第7話 試練 by 沙紀

自分の身を守るためには、もちろん武術の訓練はこれからも怠るつもりはない。

でも同時に、シャドーセンスの強化が必要だ。

私はベッドから起き上がり、髪を櫛でとかし始めた。

シャドーセンスの強化、か。カイさんに初めて会った時はパニック状態に陥っていたので、深く考えずにカイさんが敵かどうかを感覚で判別したけれど。あとあと考えてみるとシャドーセンスを上手く使えば・・・この人が敵なのかそうではないのか。

すぐに見分けがつくと思った。

悪意が読み取れたからと言って敵と認識するのは尚早だけれど、戦わなければならない相手はちゃんと悪意や敵意の強さでわかるので大丈夫だ。

シャドーセンスの範囲がどうやったらもっと広がるのか・・具体的にはわからないけれど・・・絵を描く事や楽器を弾くことと同じだと思う。やればやるほど上達する。

まあ、時間はかかると思うけど・・。

とにかく、日頃から集中して悪意を読み取れるように意識しよう。

まず、朝のご近所ジョギングはしばらく禁止された・・でも体力をつけるには必須だから、ジョギングする場所を考えないとだめだ。流石に、道場はジョギングには狭い。ぐるぐる回ることになる。だから、あえて言うなら学校だろう。蓮さんに相談してみよう。まず今日は、道場で稽古をつけてもらおう。

私は速歩きで道場まで行った。朝の静かな風が頬に吹き付ける。

バンッと音を立ててドアを開ける。

「蓮さん、今日もよろしくお願いします。」

・・って、蓮さん?

私は眼の前の光景に目を丸くした。

そこに立っていたのは5人ほどの黒いスーツを着た大男だった。

・・・・・・・・5人とも悪意はない。敵意も。

でも・・・誰?

そんなことを考えているとその大男の横から蓮さんがでてきた。

「コイツラの正体については気にするな。コイツラを倒せるかどうか。倒せるようになるまでやる。お前には経験が足りない。・・・全員倒せるまでは、外に出るの禁止。」

・・・・・・な。

この人たちの背丈は私の一・五倍ほど。どうやって倒そうか。

一瞬あせりそうになったけれど、私は頭をフル回転させながら「よろしくお願いします。」と、礼をして体勢を整える。

いくら蓮さんが正体については気にするなと言っても気になってしまう。

この人たちに悪意があれば・・・心が読めるので簡単だ。

シャドーセンスを鍛えなければいけない。でも、それと同時に、身体能力も鍛えていかないといけない。それは自分でもわかっているはずだ。自分自身をしっかりと守って、そして大切な人も守れるようになるために、今は蓮さんが用意してくれた特訓に集中しよう。シャドーセンスは学校、外出時、在宅時に鍛錬していこう。

私は床を蹴って大男たちに向かって飛びかかった。



・・・・

蓮さん、いつもの百倍はスパルタだった。

それに、あのスーツの人達。一人ずつの強さは蓮さんほどではないにせよ、それが五人となると・・・死んだかと思った。全然倒せなかった。

チームプレイがうまい人達だったな。

今日は外に出られない。・・・・・・・・・じゃあ学校は?

学校のこと、つい忘れていたけれど。外に出られないということは・・学校に行けないということ?

どうしようか。これはズル休みというやつなの?

でも・・よく考えれば授業中襲われれば・・・完全に学校に迷惑がかかる。

その上、自分の身も守れない私が、学校で襲われても・・対処できない。クラスのみんなを危険にさらしてしまうかもしれない。

つまり、休むしかない。早く自分の身を守れるようになろう。

私は自分の部屋に戻り、自分の机の前に立った。

今日の授業は確か国と英、数、社、理。

教科書はある・・今回やる部分の予習と、ノートも板書内容を予想して、一応書いておこう。

テストは・・大丈夫だ。でも一応予習しておく、用心に越したことはないから。

私は一人机に向かった。




それから2週間とちょっとが経ち・・。

私はやっと大男五人を10分とちょっとで倒せるようになった。

これからタイムを縮めていくつもりだけれど、蓮さんには一応外出許可をもらえるようになった。

やっと出た外出許可といえど、蓮さんがついてくるのが絶対条件。一人で外出はまださせられないそうだ。もう本当に、道場と自宅の往復のみで一週間が経った頃には息が詰まる思いだった。


久しぶりに登校した私をクラスメートはみんな歓迎してくれたけれど、とくに如月さんは満面の笑顔でハグまでしてくれた。そして、私が元気なのを確認すると、「沙紀ちゃん、ウチと土曜日に動物園行こう!!」と誘ってくれたのだ。そんなわけで、今日は如月さんと動物園で集合の予定だ。朝からソワソワしてしまい、何度もバッグの中を確認してしまう。もちろん、私と如月さんだけで動物園へは行けない。蓮さんとは十時に待ち合わせしていて、まだ三十分ほど時間がある。

試しに・・・シャドーセンスを家から使って声を聞く練習をしよう。

まあ、何も聞こえないかも知れないけれど。なぜかと言うと、我が家の近くに人が来ることはめったにないから。

「その人たちの中に、私に恨みを抱えている人がいるとは到底思えな・・。」

私は言いかけた言葉を飲み込んだ。目を見開く。

とっさにカーテンを閉めた。

(今はだめだ。またチャンスはある。それにまだ確実ではない。)

なんだ。少し驚いてしまったけれど、叔父様の声だ。

叔父様の声?

なぜ叔父様の声がシャドーセンスを使っていたら聞こえてきたのか?

そんなの・・・、

叔父様が私に悪意を・・・・持っているの?

私は嫌な考えを頭から追い出すために頭をブンブンと振った。

誰か叔父様と似た声の人が私にたまたま悪意を持っているのかもしれない。

無理矢理な予想で嫌な考えを追い出した。

「ピーンポーン」

チャイム?蓮さんにしては少し早すぎる気が・・、待ち合わせまでまだ二十分はある。

少し不安になったが普通の宅配便かも知れないと思い。私は急いで玄関前のカメラを確かめに行った。

家中においてある防犯カメラの映像が見える部屋。家の一番奥の部屋。

私はそのドアを開けて電気をつけた。

「・・・・・え。」

思わず声が漏れる。

玄関に置いてある防犯カメラに写っていたのは。叔父様だった。まあ、さっき声が聞こえたのだから当たり前といえば当たり前なのだが、さっきのは叔父様に声が似ている私に悪意を持ったどこかの誰かかと思っていた。もしかしたら・・・一瞬嫌な想像が私の頭を横切ったが、私は頭をブンブンとふって急いで玄関まで向かった。

ドアに手を伸ばした時、思わず動きが止まった。

叔父様が来る少し前。叔父様の声に似た声がシャドーセンスで聞こえた。これは偶然?それとも・・・。でも、証拠なんてものはない・・・もしかしたら、シャドーセンスから聞こえたあの声は、犯人で・・叔父さんと犯人の声が似ていたという可能性も。

でも、ここまで来てしまった。

私は、叔父様がなにか大切なことを話さなくてはならない場合もあると思い、ドアを開けて叔父様の方を見た。

すると叔父様は、ニッコリと優しく笑ってこっちを見た。

・・・お父様の弟だからか、お父様と似ている安心する笑顔。でもなぜか、その笑顔がいつもと違って一瞬、怖いと感じてしまった。

「お父さんはいるかい?」

「お父様は、今日はここにはいません。朝から出かけに行くと言っていました。」

私は静かに首を横に振った。

すると叔父様は、そうか。とつぶやいて、帰っていった。

・・・・・・。

気のせい・・・だったのか。叔父様はいつものように笑っていた。

でも・・・・。

ずっと考えていたら時間はあっという間に過ぎ・・、もうすぐ蓮さんと約束した時間になったので、私はドアを開けた。石畳でできた道が続いていて横には庭園。

顔を上げると、そこには蓮さんが立っていた。蓮さんの顔は少し苦しそうで。私から蓮さんまで一メールほどしかないはずなのに、なんだ届かなくなりそうな気がして。

気がついたら、蓮さんの手を掴んでしまっていた。

蓮さんが自分の手と私の手を交互に見て、目を丸くする。でも、その後すぐに私の必死な顔を見て、優しく笑った。

「沙紀、俺はここにいる。大丈夫だ。・・・行くぞ。」

そう言いながら蓮さんは私の頭にぽんと優しく手を乗せた。蓮さんの落ち着いた声が私を現実世界に引き戻した。

とっさに私は、自分がしたことを理解し、急いで手を離した。

「行きます。」

蓮さんは私の横を歩きながら、そっぽを向いていた。

私が急に手を取ったせいで、怒った?

やってしまったか・・。

今回のはそこまで怒ってないようだけれど・・・・・昔に一度だけ、蓮さんをものすごく怒らせてしまったことがあった。

お母様が死んでしまってから数日が立った頃。

私はお母様が私をかばおうとして死んだことに精神的にショックを受けていた。お母様の代わりに、私が死ねばよかったと。

蓮さんの前で言ってしまった。

そうしたら蓮さんにものすごい剣幕で怒られた。

「おまえ、何いってんだよ?!過去は変えられねえ。後悔してもいい。ただ、前を向け。真白さんの死を無駄にするな。現実から目を背けるな。真白さんは、命をかけてお前を守りきった。なのに、お前が自分のことを諦めるなよ!」

そして最後の言葉が私の心を救ってくれた。蓮さんが。私を救ってくれた。

「大事なのは、どう乗り越えるかだろ。」

今の私より幼いくらいの蓮さんに、もらった言葉だ。蓮さんの真剣な瞳。傷ついたような瞳、今もしっかり覚えている。

そうだ、私は・・・一人でも多くの人を助けたくて。

でも、いま、私は誰かのことを守れてる?守られてばかりじゃないの??

・・・・・諦めたらダメだ。これから助けるんだ。もっと強くなって、色んな人を。

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