荒波

@tamaazusa

第1話

 ぼくは浮き輪でぷかぷか浮きながら、海の中を自在に泳ぎ回る兄を見ていた。

 もう成人している兄は、ぼくやお母さんのことをまったく気にしていなかった。

「ゆうちゃん、移動するよ?」

 呼びかけられ、ぼくはこくりとうなづく。

 お母さんに押されて、浮き輪は動き始めた。

 どんな波が来ても、お母さんの力によってまっすぐ進む。

 波が来る様子や、遠い空の雲などを見つめ、また兄のほうへ目を向けた。

 今度はサーフィンをしていた。

 迫りくる波に何度も押し負けながらも、挑戦し続けていた。

 やっと1回成功し、とてもうれしそうな表情を見せた。

 そのあとはコツをつかんだのか、何度も波を超えていった。

 遠くの船が起こした大波が兄の方へ来ていた。

 兄はそれを見て舌なめずりをし、機会をうかがっていた。

 大波はどんどん近づいてくる。

 兄は大波に立ち向かっていこうとはせず、その大波の下をくぐり抜けていった。

 ぼくは兄に見惚れていた。

 そして、まだ浮き輪につかまってお母さんに押してもらっている状況を恥じた。

「お母さん。もう一人で行けるからどっかいって」

 ぼくの言葉に少しお母さんは傷ついたような顔になったが、すぐに離れていった。

 よし、とぼくは気合を入れて、浮き輪を外し、両足を動かし両手で水をとらえようとした。

 しかし前に進んでいるような感触がない。

 波に押されて、どんどん後ろへ下がっている気がする。

 やばい、やばい。

 両手両足をばたばたと動かしたり、習ったこともないバタフライをしようとした。

 ぼくは、焦っていた。

 どうやっても前に進まない。

 そのうち、疲れて足も手も動かなくなっていった。

 自分の体がだんだん力をなくしていくのを感じていた。

「ちょっと、大丈夫?」

 もう少しで溺れるというときに、お父さんがぼくの体を引き上げてくれた。

「あ、ありがとう」

 ぼくはお父さんに礼を言う。

「気にするな。ちょうど近くにいただけだから。あ、あとこれゆうのだろ?」

 お父さんは、ぼくがさっき手放した浮き輪を持っていた。

 浮き輪をぼくに渡して、お父さんは離れていった。

 そのうしろ姿をじっと見つめながら、ぼくは渡してくれた浮き輪につかまった。

 波に任せて、お母さんがいる浜のほうへ流されていった。

「もう、やっぱり危ないじゃない。お母さんが押してあげるから」

 そう、お母さんが言うが、ぼくはぶんぶんと首を横に振って断った。

「浮き輪なしで、泳ぎたい」

 ぼくの言葉を聞いて、お母さんは諦めたようにため息をついた。

「じゃあ、まずバタ足からね」

 ぼくはお母さんに一通りの泳法を習った。

「おっけ。もう泳げるよ」

 ぼくは早く遠くのほうへと泳いでみたかった。

「あまり遠くへいっちゃだめよ」

 はいはい、と生返事をし、ぼくは泳ぎだした。

 ばしゃばしゃ。

 小さな波が来ても、押し流されずに泳げる。

 息継ぎが少し難しい。

 休憩しようと、泳ぐのをやめて浮かぶ。

 その時に、ちょうど大きな波が来て、目や口に海水が入った。

 体勢を崩してしまい、また溺れそうになる。

 何とか耐えたけど、いったん浜へ戻った。

「大丈夫? ほんとに一人で泳げるの?」

 お母さんが心配しているが、大丈夫だと返した。

 息を整えてから、また勢いよく飛び込む。

 息継ぎするときに水を飲みこまないように注意する。

 休憩するときは波が穏やかな時に。

 さっきの失敗をもとに、行動を変えていく。

 より遠くまで来て、休憩していた時、遠くから大きな波が来ているのに気が付いた。

 どう対処しようか。

 ぼくはそのとき、焦らずに考えることができた。

 成長している、と自分でも思った。

 しかし、甘かった。

 波が通り過ぎるまで水面から顔を出さなかったらいい、と判断したが、波は思っていたよりも強かった。

 一気に押し流され、また浜へと戻された。

 お母さんがまた心配するが、ぼくはお母さんのほうを振り返りもせずに、また海へと走った。

 また波が襲い掛かってくるが、もう大丈夫。

 深いところまで潜って、やり過ごした。

 成功してから、ぼくは浜のほうを見た。

 お母さんが心配そうにこっちを見ている。

 しかし、もう戻れない。

 これからは、自分の力で泳いでいかないといけない。

 お母さん、行ってきます。

 そして、ぼくは荒波にも負けじと、前へ進んでいった。

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