百合転生~流行りの異世界転生しちゃったけど、愛しの恋人にまた会いたいからなんとしてでも現世へ戻り帰りたい!~【読み切り版】

小坂あと

第1話「異世界転生とかいいからさっさと帰らせてください」

























 私には、愛してやまない同性の恋人がいる。


『まいちゃん』


 ふわふわな黒髪セミロング、猫みたいなクリクリのお目々、そして……何度も触れてきた、小さくて可愛い唇。


 私の恋人⸺夜神真依、通称“まいちゃん”はとっても可愛くて、とってもクールで、とっても良い子だ。


 高校生時代から付き合ってかれこれ数年。


 大学も卒業して新卒で働き出した会社はブラックで、クタクタになりながらもなんとか日々を楽しく過ごせていたのは、他でもない……まいちゃんがいてくれたおかげだった。


 彼女が居るから、頑張れる。


 家で待ってくれているまいちゃんに会うため、私はその日も夜遅くに会社を飛び出して駅へと向かった。


 その道中で、


「え…」


 呆気なくトラックに轢かれ、命を落としたのが…数時間前。


 そして、今。


「あなたは、勇者として選ばれました」

「はっ…?」

「これから送られる世界で善行を一万積むか、魔王を倒すことができたなら……願いをひとつ叶えましょう」


 真っ白な空間の中、女神だという女性がしてくれた説明に、ただただ戸惑って目をぱちくりと動かした。


 勇者……魔王……善行…?


 なにそれ美味しいのハッピーセットに困惑する私を、いかにも女神な姿をした女性はにこやかに見下ろした後で、淡々と話を続ける。


「あなたの使命は、魔王を倒すこと…」

「いや、そんなことより早く帰らせてください!」


 が、話が長くなりそうだったから遮って叫んだ。


「家でかわちいかわちい愛しのまいてゃんが待ってるんです!こんなとこで時間つぶしてる暇はないんです、浮気だって疑われたらどうするんですか!」

「…残念ながら、帰ることはできません」


 しかし願う気持ちも虚しく、バッサリと言い切られてしまった。


 私が「なんで」と口を開く前に、女神は説明を始める。


「現世でのあなたの生命は途絶えました。そのため生き返ることは、現時点ではできません」

「じ、じゃあ、まいちゃんは……彼女はどうなるんですか!今頃ひとり寂しく私の帰りを待って…」

「ですが、勇者になって魔王を倒せば、あるいは善行を一万積めば願いを使って生き返ることもできます」


 彼女が何を言いたいのか、瞬時に理解した頭で絶望した。


 魔王を倒すまで、善行を一万も積むまで……いったいどれほどの時間がかかるんだろう。


 その間、まいちゃんをずっとひとりで、寂しい思いをさせたままいなきゃいけないのか…と。とてもじゃないけど、気が気じゃなかった。


 そんな私を見かねてか、女神は眉を垂らして微笑んだ。


「ひとりでは心細いでしょう。…特別に、共に旅する仲間を授けます。今から紹介する三つの生物の中からお選びください」

「……ポ■モン?」

「属性はそれぞれ、闇、光、毒です」

「ポ■モンのパチモン?にしても毒って…」

「さぁ、おいでなさい。かわいいかわいい主のペット達よ」


 女神が仰々しく手を広げれば、途端にポポポンと煙を上げて現れたのは……三匹のそれぞれ種類の違った小動物だった。


 一匹目は闇属性の猫。…どっからどう見ても金色の瞳をしたただの黒猫である。


 二匹目は光属性の犬。…どっからどう見ても赤色の目をしたただの白犬である。


 そして三匹目は……毒属性のメ■モン。否、紫色をしたアメーバ状の物体であった。もはや生物じゃない。あいつは他の人なら除外確定案件だな…。


「さぁ、この中からお選びください」

「え、えぇ…?どうしようかな…」

「お選びください」

「ま、待って。そんなすぐ言われても…」

「お選びください」


 悩む隙も与えてもらえず、とりあえず直感的に選んだのは⸺三匹目の、メ■モンだった。そう、私は大のメ■モン好きである。


 こうして、私の異世界転生は幕を開けた。


 …メ■モン一匹を引き連れて。




「ようこそ、勇者さま!」


 

 降り立った最初の町では、“初の女勇者”ということでそれはそれは持て囃された。


 町には最低限の武具しかないということで、まずはそれを勇者特典で無料配布されてたからありがたく受け取って、ぶっちゃけそんな用もなかったから最初の町はチュートリアルだけを済ませて早々に次の街へと向かった。


 私には時間がない、一つの街にそう長くは留まっていられないのだ。


 ちなみに最初の街では、困っていた住民を助けたりしているうちに善行を10積むことができた。


 これらはステータスに反映され、腕輪にあるボタンを押すと都度確認することができる。……一万までは程遠いなぁ。


 善行は重ねつつ、目標は魔王を倒すことにした私は、さっそくレベル上げのため町と街の間にある森の中で野宿しながらレベルアップを試みた。


 この世界はまるでゲームか何かみたいで、最初の森はモンスターのレベルも弱く、出現するモンスターはスライムだったりと初心者向けの雑魚キャラ達ばかりだった。…誰かの作為を感じるのは気のせいじゃない。


 自然発生ではおそらくこうはならないだろうことの連続で、勇者の恩恵も受けているのか序盤の中ボスまではわりとサクサク進むことができた。


 最初に連れた紫色のアメーバ――命名『マイちゃん(一人旅が寂しすぎてそう名付けた)』も予想外に強く、倒したモンスターの死骸を食わせると、そのモンスターに変身できるという能力は特に使い勝手のいい技だった。


 基本的な攻撃方法は“たいあたり”か“どくはき”しかないが、この“どくはき”がめちゃんこ強い。


 ほぼ全てのモンスターを毒状態にさせ、一定時間でダメージを与えるほか、仲間に対しては回復になるというチート級の強さだ。毒は時として薬になるとは、まさにこのことである。


 おまけに、変身している最中は簡単なものならその姿のモンスターの技も使える。


 まじで、この子を選んでよかった。


「いつもありがとう~、まいちゃん」


 私が感謝を伝えると、アメーバマイちゃんは、声が出せないようで鳴くことこそしなかったものの、手にすり寄って返事をしてくれた。


 その姿を見て、本物のまいちゃんもよくこうして甘えてきてくれたな……なんて転生前の出来事に思い馳せる。


 思い出すたび、早く帰りたいと願う。


「……さびしいなぁ」


 まいちゃんのふたりで過ごしていた時間が懐かしい。もう、遠い過去のことのようだ。


 ひとり泣きたくなっていたところを、マイちゃんが何も言わずスリスリとすり寄ってきた。


 言葉を交わさずとも、慰めてくれていることは分かった。


「そうだよね。…頑張らないとね」


 こんなところで泣いてる場合ではない、と。


 零れ落ちそうだった涙を拭いて、前に進む。


 そうして一年後。


 積み重ねた善行は5999……相変わらず一万までは程遠いが、魔王城のそばまではやってこれた。つまり、魔王を倒す未来が見えてきたのだ。


 マイちゃんも着実にレベルを上げ、途中で倒したドラゴンを食べさせたことで空を移動できるようになり、移動手段も増えた。


 ここに来るまで、長かった。


 本当に色んなことがあった。呪いの装備によりふたなりになったり、マイちゃんが瀕死の危機に陥ったり、ハーレム攻撃を受けて危うく貞操を奪われそうになったり。


 だけどそんな日々も、今日で終わりだ。


「行くよ、魔王の元へ!」


 いざ陣上に…!


 気合を入れて剣を空へ向けたら、ドラゴン姿のマイちゃんも空へ向かって咆哮をあげていた。


 そのマイちゃんの背中に乗り込んで、魔王城の頂上へと向かう。雑魚を相手にしてる暇はないから、それ以外の敵は省略させてもらった。


 そして辿り着いた頂上にて。


「いけ、マイちゃん…!ちぬき!」

「ふははは。よくぞここまで……ぐぅあああ」


 マイちゃんの強力な技、“血抜き”により秒速で魔王を退治し、黒く淀んでいた空がパアッと晴れていく様を満足気に見上げる。


 澄んだ快晴が見えて、そこから光に包まれた女神が降りてくる。


「さぁ、女神!約束の生き返りを…」

「それは構いませんが……良いのですか?」

「?……良いに決まってんじゃん」

「あなたの愛しのまいちゃんは、死にました」

「は…?」


 そこで、衝撃的な事実を知らされた。


 まいちゃんが、死んだ…?


「なので生き返ったところで、もう現世にはいませんよ」


 冷たく言い放った女神こそが魔王にも思えて、絶望から全身の力が抜けていく。


 手から落ちた剣と共に膝から崩れ落ちて、頭を抱えた。


 まいちゃんが、死……


「う、ぅうう……ぅうああぁああ!!!」


 抱えきれなかった絶望は叫びとなり、涙となり、内側から破裂する勢いで外に出る。


 嘘だ、そう信じたくない思いとは裏腹に、心のどこかでは女神の言うことに嘘偽りはないと分かっていた。


 それが余計に、私の脳と心を破壊していく。


「しかし、夜神真依は転生しました」

「え…?」

「さぁ、願いをどうぞ」


 続けてさらりと衝撃的な発言をした女神は、勝手に話を進め始めた。


「っま、まいちゃんはどこにいるんですか!」

「……それが願いですか」

「そっ……そう言われると、ちょっと待って…」


 ここは慎重にいかないと。


 落ち込んでる場合じゃない、頭を働かせるんだ…私。


 仮にまいちゃんが転生してたとしても、この世界とは限らない。つまり、どこにいるか聞いてもさらなる絶望が待ち受けてる可能性がある。


 善行はまだ一万いってないから、叶えられる願いはこれ含めてあとふたつ。…ここで失敗しても問題はないが、まいちゃんに会うためには無駄にするわけにはいかない。


 となれば、私が願うことは……


「……まいちゃんのいる場所に連れて行ってください」


 確実に、会いに行く。


 強い意志を持って伝えたら、女神が「分かりました」と呟いた後で周りが眩い光に包まれた。


 そして、目を開ければ……


「あ…れ?」


 そこは、さっきまでいた場所と変わらない……魔王城の頂上だった。…女神もまだいる。


「ちょ……え?こ、これ、どういうこと…?」

「夜神真依がいる世界線に連れてきました」


 女神の言葉を聞いて、納得する。


 何も変わってないように見えるけど、ここはまた違った世界線……って、こと?なのかな。


 にしても、まいちゃんはいないけど……


「夜神真依がいる“場所”へはちゃんと連れてきたので、これで願いをひとつ叶えました」

「は…?ち、ちょっと待って」

「それでは……あとは頑張ってお探しくださいませ〜」

「なっ……なにその屁理屈!ずっこいぞ!」

「なんのことやら」


 よく分からん理屈をこね出した女神は、そのままスウッと姿を消してしまった。


 こうして。


 まいちゃんに出会えることはなく。


「くそぅ……待っててね、まいちゃん!」


 今度はこの世界へ転生したらしい愛しの恋人探しと善行を積むための長い長い旅が、始まったのであった。


 ……アメーバのマイちゃんと。

















 

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百合転生~流行りの異世界転生しちゃったけど、愛しの恋人にまた会いたいからなんとしてでも現世へ戻り帰りたい!~【読み切り版】 小坂あと @kosaka_ato

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