フッ。俺の方が早い。


 神様との対話の後、俺達は宿屋に引きこもっていた。今回の宿屋は一人一室の部屋割りだったので、それぞれが自室に引きこもっている事になる。夕食の時間まで結構時間はあるが、街をブラつく気にもなれない。神様との対話で得られた情報はそれだけショッキングなものだった。正確には俺以外にとって。


 ただ、俺以外が死んでこっちに来ているわけだから、俺も実は死んでいる、もしくは、直後に打ち所が悪くて死んでしまうのでは、という懸念はある。それでも、召喚された瞬間は今でもはっきり覚えているので、あそこから死ぬと仮定すれば、即座に頭をかばうなど、対策はできそうだ。たけしは高所から転落、ボブはマシンガンで蜂の巣、リンスに至っては飛行機墜落。俺以外は絶望でしかない。


 コンコン。部屋がノックされる。たけしかな?


「マーサー様、エトワールです」


 おお、正直一番会いたい人でした。今、他の仲間とは、顔を合わすのがつらいし。エトワールちゃんを紳士的に部屋に迎え入れ、俺はベッド、エトワールちゃんは備え付けの椅子に腰を下ろす。


「魔王を倒さないと、エトワールちゃん困っちゃうよね」

「はい。ですが、皆様の事を考えると、魔王を倒してください、とは……」


 そう。エトワールちゃんは良い子。自分の世界のためだけに、魔王討伐を押し付けてくる子ではない。それに、時間はある。たけしが死ぬまで。これは危険さえ避ければ、めちゃくちゃ猶予がある。考える時間はあるんだ。


「私は、魔王がなんなのかが気になります」

「そうだね。なにかしてくるわけじゃないもんね」

「魔王は悪しき者、倒さなければならない、という教えでしたが……」

「時限爆弾みたいなもんだよ。たけしの死がトリガーの」

「世界が滅ぶ、と神は言いましたが、魔王だけは生き残るんでしょうか」

「そこらへんも聞いておけばよかったね」

「ごめんなさい。神を偶像に降臨させるには一月ひとつきに一度が精一杯で」

「いあいあ。時間はあるんだ。この街で一ヶ月だらだら過ごしたっていいわけだし」


 時間はある。時間?俺の頭の中で閃光が走る。そこは確認していなかった。そこは重要では無いと思っていたからだ。そこに、可能性があるのに。いきなりベッドから立ち上がった俺に驚くエトワールちゃん。大丈夫。襲ったりはしない。




 俺の部屋に集まった勇者御一行。ボブとリンスの表情は暗い。たけしは昼寝をしていたようで、まだ眠そうだ。エトワールちゃんも俺が何を話すのか分かっていないせいか、不安そうにしている。


「リンス。飛行機事故の話だけどさ」

「あんまり思い出したくないんだけど。今はそれどころじゃ……」

「いや、思い出してもらわないと困る」


 明らかに不機嫌になるリンス。だが引くわけにはいかない。


「いつ、その飛行機に乗った?何年何月何日だ?」

「それになんの……」


 リンスは眉をしかめた後、ハッとした表情になった。


「20××年、×月18日」

「よっしゃあああああああああああああ!!」


 俺は両膝を付き天に向かって両手を突き出した。リンスは両手で顔を覆い、泣き崩れる。突破口はあった。あったんだ。


「マーサー、説明してくれ。どういうことなんだい?」


 ボブがリンスを支えながら、俺に質問してくる。そうだ。まだ喜ぶのは早い。


「ボブ。死んだ日を教えて欲しい」

「×月18日だ。20××年。はっ!?まさか」

「たけしは?」

「なになにw×月18日ww同じだけどwww」


 俺はたまらず、たけしを左腕で抱き、右腕でボブを抱く。ボブに支えられていたリンスがたけしを抱く。俺達は円陣のように抱きしめあっていた。


「20××年、×月14日だ。俺がこっちに飛ばされたのは!!」


 ここでたけしも気づく。全員生存ルートの可能性に。俺がこっちに送られた日付はズレていた。そして俺は確信していた。俺の方が早いだろう、と。なぜなら、リンスの飛行機事故、ボブの銃乱射、たけしの自殺。どれも結構な事件である。そんな事件が、俺が飛ばされる前に起きていたとしたら?知っているはずだ。全部でなくても、どれかを。俺の朝のルーティンは、ヤ〇ーのニュースを見る事なんだ。


 呆然とするエトワールちゃんに事情を説明し、理解してもらう。エトワールちゃんも泣いて喜んでくれた。せっかくなので全員で円陣を組む。課題はまだあるが、なんとかなるだろう。リンスとボブなら、俺がどう行動すれば皆を救えるか、考え出せるはずだ。更には、遭遇した事故自体もなんとかできるだろう。救われるのは俺達だけではない。そう考えると絶対に負けられない戦いだ。ここにきて、そう思えるようになった。自分の事だけじゃない。仲間だけじゃない。救えるものは全部救いたい。


 ハッピーエンドをあきらめるわけにはいかない。

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