国民も待ってる
水晶玉に映る、船上の男達。大きく手を振っている。別れの朝、ってやつだ。俺達も岸から離れていく船に手を振る。数日間の付き合いだったが、船長を筆頭に、乗組員達も気さくな良いヤツばかりだった。船が完全に見えなくなるまで見送った後、俺達は天雷を撃ちこむオブジェクトを探す。
「あれじゃない?なんか避雷針っぽいし」
早々にオブジェクトらしきものの先端を見つけたリンス。船が着いた岸から反対の方向にある岸に、それはあった。巨大な円錐状のオブジェクト。高さは10mあるかないかくらいだ。先端が異様に尖っている。ここに雷を打ち込んでくださいといわんばかりに。
オブジェクトが設置されている岬から、小さな島が見えた。小さな島の中央に、それらしい城も確認できる。あの城が魔王城に違いない。
俺が黒雲を呼び、たけしが天雷をオブジェクトに落とす。すると、オブジェクトが光を放ち、大地が震動をする。ゴゴゴゴゴゴ。しばらくすると、海上に橋が浮上してきた。その橋は、魔王城のある小島まで続いている。しっかりと撮影する俺。撮影中、水晶玉が光る。王様から着信ならぬ連絡が入った時の挙動だ。
「もしもし、王ですが」
「もしもし、マーサーです。今から魔王城に向かうところです」
「今日、魔王を倒しちゃう感じですかね?」
「え?なんでですか?」
王が言うには、魔王城突撃は明日にならないか?というお願いだった。魔王討伐は国を挙げての一大イベントである。紅白歌合戦であり、ワールドカップである。世紀の瞬間を王都だけではなく、各地各所で、国民にLIVEで見せたい。前々からそういう設備、俺達の世界で言うライブビューイングの準備をしてきたが、ちょっと間に合っていない、あと一日欲しい。明日なら全ての会場の準備が間に合う。だから今日はまだ待って欲しいとの事。仲間に相談します、と伝えて通話を切る。
「オレはオーケーだ。まだ体が陸に馴染んでいないしな」
「私もオーケー。魔王城突入前にエンカウントが無いとも言えないし」
「おけw」
「私は、うちの王が申し訳ございませんとしか」
決戦前夜はあったほうがいい。王に魔王城への突撃を明日にします、と伝えると、王の後ろでワッと歓声が上がる。きっと、現場カメラマンと局のプロデューサーも、こんなやりとりをしているのだろう。
今日は魔王城の手前で行こう。ということで、俺達は橋を渡っている。橋の真ん中あたりまで来ると、ものすごい水流の音。船長が言っていた渦潮だ。無数の渦潮が、島をぐるっと囲むように渦巻いている。そして。
「うはwすごww」
「ワオ、こいつはスゲー」
「こんなに七色がハッキリ見えるなんて」
「神の祝福に違いありません」
虹だ。俺は足を止め、みんなと距離を取る。良い絵が撮れそうだ。
荒々しい渦潮の上に架かった橋を進む勇者御一行。
それを歓迎するようかのように出現した幾重もの虹。
虹のアーチを
最終回のオープニングにはピッタリでしょう?プロデューサー。それっぽいBGMもつけてね。この光景を、国民の皆さんに必ず届けなければなりません。
最後の夜。魔王城手前の森で野営をする俺達。警戒して島に上陸したものの、モンスターは一匹も出なかった。なんとなくだけど、魔王城にもいなさそう。それでも、流石に緊張しているのか、いつもは即就寝するたけしも起きている。俺はウトウトしている。みんなと違って魔王と戦うわけでは無いからだろうか。すごく眠い。みんなが明日の対策をしている声が遠のいていく。
木々の間から朝日が差し込む。おはようございます。よく眠れた。俺以外はまだ寝ている。ゆっくり寝ればいいさ。まだ、時間はある。軽く体を動かしていると、ボブが目を覚ました。おはよう、ボブ。ボブは、近くで寝ているリンスの毛布を整える。もはや、それっぽい。なんだろう。若干、ボブに違和感がある。元気がないわけではない。神妙というか、なんというか。緊張ってやつかな。
「マーサー、魔王を倒して元の世界に戻れたら、俺はリンスと。おぶふ」
俺は慌ててボブの口をふさいだ。そういう事は言うもんじゃない。前衛職がそういう事を決戦前に言うべきではない。死んだらどうすんだよ。気さくな良いヤツというバフまでかかってるんだから、気をつけろ。
「……昨日もみんなで話していたんだが、俺は最悪、死んでもいい」
「好きじゃないな、そういうジョークは」
「こっちの世界ではっていう意味だ。命を粗末にする気はないぜ?」
「優先順位は明確にしておく、何があっても動揺しないようにね」
リンスが起きてきて、そう言う。おはよう、リンス。俺が寝ている間にみんなでそんなディープな話をしてたんだ。
「私とボブはこの世界で死んだとしても、魔王を倒せば問題ない。分かるわね?」
魔王を倒して、俺が元の世界に戻れば、ボブもリンスも生きているからって事だ。頭ではわかるが、死んでいい、と本人に言われて、そうだな、とは言えないよ。
「取り返しがつかないのは、たけし、マーサー、エトワール」
エトワールちゃんは死んだら生き返れない。
俺が死ぬと、魔王を倒せたとしても元の世界には帰れない。
勇者たけしが死ねば、世界は滅ぶ。
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