第3話 出会い by 沙紀
「もう朝ですか。」
私は、陽の光で目を覚ました。
カーテンの隙間から光が
今日は蓮さんが「朝一で用事があって朝は迎えに行けないからジョギングはなしだ、道場にそのまま来い」って言っていた。でも、このもやもやを吹っ切りたい。20分だけなら走ってもいいかな?
ベッドから降りて顔を洗う。そして動きやすいようトレーニングウェアに着替える。
玄関で靴に足を入れる。かかとをトントンと床に軽く落とす。
「行ってきます。」
時計を見るともうすでに七時だった。ジョギングは始めからダッシュすると息が持たなくなるので、ダッシュはだめ。最初は気持ちの良いくらいのスピードでゆっくりめに走る。私は少しずつスピードを上げていく。足が地面から離れる感覚がする。
両足にめいいっぱい力を入れて飛び出す。
左右の景色がビュンビュンと瞬く間に通り過ぎていく。
気持ちがいい。視界がクリアになっていく。
街路樹の葉に朝露がキラキラと光っている。
一定のスピードと呼吸をキープする。
もうそろそろ帰ろう。
私は腕時計を横目で見る。ちょうど7時10分だ。
「ドゴッ」
腕時計に気を取られていたせいで、誰かにぶつかってしまった。
次からはもっと前方を注意して走らなければ。
「すみません。大丈夫でしたか?」
「ごめんっ!」
目線をその人に合わせると目には分厚い眼鏡をかけていてショートの髪を揺らしている。一見かっこいい感じの少女だった。でも、その目はキラキラと輝いていた。
同じ学校の制服を来ている。
見たことのない顔だ。転校生だろうか。
私はパソコン壊れてないかな~。と焦っている彼女を頭の天辺からつま先までじいっと見る。うちの学校の鞄を背負いながら片手にはパソコンを大事そうに抱えていた。
「桐の葉学園に転校するんですか?」
私が彼女の目を見ながらできる限り穏やかに問うと。彼女は花の様にふわっと笑った。
「うん、そうそう!ウチの名前は
彼女は丁寧に笑って自己紹介をしてくれた。私も慌てて自己紹介をする。
「私の名前は闇野沙紀です。桐の葉学園中等部の一年生です。」
「やっぱり!そんな感じしてたんよ。」
彼女は自信満々に自分の頬に人差し指を当てながら言い放った。
私は制服を着てないのに、どうして彼女には私が桐の葉学園の生徒だってわかったんだろう?知り合い?じゃあ、ないような気がするけれど。どこかで会った事があっただろうか。
分厚い眼鏡の奥の大きな瞳が一瞬揺れた。それと同時に「あっ、やば」と小さく如月さんの口から声が漏れる。
「そんな感じがしていたとはどういうことですか?」
「ん~。な、なんか悪い気もするんやけど、学校のことはほぼ調べたんよ。」
さっきまでの元気な感じとは真逆に、如月さんは下を向いて、頬をかいた。
鞄の紐を人差し指に器用にくるくると巻き付ける。その動作が可愛くて私は思わず微笑んだ。
元気で可愛いらしい子だ。でも、学校の情報がわかっているというのはどういうこと?なにか誤魔化そうとしている?
私が不思議そうな顔をして如月さんを見ると、彼女は両手を顔の前に合わせて私を見た。
「それに関してはほんとにごめん!得られる情報は得る。我が家の家訓なんよ。隅から隅まで調べ尽くしたからということも会って明日から学校なんやけどめちゃめちゃ緊張してんねん。も、もしよかったら・・・・その、学校に一緒に行ってくれたら・・・なんて。」
一緒に行く・・・嬉しいけれど、まだこの人のことあまり知らない。今日制服をきているのは入学手続きをしてきたという可能性が高い。
私は如月さんの方を見る。バチッと目があって如月さんが瞬きする。
「あ、嫌だった?」
彼女は首を少し傾けて聞いてきた・・・・。ボブの髪をふわっと揺らす如月さんはどこからどう見ても可愛かった。ほんのりピンク色に鳴っている唇はリップクリームでも塗っているのだろう。
「え、いや、いやじゃないです。私の方こそ、一緒に行けたら嬉しいです。」
私は失礼のないように言葉を選びながら如月さんの誘いに乗る。思わずオッケーしてしまった。誰かと登校するなんて、蓮さん以外ではな初めての経験だ。私が少し不安な気持ちを抱えていると、如月さんはニコっと笑って私の手を握って言った。
「じゃあまた明日!」
「はい。」
如月さんが走り去っていくのを私は見送った。
如月さんのコミュニケーション能力はすごい。私も見習わなければ。
クラスメートとも、できる限り話すように心がけなければ。
私は深く息を吸い込んで少し体をほぐした。胸の中が熱くなっていた。
陽の光が眩しかった。
昨日はまだ少し寒いなと思ったのに、ランニングしたあとだからかもしれない、風が少し暖かくなってきたように感じる。坂の上にある家は風通しが良く、風がよく吹いている日は窓を開けている。部屋に戻ったら窓を開けよう。
私は玄関で靴を脱ぎ、そのまま道場まで小走りで行った。
ドアを開けるとそこには少し不機嫌な蓮さんが立っていた。
「言いつけを守らなかったな。」
「すみません。」
私が頭下げると、蓮さんは少し厳しい顔をしてから言う。
「今日お前が朝会った人の名前を知っているか?」
腕を組み、少し難しそうな顔をしながら、私に聞いてくる。
今朝あった人。きっと、如月さんのことだ。私、今朝は如月さんとしか会わなかった。あとは、ランニング中に横を通り過ぎたサラリーマンのおじさんとか、パン屋の店長さんとかだ。その方々とは喋っていない。
「名前、教えてもらいましたよ。如月光さんです。」
蓮さんは「ああ」、うなずいてから口を開いた。
「如月光はホワイトハッカーの親をもち、小学5年のときにホワイトハッカーとして世界的な賞を受賞している。相当な腕のハッカーだ。」
情報を手に入れるのが得意と入っていたけれど、まさかハッカーだったなんて。五年生で賞を受賞だなんて、彼女は天才なのかもしれない。
蓮さん曰く、ホワイトハッカーとはセキュリティの専門家としてシステムの脆弱性を見つけて改善する人で、ハッカーは一般的にセキュリティを破る技術を持つ人、といいう違いがあるらしい。ざっくり分けると、ホワイトハッカーは善、ハッカーは悪、とも言えるかもしれない。
でも、なぜ蓮さんは心配しているんだろう?ホワイトハッカーと仲良くしていると情報を取られたり、セキュリティーシステムを壊されたりされてしまう可能性もゼロではないから?
考えていると、私の頭には別の疑問が浮かんできた。
「蓮さん、なんで私が如月さんと会ったこと知ってるんですか?まさか、つけていたんですか。」
「つけてない。」
「いや、じゃあなんで知ってたんですか。」
「つけてない。」
真顔で表情一つ変えずにそんな事を言う蓮さん。
バレバレだ。つけてたのか・・。そんなに同じ言葉繰り返したらバレるに決まってる。小さい頃から蓮さんは嘘が下手だった。いや、私が嘘を見破るのが得意なだけかもだけど。
私は今にも吹き出しそうで、頑張って口を閉める。でもどうしても肩が震えてしまった。
「子供なんですか。本当のことを言ってください。」
気付いてないふりをすれば説教されない・・と思う。まあ、吹き出してしまっても少しの間、口を聞いてくれなくなるだけだとは思う。でも、嘘下手すぎ。
「つけてねえっていってんだろ。ていうか、俺はお前の護衛なんだぞ、つけて当たり前だろ!・・・・修行はじめんぞ。」
あ、認めた。というか、逆ギレ?
時間もないことだし、これに関しては別の機会に。
私は体勢を整え、蓮さんの方を睨んだ。
今日は7回しか蓮さんを投げられなかった。その上、十回以上投げられてしまうという・・・。つまりマイナス3ってことだ。次は負けない。
そんな事を考えながら廊下に出ると、居間の方から叔父様の声がした。
叔父様?珍しい・・。最近は仕事が忙しいって言ってらっしゃたのに。
私が居間に入ると叔父様は私の方を見た。
「沙希ちゃん。久しぶりだね。」
少し低めのハスキーボイスには優しさが滲んでいる。
髪はお父様と同じで焦げ茶色。ダークブルーのシャツにジーンズを履いている。
Nexaraで働いていて、副社長である。
いつも笑顔なイメージだ。スラッとしたスタイルで背も高い。時々、お父様と意見が合わないといって、言い合っているが、普段は温厚だ。
「おはようございます。」
私は叔父様の目を見てきちんと挨拶をする。叔父さんも笑顔で「おはよう」と返してくれる。今日はどれくらいここに居られるんですか?そう聞こうとしたが、
「じゃあ、僕は仕事があるから。またね。」
と叔父さんが急いで立ち去ろうとしたので、言葉を飲み込んだ。最近新しく出来上がった商品を、売る前にチェックするらしい。どんどん新しい商品ができるな、と私は思っだ。ネット上の口コミによると、Nexaraは完璧な商品が凄いスビードで発売されていく点が評価が高い理由なんだそうだ。
叔父様は少し厳しい顔をして去っていった。
叔父様が私の横を通り過ぎたとき、私は思わず振り返った。なにか悪い予感がした。
でも、そんな証拠のない気持ちが、ただの勘が・・・まさか当たってしまうとは、その時は思ってもみなかった。
次の日の朝。
私は昨日の不安を抱えながら如月さんとの集合場所に着いた。
「おはよ~・・・・ってどうしたん?なんかあったん?」
如月さんの顔が目の前にぴょこんと現れた。
私は如月さんの目を見ながら、「なんでもないです」と笑いながら言ったけれど、如月さんはどこか不安そうな顔をしていた。昨日の言葉にできない不穏な気持ちが胸に渦巻いている状態で、上手く笑うことができない。でも、登校初日の如月さんを不安な気持ちにさせたくない。
「大丈夫ですよ。行きましょう!」
私は少しわざとらしく如月さんの腕を掴んだ。
「え・・と、次の文章、闇野さん。」
私は教科書を見て二章の最初を目でなぞる。
「なにもないような静かな部屋で、僕は目を覚ました。ここがどこなのか、僕が誰なのか。わかっていたはずのことが僕から離れていくような、そんな感覚にゾッとした。そんな時、どこからともなく声が響いた。こっちだよ、こっちだよ。と僕を呼んでいる。その声は柔らかくて優しく。僕はその声がする方に歩いていった。」
静かな教室に私の声が響く。
「はい、座っていいよ、次の人。」
先生の満足そうな声と同時に、私は音を立てず席に座った。
・・・・・
「キーンコーンカーンごーン、ピーンポーンダーンドーン」
少しズレたチャイムの音、きっと放送委員が何かを間違えたのだろう。クラスメートのクスクスとした笑い声が聞こえてくる。
昼休み中、独自教室で食事を食べなくてはいけないというこの学校の方式には少し疑問を抱く学生も多い。なので、先生の許可を貰えばいいときもある・・・人によってだが。
有名な会社の跡継ぎが多いと言ってもみんな中学1年生、先生の目が届かないところで何をやかすかわからないような子には先生は好きなところに行って昼ご飯を食べることの許可は出さない。でも、中学1年生になってもまだ悪いことをしてしまう人などめったにいないのでほとんどの生徒が許可を取れる。
私は人気の少ない外のベンチに座った。私には馴染みのランチスペースだ。ここからは、人の声が聞こえない。静かでいい。風が入ってくるので少し寒いが、心がざわざわしている日は、こういう場所の方が教室より過ごしやすい。
眼の前には真っ青な空と広々とした校庭が広がっていて。左右は草や木でいっぱいだ。
今日は晴天だ。雲が全くない青空。
ぼーっとして空を見ていたら後ろから元気な声が響いてきた。
「あ!ここにいた。何やっとるん?」
「昼ごはんを、食べていたんです。」
私が急に角から出てきた如月さんに驚きつつもそう答えると、如月さんは「え⁉」と声を上げて目を丸くする。
「一人で食べてたん⁉」
「はい。」
「沙紀ちゃん人気者なのにナンデみんな誘わへんのやろ?」
如月さんは少し眉を寄せて不思議そうに首を傾げた。私は自分の耳を疑った。
「人気者??」
「まあ、ええわ!みんな勇気がないんやろ。こーんな可愛い沙紀ちゃんに話しかける勇気が!」
一緒に御飯を食べるなんて誰もやっていない。私は一応クラスメートに話しかけているが、まだ一緒に御飯を食べれるほどの友達はいない。私が人気者?どういうことだろう。そんなことを考えている私をよそに「じゃあ、一緒に食べよ!」と言って、如月さんが私の横にストンと座った。その動作に少し驚きつつも、嬉しいと思った。如月さんが来てくれて、嬉しいと感じた。好きで一人でいたはずなのに心の何処かで誰かと食べたいという気持ちがあったのかもしれない。
如月さんは私のお弁当を一目見ると目を輝かせながら、
「へえ!沙紀んちのお弁当豪華やなあ!」と叫んだ。
私は「ありがとうございます」と言って如月さんのお弁当を見る。
色彩豊かでヘルシーで可愛い感じのお弁当だ。如月さんみたい。佐々木さんが作ってくださったお弁当をおしゃれと表現するのならば、きっと如月さんのお弁当はかわいいだろう。
「そういう、如月さんのお弁当だってすごく可愛いくて素敵です。」
私は思ったことを口にした。
「ありがとお。まあ、うちのが執事が作ってくれたんやけどね。じゃあ執事に沙紀が言ってたこと伝えるわ。」
ニッコリと笑いながら自慢気に執事さんの話をしている如月さんのことを見ながら私は想った。
こんなふうに女の子と笑い合ってお弁当を食べたのはいつぶりだろうか。
二人の間を風が通り過ぎる。
さっきまであった孤独感や不安はもうなくなっていた。
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