第3話 初めての共同捜査

NDSラボの会議室は、白い壁とガラス張りの窓に囲まれ、冷たい光が差し込んでいた。前田奈緒美は、大きなモニターの前に立ち、今回の案件の概要を説明していた。その背後には、数枚のスライドが淡々と切り替わり、企業のロゴやデータが映し出されていた。


「対象は都内に本社を構える大手IT企業、エンビジョンテック。ここ数ヶ月、同社の内部データが不正に流出しているという情報が寄せられています。特に問題視されているのは、企業の機密データが国際的なサイバーテロ組織に渡った可能性があるという点です。」


前田の声は落ち着いていたが、その背筋は常に伸びており、一切の隙を見せていなかった。彼女の視線は会議室内を一巡し、全員の反応を見極めようとしていた。田島玲奈は、前田の説明に耳を傾けながらも、時折彼女の鋭い目線を感じ取っていた。前田の冷静さと緻密さには感心するが、果たして自分たちがどこまで彼女の期待に応えられるのか、心の中で測りかねていた。


「つまり、我々の任務は二つあります。」前田は指を二本立てて見せた。「第一に、企業の内部システムから漏れたデータの追跡と、流出経路の特定。第二に、これがサイバーテロ組織の計画の一環であるかを確認することです。」


田島は前田の言葉に頷きながら、メンバーたちに目をやった。石井遥斗は既に現場での作戦展開を頭の中でシミュレーションしている様子で、高野美咲はデジタルフォレンジックの手順を確認しているようだった。黒木翔太はいつものように無口だが、その鋭い目つきは何かを考えている証拠だ。そして吉田七海は、状況を把握しつつも、その表情に少し緊張が見え隠れしていた。


「我々の作戦は、まず現場の初期調査を行い、データの流出経路を特定することにあります。」前田はモニターに映し出されたビルの外観に視線を移した。「そのために、田島班には現場でのフィールドワークと初動の保全を担当してもらいます。特に、物理的な侵入やハッキングの痕跡を確認する必要があります。」


田島は再び前田に視線を向け、彼女の指示をしっかりと受け止めた。「了解しました。我々が現場を確保し、デジタルフォレンジックの準備を整えます。」


前田はその返事に満足した様子で軽く頷き、次のスライドに視線を移した。「高野さんには、現場でのデータ解析をお任せします。流出したデータがどのようにして外部に持ち出されたのか、その手がかりを掴んでください。」


高野は目を輝かせて頷いた。彼女にとっては、自身のスキルを最大限に発揮できる場面だ。「わかりました。可能な限りの解析を行います。」


「それと、石井さん。」前田は少しだけトーンを下げて彼に話しかけた。「現場での人質交渉や心理戦術の準備も進めておいてください。この手の案件は、往々にして最後に生身の交渉が必要になることがありますから。」


石井は冷静に返答した。「承知しました。状況に応じて最適な対応をします。」


そのやり取りを見ながら、田島は自分たちの役割が前田によって明確に分配されていることを感じ取った。彼女は科学的なアプローチと現場の管理を徹底しているが、それが逆にチームの柔軟性を失わせるのではないかという懸念も抱いていた。だが、今はその考えを頭の片隅に追いやり、目前の任務に集中するべきだと自身に言い聞かせた。


「それでは、現場に向かいましょう。」前田が会議を締めくくると、全員が立ち上がった。各々の役割が明確に分かれ、田島班と前田班の共同捜査が本格的に始まる。


田島は最後に前田に一瞥を送り、その後すぐに部下たちに指示を出した。「高野、美咲。現場でのデータ解析を最優先。石井は初動での情報収集を頼む。黒木、現場の安全を確保してくれ。吉田は周囲の状況を把握し、聞き込みを行う準備を整えて。」


「了解です、田島班長。」それぞれが応答し、行動を開始する。


田島は深呼吸を一つし、再び前田の背中に目を向けた。前田もまた、同じく田島の動きを観察している。二人の間にはまだ見えない壁があるが、これからの任務を通じて、その壁がどのように変わっていくのかを、田島は心のどこかで期待している自分に気付いていた。


「行きましょう。」田島は自分に言い聞かせるように呟き、先頭に立って会議室を後にした。彼女の後を追うように、田島班と前田班のメンバーたちが次々と動き始める。


NDSラボの廊下を歩きながら、田島は前方に見える出口の光に目を細めた。これから迎える初めての共同捜査が、彼女たちにとってどんな意味を持つのか、その答えはまだ分からない。しかし、一つだけ確かなのは、これまでの自分たちのやり方が、少しずつ変わっていくであろうということだ。

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