第11話 田島の過去との対峙

NDSラボのオフィスに戻った田島玲奈は、自分のデスクに座りながら手に持っていた黒い手帳を見つめていた。その表紙は、使い込まれて擦り切れており、かつての持ち主がどれほどこの手帳に依存していたのかを物語っていた。田島は、ページを一枚一枚めくりながら、書き込まれたメモの内容を再確認していた。そこに綴られた情報の断片は、まるで過去の記憶の断片と重なるようだった。


「トリニティ……」田島はその名前を小さく呟いた。頭の中で、その言葉がどこかで聞いたことがあるような既視感を覚えたが、すぐには思い出せなかった。


その時、ドアが静かにノックされ、前田奈緒美が入ってきた。彼女は田島が一心に手帳を読んでいるのを見て、何か考え込んでいることに気付いた。「何か分かりましたか?」


田島は前田に視線を移し、静かに手帳を閉じた。「まだ断片的な情報しかないけれど、この『トリニティ』という組織が、失踪事件の背後にあることは間違いないわ。彼らの活動は、表向きは福祉団体を装っているけれど、その実態は何かもっと不気味なものが隠されている気がする。」


前田は田島の言葉に耳を傾けながら、彼女が何かを抱えていることを感じ取った。「田島さん、何か心配事でも?」


田島は一瞬だけ躊躇したが、すぐに冷静さを取り戻して答えた。「心配というわけではないけれど、この事件には私の過去と繋がる何かがある気がしてならないの。別班時代に関わった未解決事件の記憶が、どうしても蘇ってくるのよ。」


前田はその言葉に驚きつつも、冷静に問いかけた。「過去の事件ですか? それはこの『トリニティ』と関係があるのでしょうか?」


田島は目を伏せ、深く息を吐いた。「正直、まだ分からない。でも、別班時代に私が追っていたある事件が、どうしても頭から離れないの。あの時も、表向きはごく普通の団体が、裏では違法な活動を行っていた。結局、事件は解決できず、今でも心に引っかかっている。」


「それが、今回の事件に繋がっているかもしれないと?」前田は静かに尋ねた。


「その可能性がある。」田島は手帳を見つめながら答えた。「あの事件も、何か大きな力が働いていて、真実にたどり着く前に私たちは手を引かざるを得なかった。今回も同じような何かが潜んでいる気がするの。」


前田は田島の心情を察し、慎重に言葉を選びながら答えた。「私たちはその時のあなたとは違う、今はもっと強力なチームがある。どんな障害があっても、一緒に乗り越えることができるはずです。」


田島はその言葉に一瞬驚き、そして静かに頷いた。「そうね。今回は諦めない。私たちのチームで、必ず真実を暴き出すわ。」


その時、田島のデスクに置かれた電話が鳴った。彼女は手を伸ばして受話器を取り、耳に当てた。「はい、田島です。」


電話の向こうから聞こえてきたのは、昔の仲間、かつての別班の同僚である高倉の声だった。「玲奈、久しぶりだな。お前に知らせたいことがある。」


その声を聞いた瞬間、田島の心に緊張が走った。高倉は、かつて田島と共に危険な任務をこなしてきた信頼できる仲間だったが、数年前に別班を去り、それ以来連絡を取っていなかった。「高倉……何があったの?」


「お前が今追っている『トリニティ』って名前、聞いたことがあるだろ?」高倉の声には、いつもと変わらない落ち着きがあったが、その裏には何か重要なことを伝えようとする緊張感が感じられた。


田島の胸が一瞬だけ強く締め付けられた。やはり、この組織には過去の事件が関わっているのか? 「どういうこと? 高倉、何を知っているの?」


「詳しいことは今は言えないが、これ以上深入りする前に、俺たちがやり残したことを考え直したほうがいい。」高倉の声には、どこか警告めいた響きがあった。「あの時、俺たちが見つけたものが、今再び表に出ようとしている。お前が何をするつもりかは分かるが、気をつけろ。トリニティはただの組織じゃない。」


田島は深く息を吐き、胸に渦巻く不安を抑え込もうとした。「ありがとう、高倉。注意はするけど、私はこの事件を諦めるつもりはない。私たちは必ず真実を見つけ出すわ。」


「分かった。でも、無茶はするなよ。」高倉は短くそう言い残し、電話が切れた。


田島は受話器をゆっくりと置き、その場に立ち尽くした。高倉の言葉が頭の中で何度も反響し、彼女の心に重くのしかかっていた。「やはり、これはただの失踪事件じゃない……過去の事件が再び動き出している。」


前田はその様子を見て、心配そうに田島に近づいた。「何かあったのですか?」


「ええ……かつての仲間からの警告よ。」田島は静かに答え、前田を見つめた。「でも、私はこの事件を諦めるつもりはない。私たちで、過去の真実も今の真実も全て暴き出す。」


前田は田島の決意に応じるように頷いた。「もちろんです、田島さん。私たちはあなたを支えます。どんな困難が待っていようと、一緒に立ち向かいましょう。」


田島は前田の言葉に感謝の意を込めて微笑んだ。彼女は過去のトラウマを乗り越え、今度こそ真実を手に入れるために、再び立ち上がる決意を固めた。そして、その決意の裏には、今回の事件が彼女にとって個人的な試練となることを確信していた。


NDSラボの静かなオフィスの中で、田島は再びファイルを手に取り、これからの戦いに備えて心を整えた。何が待ち受けているのかは分からないが、彼女はもう後戻りするつもりはなかった。過去を振り払い、現在を見据え、そして未来を切り開くために、田島は再び捜査に身を投じるのだった。

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