雨のち曇り


「黒雲、それは汝が見た闇。我が見た絶望……」

「www」


 塔から数日移動した場所に、周囲にほぼ何もない荒野があった。ここで俺とたけしは天雷の実験をする事にした。もちろん、詠唱は必要ない。俺は両手を開き、深く息を吸い込んで叫ぶ。


「召雲ッ!!!!」


 上空に黒雲が集まってくる。他の三人はリンスが生成した岩のバリケードの中で観戦。撮影はボブ。黒雲が集まって渦となり、ここからでも見えるほどバチバチと帯電している。かなりフラッと来る。風呂から急に上がった感覚に近い。これがMP消費ってやつか。たけしに目で合図する。放つんだ、天雷を。さあ行こうぜ。


「乗れ、黄金の龍の背。届け大地へ!!運べ黒雲!!」


 たけしの詠唱。もちろん必要ない。たけしが手を天にかざすと、黒雲の中で幾筋もの稲妻が走り、ゴロゴロと轟音が鳴る。たけしの手が振り下ろされる。


「天ッ…‥雷ッ!!!!!!!!」


 その刹那、全てが白へ。

 どっごおおおおおおおおおおおおおおおおぉん。


 うん。これはアカンやつ。ヤバイ魔法だ。天雷が落ちた場所はクレーターのように大地がえぐられている。しかも、この魔法、たけしのMP消費は軽いらしく、連発する事が可能。天に手をかざしている時間で、威力の調節をする。召喚した黒雲は蓄積された雷が無くなると霧散する。まだまだ検証は必要だが、野外の戦闘なら、これだけですべて片付くだろう。




 荒野を進むと、前方に大きな街が見えてきた。前回の商業都市ヤゴナも大きかったが、ちょっと比べ物にならない。長い煙突がいくつも立ち並び、その先から煙が上がっている。この国最大の商業都市、ギライバ。エトワールちゃんの話では、この街を過ぎると魔王城まで大きな街は無いそうだ。ここでしっかりと準備をしよう。


 門番の審査はもちろん顔パス。街に入れば大歓声。それも前回よりずっと大きい。絶叫して涙する者さえいる。街を行く勇者御一行は、ペナントレースに優勝したプロ野球チームのスタメンの如し。もはや、優勝パレード。まだ優勝していないけれど。真っ先に向かったのは神殿だ。王都の神殿よりも大きい。


 神殿のエライ人に通された場所は、結婚式を挙げる教会そのものだった。入口から真っすぐに延びる通路、通路の脇に椅子が並び、通路の先には祭壇がある。実際に結婚式をここで行う事もあるそうだ。俺達を案内すると、神殿のエライ人は退出していった。本来、神と神の巫女の対話は門外不出。盗み聞きなどもってのほか。そもそも、そういう気を起こす人もいないだろう。神殿で会った人々は、これでもかという善人オーラに満ちた人ばかりだった。

 

 祭壇の上部、吊るされるように設置されている偶像。その姿に俺達は驚いた。人間の頭、ライオンの頭、牛っぽい頭、鳥っぽい頭。四つの顔と四対の翼。神々しさは感じるが、正直グロい。エトワールちゃん以外の全員がそう思ったに違いない。後々、敬虔なクリスチャンであるボブから、聖書にしるされた智天使ケルビムという上級天使に似ているという話を聞いた。俺達の動揺をよそに、エトワールちゃんは神との対話を始める。膝を付き、両手を組んで祈りを捧げる。その後ろで俺達も一応、膝を付き、それっぽく構える。


「神よ、応えたまえ」


 しばらくすると、どこからか光が溢れる。偶像が輝きだしたのだ。


「おー。エトワールかー。どしたー?」


 俺達はコケそうになる。荘厳な声質が頭に響いてきたが、なんか軽い。


「ねえ、エトワール。これって私たちの声も届く?」

「おー。リンスー。聞こえているよー」


 エトワールちゃんより先に神から答えが返ってきた。


「たけしー。ボブー。マーサー。君たちもよくきたー」


 あ、俺も入ってる。なんか嬉しい。神に認知されてる。


「神よ。聞きたい事があるのです」

「んー。なんだいー」


 質問はリンスに任せる。異世界召喚後、元の世界の時間経過、元の世界に戻る際の身体の状態、この世界で身に付けた力の継続の有無について。

 

「あー。それは心配だったなー。すまないー」


 神はそう言って、 間延びした声で一つ一つ答えてくれた。


・召喚の瞬間、元の世界の時間は止まっている(俺達にとって)。

・よって召喚される寸前に戻ると考えてよい。

・今の体の状態で戻る(魔王を倒した直後の状態)。

・この世界で身に付けた力は引き継げない。


「オワタw」


 たけしがつぶやく。ボブとリンスもガックリと肩を落としている。これは厳しい。


「戻れば死ぬのならー。ずっといてもいいぞー」


 帰らなくてもいいのか。魔王を倒した瞬間に光が降り注いだりして、強制送還されるのかと思ったが……。神が言うには、魔王を倒すと、一定時間ゲートが開く。そのゲートに飛び込めば帰還。ゲートが閉じると永住。二度と帰れないが、死ぬよりはいいよね。エトワールちゃんから、そろそろタイムリミットだと告げられる。せっかくだから、俺も最後に質問する。


「魔王を倒せない場合、どうなりますかね?」

「この世界は滅ぶー」

「期限は?」

「勇者が死ぬまでー」


 以上。神との対話でした。ルールルー、ルルル、ルールルー……。

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