第9話 先生②

俺の新しい先生?ファーレスさんと一緒に町まで帰る。

身体強化を使ってるのに、普通に歩いて…

町に着く頃には夕方になってしまうよ。


氷結アイス


背中のブラッディーベアの周囲の空気を凍らせておこう。


そういえばダリル兄さんが剣聖の先生を父さんが呼んでくれたって言ってたな。


「ファーレス先生?」


「うん?なんだい?」


「先生って剣聖なんですか?」


「あぁ〜、元剣聖かな。ほら左腕がこんな風になってしまったからね。それで冒険者も引退したんだ。」


片腕が無くったって、あんなに強いのに…


「でも先生、充分強いじゃないですか。それにまだ若いですし、勿体無いなって・・・」


「あははっ、ユーティス君ありがとう。でも色々思うところもあってね。」


左腕の怪我について、もう少し聞いてみたいなって思うけど…

誰かと戦って失ってしまったのかとか、もしそうなら相手はどんな相手だったのかとか、

もう復帰する気はないのかとか・・・


でもきっと興味本意で聞くのは、なんか間違っている気がする。


「ねぇユーティス君、マクス辺境伯様はお元気かい?」


「父を知っているのですか?」


「もちろんだよ!元々僕はここ出身なんだ。国境近くの村のね。帝国との戦争で父さんが亡くなってしまってね。」


戦争か・・・

町の孤児院にいる子供達の半数以上は戦争孤児だ。そうじゃない子も話を聞いてみたら、間接的に戦争が原因だった。


「それで母と一緒に村を出て、町に移り住んだんだ。ほら、マクス様は戦争で亡くなった人の家族の為に仕事の斡旋とか援助をしているだろう。それを頼ったんだ。母は病弱だったから、村での農作業は厳しかったからね。」


「でも僕が10歳の時に、流行り病で母が亡くなってしまって町の孤児院に入ったんだよ。

それからしばらくして、町の冒険者ギルドに登録してね、」


ファーレス先生はそれから町に着くまで、ずっと父との関係と先生が冒険者になった経緯を話してくれた。


*********


先生は冒険者ギルドに登録した後、簡単な依頼を受けてお小遣い稼ぎをしていたらしい。

その稼いだお金で孤児院の小さい子達にオヤツを買ったり色々していたんだそうだ。


孤児院には成人するまで居る事が出来るので、年上の子が年下の子達の面倒を見たりして皆で協力し合っている。


父の肩を持つ訳じゃないけど、辺境伯家だってお金が無尽蔵にある訳じゃない。

援助はしているけど、余裕ある暮らしをさせてあげられる程の援助は無理だ。


孤児院の子供達もそれを理解しているのだと思う。

だから文句を言う訳でもなく、自分達で協力し合って暮らしを良くしようと頑張っている。


俺は・・・、そんなこの世界の人達が好きだ。


話が逸れてしまったけど。それで話の続きはこうだ。


先生には剣の才能があった。

特に誰に師事する訳でもなく、周りの冒険者からのアドバイスだけで12才になる頃には1人でここら辺の魔獣なら倒せるくらいになってしまった。


ある時、ギルドに自分の生まれ育った村からの魔獣討伐依頼書が貼ってあるのを見つけた。

討伐難易度はCクラス、ワイルドボアの変異種レイジングボアの討伐依頼だった。

先生はその依頼を受けた。


村に着くと村の皆が歓迎してくれた。

皆口々に、

「大きくなったなぁ!」

「立派になって良かった!」

と言ってくれた。


やはり母についても聞かれたので、流行り病で亡くなってしまった事を伝えると、皆一様に悲しい顔になり、村を出させてしまった事について謝られたそうだ。


***

先生は、

「村は貧しくはないけれど、働くことが出来ない人間を余裕を持って養える程に裕福ではなかったから。母もそれが分かっているから僕を連れて村を出たんだ。」


「だから謝る必要なんて無かったのにね。

…でもね、謝られて嬉しかったんだ。

皆、僕達のことを気に掛けてくれていたんだって分かって。」


少し嬉しそうに、でもちょっとだけ悲しそうな顔で先生は笑いながら話してくれた。

***



それからその日は村の皆が歓迎会をしてくれ、次の日にレイジングボアを見たという場所を聞いて、そこへ先生は向かった。


村の人曰く、ここ1ヶ月くらいで村周辺の森から動物も魔獣も居なくなってしまった。

村の狩人が一日中探しても、ここ2週間は1匹も見つからなかったと。


そしてやっと見つけたのが、体長3mを超える巨大なワイルドボアだった。

狩人の目でギリギリ視認出来る距離からでも、その異様さが理解出来た。


このボアを狩るのは自分達では無理だ。

だが多分森から動物が消えたのは、このボアが原因だから倒さない限り動物は帰って来ない。


それで冒険者ギルドに依頼を出したのだという。

ワイルドボアではなく変異種の上位個体レイジングボアとして。


先生はその話を聞いて、悪い予感がしたそうだ。いくら上位個体といっても所詮はボア。

周辺の森から動物が消える程かなと…


でも村の人達の顔を見たら、断ることは出来なかった。


ボアを見たという場所の近くにまで行くと、全身から鳥肌が止まらなかったそうだ。


***


「正直ね、本当に帰りたかったよ。もうゾワゾワが止まらなくてね。」

先生はそう言っていた。


***


先生は、これはもう自分ではどうにもならないと判断した。

村の人には悪いが、このまま魔獣と相対しても無駄死にをするだけだ。村の人に正直に伝えて謝ろうと決めて、帰ろうとした時だった。



ブッォォォオォーー


辺り一帯の木の葉が揺れる…

腹の底から震え上がらせるような、低い、低い地鳴りを思わせる咆哮が響き渡った。


先生はその咆哮を聞いた瞬間、生まれて初めて死を覚悟したそうだ。


ヤバい、ヤバい、ヤバい・・・・


先生は足の震えを必死に抑えて、来た道を全力で逃げようとした。


身体の向きを変え、一瞬だけ振り返ると真っ白な体毛の巨大なボアが、地響きと共にこちらに向かってとんでもない速さで駆けて来ていた。


先生は全力で走って逃げたそうだ。


もうとんでもなく、みっともない顔をしていたと思うよと先生は笑って言っていた。


全力で走っても、ボアの足音はどんどん大きくなっていき、自分との距離がどんどん縮まっていくのが先生は分かった。


ボアが駆ける事によって起きる空気の震えを感じ始めて、先生はそこで生き残るのを諦めた。


もう駄目なら、せめて一太刀だけでも入れよう、もしかしたらその傷が元でボアも死ぬことがあるかもしれない。


そう思い、逃げる足を止めて身体を反転させ、向かい来るボアと先生は正対した。


その白いボアが放つ圧倒的な威圧感に、気絶しそうになるのを唇を噛んで必死に耐える。


ボアとの距離が、3m…2m…1m…


時間が止まった様に感じたそうだ。


1mをきったところで、先生は身体を右前に倒れ込ませながら、脇に構えた剣で斬り抜いた。


パキィーン!!


甲高い金属音が響いて、先生の剣は中程から折れてしまった。


だけれど身体は無事だった。ボアは先生の横を通り過ぎていった。

風圧で身体が飛ばされ、地面を転がる。


剣を持っていた手は痺れてしまって、感覚が無くなった。


立ち上がれない…、次はもう・・・


先生は倒れたまま、顔をあげ真っ白なボアの方を死を覚悟しながら見たそうだ。




ボアの駆ける音が地響きのように鳴り響く中、

透き通るような涼やかな声が聞こえた…


「我が敵よ凍てつけ、氷花ジーヴル


雪…?

ボアの足が氷で覆われていく。


「良くやった、ナタリア!間に合ったか!!」


「ギリギリねっ!氷花も長くは持たないわよっ!」


「分かってるっ!エリーゼ、あの子に防護魔法を頼む!!」


「はーい、分かってるわ〜。

彼の者に光の加護を与え守護せよ、

光盾ブライトシールド


先生の身体が光に包まれる。


「いくぞっ、突き抜けろっゲイボルグ!!」


男の人が持っている槍をボアに向かって投擲した。


その槍は回転をしながら速度をどんどん増し、

熱で赤銅色にその色を変えて、

光の軌跡を描きながら一直線にボアに向かっていく。



ドッッガァー!!


爆発音が鳴り響く。

その槍はボアを突き抜け、大地を穿ち、大爆発を起こした。


先生はただ茫然と目の前の光景を見ているしか出来なかった。

自分に飛散してくる岩礫は魔法が守ってくれた。


これで終わったんだと思った。

こんなのを喰らって生きている筈がないと思った。




コンマ数秒の沈黙の後、


グッ…ガッアァーアァ!!


大地が震える程の轟音で白いボアは吠えた。

そして白いボアが怒り、憎しみ、殺意の篭った目を…


先生に向けた…、その瞬間だった。


ギィッン!!


白いボアの身体が光の鎖に縛られて、


グシャッ!!


次に大地から巨大な氷柱が飛び出して白いボアを串刺しにした。



ザァッン!!


そして槍を投げていた男の人が、一刀で白いボアの首を斬り落としたそうだ。


「少年、無事か?」


男の人は先生を抱き起こして、話しかけてきた。


先生はただ首を縦に振るしか出来なかった。

緊張で声が出なかったらしい。


「あなた、すごいわね!」


「そーですよ、その歳で異常です!!」


女の人が順に褒めてくれたが、先生は首を横に振って否定した。


「何にせよ、無事で良かった。俺たちと一緒に帰ろう。そういえばまだ名乗ってなかったな。

俺は辺境伯、マクス・ローレンだ。宜しくな」


先生を助けたのは、俺の父だった・・・

そして一緒にいた女性は、エリーゼ母さんとナタリア義母さんだった。


父さんは歩けなかった先生を馬を停めていた所まで、おんぶしてくれたらしい。


先生は恥ずかしかったみたいだが。

でも嬉しかったと言っていた。


馬まで歩いている最中、父さんは先生に白いボアについてこう説明してくれたそうだ。


「あれはもうボアじゃない。エリュマントスっていうAクラスの魔獣だよ。Aクラスの魔獣はもう神獣に片足突っ込んでるからな。

死なずにあれに剣を当てたってだけで、すごいことだぞ。自信持って、胸を張っていい。」



************


「それでね、馬に乗せてもらって町まで帰ったんだ。町に着いて、孤児院に帰ろうとしたら引き止められてね。」


ファーレス先生が楽しそうに話してくれる。


「僕の身体が心配だからって、マクス様のお屋敷にお呼ばれしてね。一緒に食事をとらせて貰って、その時に

『君には才能がある。空いてる時間があったら、ウチの騎士団の練習場を訪ねてくるといい。稽古をつけてあげるから。』って言ってくれたんだよ。」


「それから空いた時間があったら、練習場に行って指南役の先生やマクス様に教わりに行ってね。3年前の帝国との争いが起きるまでお世話になったんだ。」



「あの争いには僕も参加したんだ…ちょうど成人していたし、冒険者の傭兵としてね。


やはり戦争は好きになれなかったけど…

皆を守りたいって思ってね。

それで争いが終わったあと騎士団に入団しようとしたら、マクス様から言われたんだ。


『ファーレス、君はまだ若い。もっと色々な世界を見てきた方が良いと私は思う。君にはそれが可能なのだから。』ってね。


それで傭兵からまた冒険者に戻って、色々見て回っていたってわけさ。」


ファーレス先生の話を聞き終わって…

俺はこの人のことをもっと知りたいって思った。

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