第10話 先生の後悔
町に着いた頃には、太陽はもう沈みきっていて、西の方角が僅かにオレンジ色を残すのみとなっていた。
この世界の夜は短い。
日が沈む前に夕食を取り、2時間くらいの団欒を楽しみ、身体を清めて9時には寝てしまう。
もうこんな時間だから、孤児院の夕食は終わってしまっているだろうな。
背中に背負っているブラッディーベアに目線をやりながら、そんな事を考えていると、
「ユーティア君はこの後真っ直ぐお屋敷に帰るのかい?」
ファーレス先生が尋ねてきた。
「はい、少し遅くなってしまいましたから。
家族も心配しているかもしれませんし。」
ウチの夕食の時間は少し遅く、7時からなので夕食には間に合うだろう。
「そうか、僕に付き合わせてしまって悪いことをしたね。…マクス様に怒られてしまうかな?」
先生が僕のことを心配しながら謝ってくる。
別にそんな謝られるような事ではないと思うんだけどな。
それに先生の話はとても面白かったし。
「大丈夫ですよ。夕食には間に合いますし!
それより先生はどうするんですか?」
「ははっ、自分より僕の心配かい?君は随分と大人びているねぇ。」
自分でも分かってはいるんだけど…
出来るだけ子供っぽく振る舞っているつもりだし、多少は身体の年齢に精神が引っ張られてる感じはあるんだけど…
魂の精神年齢は前世含めると三十半ばだからなぁ・・・
まぁ、あまり気にしないことにしてる。
「あはは、よく言われます・・・まぁ、あんまりそう言わないで下さい。」
「ごめん、ごめん。気にしてる事だったかな?
それで僕の方だけど、今日はマクス様に御挨拶だけして正式に伺うのは明後日にしようと思うんだ。
元々の予定は一週間後だったからね。
早く着いて孤児院に顔を出したり、色々懐かしい場所を見て回る予定だったんだ。」
「今日はどちらに泊まられるんですか?」
「孤児院に泊めさせてもらおうと思ってるよ。2年も冒険者をやっていると、何処でだって寝られるようになるからね!」
「分かりました!じゃあまず、僕の家に帰りましょう!あっ、それと一つお願いがあるんですけど良いですか?」
「僕に出来る事なら大丈夫だけど、どうしたんだい?」
どうせなら先生にブラッディーベアを持ってて貰おう。
「この背中のブラッディーベアを孤児院に届けて貰えませんか?」
「それはもちろん構わないけど・・、もしかして最初からそのつもりだったのかな…?」
先生はすごくバツの悪そうな顔をしていた。
ちょっとだけイジワルしたくなってしまった…
「はい、だけど町に着くのが遅くなったので、今日の夕食には間に合わないかなと思うので。
明日皆んなで食べて下さい。」
「うっ・・・ユーティア君、本当にすまなかった。トレーニングのつもりだったんだが、そこまで気が回らなかったよ…」
ちょっとやり過ぎたかな…
「冗談ですよっ!でも明日、孤児院の皆んなと一緒に食べてくれると嬉しいです!
さぁ、遅くなっちゃいますし早く一緒に帰りましょう!!」
ちょっと落ち込ませてしまった先生に元気を出してもらうため、出来るだけ明るく声を掛けて一緒に帰った。
先生、ごめんなさい。
************
「ただいまー」
玄関を開けて声をかける。
バッ!タッタッタッタッ・・・
「ユーティア様、おかえりなさいませ!!」
アリシアさんが玄関まで迎えに来てくれた。
「ただいま〜、アリシアさん。」
あっ…、ちょっと不機嫌なような・・・
…やっちゃったな・・・
心配かけないようにって思ってたのに…
「今日はちょっと遅かったです…心配しました。ってあれ?後ろにいらっしゃる方はどなたでしょうか?」
「ごめんね、アリシアさん。この人はファーレスさん、お父さんが僕達の先生として呼んでくれたんだ。お父さんはいる?」
「あっ、そうなのですね。今確認してきますので、ちょっとお待ち下さいね。」
アリシアさんはそう言って、小走りで屋敷の奥へ駆けて行った。
「お屋敷は全然変わってないね!懐かしいよ!」
「あははっ、ウチは質素倹約が家風みたいになってますからね。」
「悪い意味じゃないからね。僕はそんな辺境伯家が大好きだから、安心したのさ。」
そんな会話をしながら待っていると、しばらくしてアリシアさんが戻ってきた。
「今マクス様がこちらに来られるそうです。
客間にご案内させて頂きますね。」
そう言ってアリシアさんが歩き出した。
っと思ったらアリシアさんが振り返って、
「ユーティア様、獲ってこられましたお土産は玄関に置いておいて下さいね。後で孤児院に持って行かれるのでしょう?それと一度お部屋に戻って着替えてこられた方が良いかと。」
「・・・はい、分かりましたアリシアさん。」
精神年齢は俺の方が年上な筈なんだけど、なんだか逆らえないというか・・・
小さな頃から面倒を見てくれていたから、もう1人のお姉さんのように感じているのだ。
************
ーアリシア視点
もう日は暮れてしまったのに、なかなかユーティア様が帰って来られない…
森に出掛けられる前に、無理はしないでくださいねって言ったのに・・・
ユーティア様がとても9才とは思えない程、
強い事も分かってはいるのだけれど・・・
それでも心配なのだ。
私はユーティア様が赤ちゃんの頃から、ずっとお母さんと一緒に面倒を見てきてるから、なんだか弟みたいに思っている。
成人して、私は自ら望んでユーティア様の専属メイドになった。
1番近くでユーティア様の成長を見たかったから。
ここ最近、周囲の人から男性を紹介しようか?とか、直接男の人から声を掛けられる事が増えたのだけれど・・・・
私はそういうのはまだいいかなって思ってる。
それよりもまだ私は「弟」の成長を見守っていたい。
「ただいまー」
あっ、ユーティア様が帰って来た!!
走って玄関までお迎えに行く。
「ユーティア様、おかえりなさいませ!!」
まずい、嬉しいのが声に出てしまった!
私はちょっと怒っているのだ。
「今日はちょっと遅かったです…心配しました。ってあれ?後ろにいらっしゃる方はどなたでしょうか?」
しまった!
後ろにお客様がいる事に気付かなかった・・・
ちゃんと仕事モードに切り替えないと・・・
「あっ、そうなのですね。今確認してきますので、ちょっとお待ち下さいね。」
私はマクス様がいらっしゃる執務室に向かいながら、ちゃんと仕事モードに切り替えた。
私は出来る「お姉さん」なのだ!!
************
ーファーレス視点
案内された客間に入ると既にマクス辺境伯様は部屋におり、ソファに腰掛けて私を待っていた。
「久しぶりだな、ファーレス」
懐かしい声だ…
「はい…お久しぶりです、マクス様。」
「もう…、大丈夫なのか?」
「はい、こちらで心機一転やり直そうと思っています。それよりも塞ぎ込んでいた私に手紙を送って下さり、こちらに呼んで頂きありがとうございます。」
僕は3ヶ月前、左腕を失った。
僕はこの国をまわりながら、冒険者としてこの世界を見て回っていた。
まず最初に驚いたのは、同じ王国内なのに治める領主によって領民の生活は大分違っていることだった。
ここと殆ど変わらない暮らしをしている領地もあったけれど、つらい暮らしを強いられている領地も多くあった。
僕はあえてそういう領地を選んで、普通の冒険者が避けるような魔獣討伐依頼をあえて受けていた。
マクス様に鍛えられ、1年間の戦争を経験した僕は自惚れではなく本当に強くなっていた。
1年程でAクラスの冒険者となり、剣聖の称号を国から与えられるまでになった。
北の魔王国近くには凶暴な魔獣が多く、僕はギルドを通して国からの依頼を受け半年程そこで魔獣討伐を行なっていた。
そこは魔王国との境になっている山脈だった。
魔王国は魔族と呼ばれる異形の人達が支配している国。
個人の力は人族のそれを遥かに凌ぎ、その残虐的な性格から人族の敵とみなされている。
僕は好奇心から山を魔王国側へ降ってみた。
僕は魔族を見たことが無かった。
魔族とはいったいどんな姿かたちをしているんだろう?
王国で信仰されているエアリス教では、主神エアリス様から祝福を与えられず、エアリス様に仇をなす者とされている。
山を降りきると遠くの方に村らしきものが、見えた。
村までは身を隠せるような木々等は無く、これ以上近づくことは諦めた。
ある日Aクラスの魔獣を討伐していた際に、その魔獣を1匹、魔王国側に逃がしてしまった。
急いで追いかけると、手負いの魔獣が逃げた先から叫び声が聞こえた。
手負いの魔獣は当然凶暴化する。
全力で声が聞こえる方に僕は駆けた。
駆けつけた先には、父親らしき男が子供を抱き抱えて必死になって魔獣から逃げようとしている姿があった。
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