第8話 会いたかった by 光

「沙紀ちゃん!久しぶり!」

沙紀ちゃんがこっちに気付いて静かに、でも嬉しそうな笑顔を向けてくれる。

ここは、青南三市動物園。この市で一番大きい動物園。

最近、沙紀ちゃんが学校を休んでいた上に浮かない顔をしていたら、気晴らしにでもなればって思うて誘ってみたんやけど、オッケーをもらえたん。

「如月さん、お久しぶりです。元気でしたか?」

そう聞かれてウチは思いっきり頷いてから、大きく息を吸った。たまにはこうやって羽根を伸ばすのも大事やな。動物園なんて、来たのいつぶりやろ。

最近疲れが溜まっとたし。

「如月さん?大丈夫ですか?」

沙紀ちゃんが心配そうにウチの方を見てくる。思いやりがあって、寛大で、ウチの心を救ってくれるこの笑顔が。うちは大好きや。小学生の時もこの笑顔に救われた。

「大丈夫!大丈夫!ありがとお~」

ウチはニッと笑って沙紀ちゃんを見た。そこから2時間ばかり。久しぶりに来た動物園で思いっきり楽しんだ。ウチのおすすめはやっぱりここにいるオウムや。なんていっても、ぎょうさん言葉が喋れるんや。え~っと、バイバイ、こんにちは、ハロー、ごはん、他にもいろいろ。でも今日、新たな発見。このオウム、「っておい!」って言えるんが一番推しのポイントや。ノリツッコミできるオウム初めてみたわ~!

「ふふふ、如月さんって面白いんですね。オウムにダジャレを言った時は笑ってしまいました。」

「うちも、まさか「っておい」、て言われるとは思わへんかったよ。」

うちらは大いに笑いながら(おもにうちがお腹を抱えて笑いながら)、そのままカフェに入っていった。カフェは外にテラス席があり、天気も良かったから二人して外の席に座った。

たくさん笑って、一息ついて。うちらの間に、穏やかな時間が流れる。沙紀ちゃんといると、なんだかリラックスできてしまう。

でも、その平穏なひとときは悲鳴によって断ち切られた。

「きゃあああ!ひったくりいいいい!!」

高そうな服を着たお姉さんのブランド物らしきバックがひったくりに盗まれたところだった。うちが急いで立ち上がるより先に、沙紀ちゃんが前に飛び出した。

「ひったくりなんて許せません。」

風が勢いよく吹いたかと思うと、沙紀ちゃんはもう走り始めていた。・・・・でも、ひったくりも速い。

「なんか棒・・・・あ、これや!」

うちは席から立ち上がり、ちょうどこっちに向かって走ってくるひったくりの足元にテーブルの上に置いてあった衝立を投げ入れた。きっと、レストランの裏口からそとに出ようとしとったんやないかな。ガラガラガラという音がしてひったくりのもっていた大きなバックからいろいろなものが滝のような勢いで飛び出してきた。

「てめえ!」

ウチのせいですっ転んだと気付いた引ったくりが、血走った目で睨みつけてきて、こちらに向かって掴みかかってきた。その瞬間、後ろから伸びてきた腕がうちのこと助けようとしたけど、それより先に、沙紀ちゃんがその男の腕を掴んで体を捻って地面に叩きつけた。

うっわ!!!え、一本背負い決めた?!!こんな華奢で小さくて可愛いのに、強いだと?!!!かっこよすぎるやん!沙紀ちゃーーーん!!!!

うちは思わず心ん中で叫んだ。そしてお姉さんにバックを返してこっちに戻ってきた沙紀ちゃんの手をぎゅっと握った。

「沙紀ちゃん!ありがとお!」

「いえ、如月さんも、ありがとうございました。」

「いやいや、別に。もしウチがあれをしなくても、沙紀ちゃんが捕まえてたやろ。」

「いいえ、如月さんの助けがなかったらこんなにうまくは・・・。ふ、ふふふ」

途中で沙紀ちゃんがくすくすと笑い始めた。うちもなんかおもろなってきて二人して笑った。ハプニングはあったけど、すっごい楽しい一日やったなあ。もっと沙紀ちゃんと遊びに行ったりして仲良くなりたいな。

そこで2つの影が背後から伸びてきた。

「蓮さん。」

「赤城!」

お迎えか。というか、大騒ぎしたからお開きせよってモードやん。名残惜しいけど、仕方なし。また明日!と言ってうちらは分かれた。私は沙紀ちゃんと上杉蓮の後ろ姿を見た。

昔のこと、もうきっと沙紀ちゃんは覚えとらん。・・・太陽の光で伸びる影。薄紅色に染まった空は、動物園を優しく照らしていた。

あれは、5年くらい前やったかもしれへん。うちは、ホワイトハッカーの大会が迫ってて。なんかわからへんけど苦しくなって家を飛び出した。お父さんとお母さんは、私に期待してくれてた。でも、追い詰めるようなことはしないでくれて。ただただ優しかった。そんな二人から逃げた自分に罪悪感感じて・・・。辛くって辛くって。走って走って。とにかく泣いた。でも、苦しさは変わらなくて。うちは知らない公園で、泣いてた。

そこに、沙紀ちゃんが来てくれた。優しそうな女の人と笑いながら公園に入ってきた。泣いてたうちを見て、駆け寄ってきてくれた。

「大丈夫?泣いているの?」

急に声をかけられてびっくりしたウチはバッと顔を上げた。その時に沙紀ちゃんはウチのことをまるで自分のことのように心配してくれていた。

ウチは思った、ああ、この子はウチのこと心から心配してくれてるんやなって。そのことに少し心が軽くなった。その後、沙紀ちゃんは泣き止んだウチを見て言った。

「あっ!そうだ、ちょっとまっててね。えっと、たしかここにいれた。はい!」

それはチョコレートやった。肩掛けバックに入っていたチョコレートをウチにくれた。

その後少し話して、ウチは探しに来てくれた赤城と一緒に帰ったんやけど。それからずっと、沙紀ちゃんと、また会いとう思っとったねん。せやから、沙紀ちゃんと再会できた時、嬉しゅうて思わず初めてじゃないような挨拶してもうたけど。やっぱり、沙紀ちゃんは覚えとらへんかった。名前も言ってへんかったし。ウチは見た目だけで覚えとったし。

ちなみに、あの時実際迎えに来てくれたのは赤城やったけど、お母さんとお父さんも必死に探してくれたんやって。その後もう少し時間が経ってからホワイトハッカーの大会に挑戦すればええってことになって。結局3年間必死に練習とか勉強して。5年生のときにホワイトハッカーの大会で優勝できたんよ。

まあでも、とにかく。うちは沙紀ちゃんにあのときの恩返しがしたいんよ。


「お嬢様・・お嬢様!光お嬢様!」

「・・・なんなん?」

髪は真っ黒、紺碧色の瞳、すっと通った鼻筋、私の幼馴染の赤城ナオ。赤城家は、代々如月家に執事として使えてたんや。六年生までは赤城とは幼馴染で仲のいい友達やった。でも、中学生になってウチ専属の執事に任命された赤城はずっと名前で呼び合っていたのに急にお嬢様と呼んできて。敬語しか喋ってくれへんし。うちの幼馴染やのうてただの執事とお嬢様の関係になってしもて。寂しいという気持ちが心にじわじわと広がっていた。でも、

「どこか悪いのですか?それならば奥様か旦那様に申し上げますが。」

その優しさは、変わらない。動物園でうちの手引っ張て助けようとしたのも赤城やし。

「別にどこかが悪い理由やない!ぜ~んぶ、赤城のせい!」

うちが、あ、言いすぎた。と思った時にはもう遅かった。

さっきまで優しさがにじみ出ていた瞳が急にスンっと冷たくなる。

「・・・はあ、なるほど。お嬢様は私が恋しいのでございますね。」

「はあ⁉️何言うとんの!」

びっくりしすぎて、声が裏返ってもうたんやけど!!恋しい?恋しいって何?チョットニホンゴワカラヘン。

「ククク、真っ赤になってんなぁ。」

その瞳を一瞬おもしろそうに細めながら笑ったあと、

「あ、やべぇ。・・・すみません、お嬢様。からかいました。」

しまったという顔をしながら、赤城がそっぽを向いた。

ウチをからかいたくて本性を顕にしちゃうとか・・・まあ、ええわ。

「そうやね、すっごい恋しかったかも。」

うちは満面の笑みでそう言った。

今度は赤城が少し頬を赤くした。

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