第4話 日常 by 蓮

「う、上杉先輩っ!これ、受け取ってください!」

・・・・・待ち伏せか。

これで俺に嫌われるとは思わないのか。

家を出ようとすると眼の前に二人の女子が立ちはだかった。

確か、ツインテールの子が含糊奈子。ヘアバンドをしている方が葉沙大羽。

生徒会として生徒の名前を覚えるのは当たり前のことだ。中学二年生だったか?

正直言って家まで来られるのは迷惑だ。でもここで冷たく断ると、面倒くさいことになる。それに、告白なんて相当勇気がいるだろう。その勇気をバッサリと切り捨てるのは心が痛む。

「ありがとう、でも・・・ごめん。」

「・・・・・・わかりました。お返事ありがとうございます」

彼女は涙ながらに立ち去っていった。彼女の親友らしき女子は俺の方を見ながら小声で文句を言っている。口の動きを見れば丸わかりだ。

少し心苦しいが今のは仕方ない。腕時計で時間を確認する。

「もうそろそろだな。」

俺はいつもどおりに沙紀の家へ向かった。

隣の家に住んでいる俺より二歳年下のお嬢様。俺はその人の護衛としてそばにいなくてはならない。

中学生になる前から、沙紀のことは俺が絶対守ると心に誓っていたけれど、父親から専属護衛を任されたのは俺が中学に上がったときだった。あの時は真顔のまま心の中で盛大にガッツポーズをした。

でも。

「蓮さん?なんですか、なにか悩み事でも?」

大きな瞳がこっちを見る。まつ毛なげえな、相変わらず。心臓が音を立てて鳴ったのがわかった。

これは仕事だ。

何度も繰り返し言う。沙紀に対する自分の気持ちを落ち着かせる呪文のような言葉。心臓の音も正常に戻る。

この家を出た後、セキュリティが強い学校まで無事にたどり着けるか。

大げさに言っているわけではない。本気だ。

沙紀は一度、登校中に車に引き込まれそうになったことがある。

誰にも沙紀のことは傷つけさせない、絶対に。

何があっても。命にかけて。

「ん?どうした。」

ふと沙紀の方を見ると、腕時計を見た顔が青ざめいた。めったに感情をあらわにしないのに。学校には余裕で間に合う時間。青ざめる理由?

ああ、もしかして一緒に学校に行こうと約束していた、如月光との約束か?

「如月さんとの約束。記念すべき一回目は時間通りに到着できましたが・・。二回目も肝心なんです。どうしましょう。2日目に遅れると呆れられて、一緒に行くというのをやめられてしまうと、噂で聞きました。というかクラスメイトが喋っているのを聞いたんです。友だちができたことを佐々木さんに伝えたら、すごく豪華な朝ご飯を作ってくださって。食べるのに時間がかかってしまって。」

いつもの時間だったから気が付かなかったけれど、そうだった。昨日も少し早めに集合してたんだよな。

めったに表情を表に出さない沙紀が、顔面蒼白であわあわしているのを見て思わず吹き出しそうになった。

でも、そんなこと笑ったりしたら怒られるよな。

あえて冷静に聞こう、沙紀も落ち着くはずだ。

「何時にどこで?」

「7時50分に松葉通りです。今はきっと7時47分なんですが・・・。走っても間に合いません。」

松葉通りまで二分でいかなくてはならない・・・が、沙紀の50m走のスピードが、平均より速く、6.23秒だから。

松葉通りまで全速力で走っても4分はかかる。

「人生初の遅刻おめでとう。」

俺はポンと沙紀の肩に手を置く・・・。

その手を払い除け沙紀は俺を睨んだ。

「走ります。」

「間に合わねえだろ。」

呆れたような声が出る。実際、間に合うわけがない。

そんなこと、わかりきっている。沙紀もこんな簡単な計算5秒もかからずにできるだろう。

なのに走り出した沙紀を、俺は仕方なく追いかけた。


「はあはあ、はあ、、、っ。」

「沙紀ちゃん⁉走ってきたん?」

はは・・・・間に合った。

眼の前で沙紀は如月光の質問に息を切らしながらコクコクと頷いている。

7時50分ピッタリ。全力疾走してまで沙紀が一緒に登校したいと思った相手か・・・。

俺は視線を如月光に移す。

直接こいつを正面から見るのは初めてだが・・・。この前は遠くからだったし。

やっぱり情報が盗まれるのが心配だ。もし沙紀が心を読めるという噂が広まれば、やばいことになる。でも・・それより気になるのが如月の後ろに影みてぇにくっついてる黒いスーツの男。こいつ、相当な手練れだな。俺でギリギリ勝てるくらいだ。もしかしたら沙紀はこいつがいたから如月と一緒に登校することにしたのかもしれないな。今までもいろんな子に誘われてきたが断っていたのは、沙紀が何度も誘拐されたことがあってそれに周りを巻き込みたくなかったからだしな。

「こちらは蓮さんです。私の護衛、兼、幼馴染です。」

こいつらに突っかかられると面倒だな。

いつもの笑顔で対策しねえと。

俺がそう思ってニッコリ笑いながら「よろしく」と言うと。俺の言葉に重ねるように声が降ってくる。

「ああ、上杉蓮先輩やね。めちゃめちゃ気になったから情報ゲットしたんよ。まわりのことが気にならない質で、学校の人にはいっつも笑顔な優しい系を演じている。でも彼には気になる子が一人だけ・・・・その名は⁉」

如月光、ここで消えてもらってもいいんだが?

思わずそんな言葉が口から零れそうになり、歯を食いしばりながら如月光を威嚇すべく近づいた。

如月光はパソコンを開きメモを見ながらペラペラと俺の情報を喋り続けている。今すぐそのパソコンを潰したいが弁償はしたくないから我慢だ。どうせそれ、高いやつだろ?

無理やり笑顔を作って如月光の方を見る。

「てめえ、それ以上喋るな。ペラペラ女。」

「やっと本性を見せた。おほほ、よく言うなあ。好きな人がいるって情報流しちゃお⁉」

震える手をぐっと抑えて猫も逃げるレベルの殺気を放ち、黙らせる。と同時に、背後にいた男が俺に向かって殺気を飛ばしてきた。めんどくせぇな。

「まあ、ええけど。じゃあこっちの紹介や!ウチの幼馴染で、まあ、執事もやってる赤城ナオ!」

「はじめまして、赤城ナオです。以後、お見知りおきを。」

ふうん?さり気なく如月光の前に立って俺の殺気からかばったな。如月のことが相当大事ってわけか。まあ、そういうのは嫌いじゃない。

そのとき、張り詰めた空気を読んだ沙紀が「もう行かないと遅刻してしまいます」、と困った声で言った。

遅刻してしまう。

沙紀が放ったその言葉が俺を現実へ引き戻した。沙紀を遅刻させるわけにはいかない。

「そうだな。」

俺は如月光と赤城ナオををまっすぐに睨みながら頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る