第2話 日常 by 沙紀
体育の時間。
今日はマットだ。私は、先生の笛と同時に走り始める。
側転してそこで止まらずにジャンプして転回する。
マットの冷たく、硬い感触が身体に伝わってくる。景色がスローモーションのようになったところで足が床についた。
「すっごーい!」
「さっき説明されたばっかなのに!」
拍手喝采。クラスメイトは優しい人ばかりだ。
私は笑って「ありがとうございます」と言う。
みんな心から私のことを褒めてくれている。嬉しいのは本当だ。でも。
私は元々いた位置に戻り座る。
横に座っていた女の子が私の肩をトントンと少し触った。
「ありがとう。」
私の心はあたたかくなる。優しいクラスメイトがいっぱいいて、私は幸せだ。
熱気がすごい体育館。先生の笛の音と、マットをドンッと蹴る音が聞こえる。
この時間が、私は少し苦手だった。国語や算数の時間のほうがまだいいほうだ。
優しいクラスメイト達との間に、いつもどこか壁を感じてしまうのは、私の気のせい?
「きゃあああ♡かっこいいですわ~」
「こっち向いてええええええ♡」
昼休みが黄色い声援で賑わっている理由。
それは蓮さんが私が無事かを昼休み中に一度チェックしに来るから。
クラスメートの悲鳴(主に女子)がクラスじゅうに響き渡る。こういうところで、男子に嫌われたりするものだと思っていたのだが、どういうわけか蓮さんは男女共に人気なのだ。なので、蓮さんに恨みを持った男子はめったにいないと思う。どんなに蓮さんのことが最初嫌いでも、一回優しくしてもらえば好きになってしまうと聞いたことがある。毎回教室が歓声で震える。
でも、蓮さんはかわし方がものすごくうまい。
ほら今も、
「こんにちは。」
The Business Smileだ。
声も、なんだか綿あめみたいに優しくしているけれど・・。
なぜかはよくわからないけれど、ああいうふうに女の子にやさしくしている蓮さんを見ると、少し胸の奥がモヤモヤするような感じがする。幼馴染として誇らしいという気持ちも本当なのに。
私は思わず椅子から立ち上がってその倒れた女の子に近寄る。
「大丈夫?」
「は、はい!」
女の子は真っ赤になって三回ほどありがとうというと自分の席に戻っていった。背後からクラスメート達の視線を感じる。
私は蓮さんにだけ聞こえるように小さい声で言う。
「私のクラスメートを気絶させないでください。」
「悪い、わざとじゃなかった。」
蓮さんはさっき気絶してしまった子に悪かった、と軽く声をかけた。
クラスメートの方々が口々になにか話していた。
「私は元気です。わざわざチェックしに来てくださりどうもありがとうございました。」ぐいっと蓮さんに顔を近づけ小声でそういう。
「いくら私の護衛だからって、そんなに心配してくれなくても・・・大丈夫です。」
「そうだな。だが、これは俺がお前の護衛だからやっているわけじゃない。お前のことが心配なだけだ。気にするな。」
・・・・・・・・・。
「なる、ほど?」
蓮さんは時々、年上の優しい幼馴染の顔をさり気なく出してくる。普段は厳しい護衛かつ武術の師匠なのに。そのギャップに動揺してしまうのは、私の精神修行が足りないからなんだろうか。
蓮さんの後ろ姿がどんどん遠ざかっていくのを見て、私は自分の席についた。
箸を使ってお弁当を食べる。クラスではみんながワイワイと笑いながら話している。みんなの笑顔を見ていると幸せな気分になる。笑顔は、人に幸せをくれる。みんなが楽しそうなのは嬉しい、でも。
いつも、みんなとの壁を感じる。自分がその壁を作っている張本人だというのはわかっているつもりだけど。人に心を許すのは、私にとってすごく難しいことなのだ。
理由はきっと、シャドーセンスで人を信じにくくなってしまったから。でも、もちろん悪意を持たずに好意で話してくれている人もいるので、できる限り自分から話しかけようとしている。仲のいい友だちが欲しいから。
「闇野さん、さようなら。」
同じ生徒会の
「さようなら。」
私が返事を返すと初子さんはきれいにお辞儀をし、廊下を歩いていった。四角い眼鏡は優等生をおもわせる。
初子さんが見えなくなると後ろの方から声が聞こえた。
「・・もう行ったか。」
蓮さんの声が聞こえた。気配を全く感じなかった。何なんですか、忍びなんですか、この人は?
「何で隠れてたんですか?帰りますよ。」
蓮さんも生徒会なので、生徒会の仕事が終わったら一緒に下校することになっていた。蓮さんも私も無口な方なので、会話をして歩くことがめったにない。でも、この空間が居心地悪いと感じたことは一度もない。
石段が横に並んでいる、意外と広い一本道は大通りから結構離れたところにあるため、人気が少ない。冷たい風が後ろから吹いてきて私は少し腕をさすった。
少し暗くなってきた。わたしは少し早歩きで坂を上がった・・・・・。
門のところまで行くと蓮さんが「また明日。風邪引くなよ。」と言って家に帰っていった。
その日の夜はいつもより寒く、窓の鍵をしっかりと締めた。なにか悪い予感がした。
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