ゴリラVSカメラマン


 一瞬の油断も、一分のミスも許されない。俺は慎重に歩みを進める。この村の温泉には脱衣所もなければ囲いもない。本来であれば入浴中の者から逆に見つかりやすい作りだ。しかし俺は透明。インビジボーだ。


「ちょうどいい湯加減ね」

「はい。景色も素晴らしいです」


 エトワールちゃんは俺の方を見ているが、見えているのは山間の絶景だろう。俺の股間も山になりつつあるが。むむ、にごり湯のせいで肝心の部分が見えない。水晶玉を使ってズームしようとも考えたが、こいつで撮影した映像はリアルタイムで王様に送られる。すなわち、悪事がばれてしまうので却下。ここは辛抱。湯から上がる瞬間は必ずある。普段のシルエット的に、エトワールちゃんはカイデーに違いない。リンスも細いがナイススタイルである。おや?俺はエトワールちゃんの右腕に、らしからぬタトゥーを発見した。聖女の紋章かなんかかな。そして目が合う。落ち着け、目が合う風に見えただけのはず……。


「キャーッ!!」


 エトワールちゃんが悲鳴を上げる。リンスもこちらをキッと睨んでいる。まさかバレたのか?いや、違う。後方から強烈な獣の匂い。ゆっくり振り向くと、巨大な赤茶色の猿が鼻息を荒くしている。こいつは山で何度か遭遇した、山ゴリラと呼ばれるモンスター。人間の女性を好んで食う狂暴なヤツだ。ただ、狂暴と言っても、ボブやリンスの相手にはならない。たけしでも問題なく倒せるだろう。リンスの魔法に巻き込まれる前に、俺はそろりそろりと後方の大木の方へ移動する。山ゴリラからは目を離さないようにし、温泉から一定の距離を取る。


「ぎゃんっ!!ぎぎぃ」


 リンスの魔法が火を噴く。アチチな山ゴリラ。が、杖がなく、詠唱も不十分だったせいで威力はイマイチのようだ。水分多いしね、温泉は。山ゴリラは地面に転がり消火を行い、態勢を立て直そうとしている。今だ!!


「おーい!!どうかしたのかー!?」


 俺は遠くで悲鳴や喧噪を聞いた体で大声を出す。エトワールちゃんがその声に反応し、助けを求めてくれる。俺はさも、たった今、駆け付け来た風を装う。


「大丈夫かっ!?」


 立ち上がって応戦しているリンスとエトワールちゃん。バッチリ見えた。想像通りのカイデー。リンスもなかなか。着やせするタイプか。神様ありがとうございます。俺の姿を確認し、二人ともキャっと湯に体を隠す。


「わわっ、すまないっ」


 どの口が言うのか。俺は手で顔を隠し、他意はないことをアピールする。そこに、山ゴリラが突進してきた。吹き飛ばされる俺。天罰だと思って受け入れる。ドラミングで勝ち誇る山ゴリラ。痛いは痛いが、その程度だ。やれる。異世界生活で俺も強くなっているようだ。しかし、武器がない。王様がくれた護身用の小剣を今は持ち合わせていない。いくか。拳で。


「ウホッホホー!!」


 突進してくる山ゴリラをサッとかわし、山ゴリラに殴りかかる。俺の拳は山ゴリラの脇腹を捉えたが、こちらの拳の方が痛い。山ゴリラはフンという表情。まずい。


「……縦の縄は汝、横の縄は我、織りなす縄、緊縛せざるをえないかもしれない」

「グホッ」

 

 山ゴリラが光の縄に拘束されて、地面に倒される。


「必殺w亀縛りww」

「たけしぃ」


 たけしがカッコイイ。しなくていいはずの厨二な詠唱でさえカッコイイ。倒れた山ゴリラにボブがとどめを刺す。二人ともありがとう。こんな俺を助けてくれてありがとう。でも、のぞきに来なければ女性陣が危なかったので、そこは。




 ふう、いい湯だった。男性陣の温泉タイムは、俺とボブも中学生の心に戻って楽しませてもらった。泳ぐ。潜る。俺とボブが土台になって、たけしをロケットの様に発射したり。温泉でしてはいけない事ばかりだが、普段は命懸けの冒険をしているんだ。たまにはハメを外したっていいだろう。バンガローの外で夕涼みをしていると、リンスがこちらにやってきた。夕食の時間にはまだ少し早い。まさか、リンスはのぞきに気づいていたのではないか……。


「マーサー、ちょっといい?」

「ああ。エトワールちゃんは?」

「料理の準備を手伝うって。料理はさっぱりだから、私」


 よかったバレてはいない。たけしとボブにも聞いて欲しいそうなので、バンガローの中に招待する。たけしはパンツ一丁だったのであわてて服を着ている。


「リンス、例の話かい?」

「ええ。みんなにも聞いてもらいたくて」


 そういえばボブとリンスは翼竜ワイバーンを倒したあと、二人で話し込んでいたっけ。なんだろう。


「みんなの意見を聞きたいんだけど。異世界ここってなんかおかしくない?」


 そりゃ、異世界だし、元の世界とは何もかも違うのでは。それより、この会話の延長線上に、俺が避けていた話題がある。たけしが元の世界で死んでいた事。しかし、いつかは話す事になったはずだ。


 俺達はもう仲間なんだから。


 

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