族の者がこちらに住み着き、子を成して何代か経っているのです。」


時折りこちらの方をチラリと見てくる人もいたが、特に気にした様子はなかった。


ガジルさんの家の玄関に着くと、ガジルさんの奥さんが出てきた。


「あなた、おかえりなさい!今日は遅かったわね。何かあったの?」


「あぁ、今日は大変だったんだよ。ヴォルケーノベアに襲われてね。この方が助けてくれなかったら、きっと生きて帰って来れなかったと思うよ。」


「まぁ!!本当に・・・、良かったわ生きて帰って来てくれて。どなたか存じませんが、夫と息子を助けて頂き、本当にありがとうございましたっ!」


奥さんは驚き、こちらを見て頭を下げながら感謝を伝えてくれた。


「いえ、魔獣討伐で私がガジルさんの方に逃がしてしまったのが、そもそもです…

こちらこそお二人に怖い思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。」


「いえ、それでもです。助けて下さった事に変わりありませんわ。どうぞ中にお入りになって下さい。」


それから家の裏で身体を綺麗にさせてもらい、その後ガジルさん達と夕食を共にした。


夕食は質素ながらも心を込めて作ってくれた事が分かるとても美味しい料理だった。


その日は泊まっていけば良いと言ってくれたが、僕は遠慮した。

このまま帰りたくないと思ってしまいそうだったから・・・


代わりにまた訪ねても良いかと聞いてみた…


快くいつでも訪ねて来て良いと、ガジルさん家族は言ってくれた。



それから時々魔獣討伐をした後、それを手土産にしてガジルさんの家を訪ねた。


ガジルさんの息子とも仲良くなり、夕食を皆んなで食べた後、息子さんと一緒に遊んだりして過ごした。




僕がこの世界を見て回って思ったこと。


世界といっても王国の中だけ…だけれど、

たった1年と半年ちょっとだけれど、


僕は…、家族が欲しいのだと思った。


僕は人よりもちょっとだけチカラを持っていて…

もしかしたらこの世界を少しだけ良くする事が出来るのかもしれない。


でも僕が欲しかったモノは家族だった。



*********


ある日冒険者ギルドから、町から歩いて2日程離れた村から魔獣討伐依頼が入ったのだが、

行って貰えないだろうかと頼まれた。


王国から受けた依頼はもう9ヶ月程経っていて、もう山に強大な魔獣は殆ど残っていない。

数日なら構わないかと思い、依頼を引き受けた。


依頼を完遂して、3日ぶりに町に戻ると町の様子がいつもと違っていた。

どうも王国兵らしき人間が多い。

何かあったのかと思い、町の人に尋ねてみた。


「あぁ、ファーレスさん。ありゃ知らないのかい?

とうとう王国が魔族討伐に乗り出したんだよ。

2日前に王国の第三騎士団がやって来て、そのまま山を進んで行ったんだ。今町にいるのはその応援部隊だよ。」



目の前の風景がぐらついた。


何を言っているんだろう?討伐?


誰が?…誰を???



気がついた時には僕は村に向かって、全力で駆けていた。


早く・・・早く・・・・





あれっ??


魔獣のいない山の中を駆けている時に、ふと気づいてしまった・・・


僕が王国に依頼を受けて行なっていた魔獣討伐はこの為だったんじゃないかと…


魔族討伐のための依頼を僕はしていたのか?


心の中が黒く塗り潰されていくのを感じた…


自分の罪と怒りと憎しみで・・・




身体中が軋むように痛い・・・

全力の身体強化を全身にかけて、数時間…


やっと村にたどり着いた・・・



そしてやっと辿り着いたそこは.....、

もう僕が知っている村ではなくなっていた…


後少しで収穫を迎えるはずだった・・・

あの風にたなびく黄金色に輝いていた麦畑は踏み荒らされ、


楽しそうに遊び回っていた子供達のはしゃぐ声の代わりに・・・

−−欲に塗れた下卑た笑い声が溢れ、


子供達の横で楽しそうに談笑していた母親達の代わりに・・・

−−欲に塗れた下品な会話で溢れていた。



「…何で・・・、こんなことを…。」


茫然自失となり、その場に立ち尽くしていた僕に気付いた下級騎士の1人が声をあげた。


「あっ、剣聖ファーレス様だっ!ファーレス様、魔獣討伐ありがとうございました!!」


「ファーレス様!おかげさまで魔族討伐を始めることが出来ました!感謝致します!」


「ファーレス様!@/#&_/##@/_々〒8<・!!」


「#2$€♪「:〒〆^\>=#%!ファーレス様!」



もう何も理解が出来ない・・・・



異形の人達が支配している国。

残虐的な性格から人の敵とみなされている。

神から祝福を与えられず、神に仇をなす者…


それはコイツらの事だろう・・・・


僕は剣を強く握り締めた…

その時・・・




「ふぅ…、お主がこの馬鹿共の中での最強格といったところじゃな?」


突然頭上から女性の声が聞こえた。


声のした方を見上げると、

黒いリボンと美しいレースで装飾された漆黒のドレスを着た少女が立っていた。



−−ただその少女が立っているのは、

夕焼けで真っ赤に染まる空の上だった…

キラキラと輝く紺瑠璃色の髪を優雅に風に靡かせながら、言葉を続ける…



「村の者は皆、我が街に避難させたから全員無事じゃが・・・・、家は荒らされ、せっかく実った作物も台無しにされ、あやつらに何て言ってやればいいのじゃ……、まったく・・・。

はぁ・・・。」



・・・っ!!!



「お主ら、覚悟せいよ。行った行為の代償は高く付くぞ。」



そこからは一方的な蹂躙だった・・・


沈みゆく太陽の光で真っ赤に染まる風景の中…


風の刃で手足を飛ばされる者、

少女の手によって首を引きちぎられる者、

燃え盛る業火で黒炭にされる者、

氷の柱で全身を突き刺しにされる者、


死後、罪を犯した者達が生前の罪を裁かれるという地獄を僕に想像させた・・・



ふわりと少女が僕の目の前に立った・・・


深い溜息を一つゆっくりと吐き…


「逃げんか・・・」


ポツリと一言だけ呟き、


僕の左腕の肘から下を手刀で斬り落とし、

傷口を暗い漆黒の業火で焼き塞いだ…


僕は激痛で意識を失いそうになるのを必死に堪えた…


「次にちょっかいを出してきたら、この程度では済まぬぞと、戻って国王に伝えよ。しっかりと伝えるのじゃぞ。」


そう言い残し、少女は去っていった。


********



僕はかろうじて生き残った数人の騎士と共に王国側へ戻った・・・


生き残った騎士達は戻る道すがら、口々に後悔の念を吐き出していた。

皆もう騎士は辞めるという。

生き残った者は皆、今回の討伐を望んでいなかった者ばかりだった。


僕は町に戻り、

生き残った騎士達と共に、町で待機していた応援部隊に村で起きた事を伝えた。



その後、冒険者ギルドへ行き、冒険者証を返却し、その場で引退する旨を宣言した。

受付嬢から引き留められ、

ギルドマスターも顔色を変えて受付に来て僕をなんとか説得しようとしてきたが、それは全て無視をした。




宿に籠り何もせず、ただひたすら自分の無知を呪った。



ある日、宿に1通の手紙が届いた。

マクス辺境伯からだった。


何処からか聞いたのか…僕の身体を気遣う言葉から始まり、辺境伯領の話や孤児院の話…

終わりに辺境伯の息子達の師になって貰えないかという内容だった。


そして最後に手紙には、

こう綴ってあった…


*******


ファーレス、私の大切な息子よ。

私には出来なかった世界を見て回るという夢を

君に託してしまい、君を傷付けてしまう結果になってしまい本当に申し訳なかった。


もし君が良ければ俺の家族になって貰えないだろうか。

親愛を込めて−−−


********


僕はもう一度やり直しても良いだろうか…?

僕の罪は許されて良いのだろうか?


僕はそれに答えは出せなかったけれど、

もう一度前に足を踏み出そうと決めた。





◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆


あと三話程度で第1章は終わりになると思います。

初めて長い物語を書いていますので、何かと読みづらい点もあるかと思いますが、頑張って書いていきます。

お読み下さり、本当にありがとうございます。

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