勇者を待ってる
宿屋の一階は酒場。夜の酒場はにぎやかで、あちこちで笑い声が聞こえる。酒場の中央には大きな水晶玉が設置されていて、ついさっきまで、勇者御一行の冒険の様子が映し出されていた。王様による国営放送だそうで。スポーツバーでサッカー日本代表を応援しよう的な。当の本人たちもいるわけで、ものすごい盛り上がりだった。
「僕はもう寝るwおさきww」
たけしはもうおねむらしい。寝る子は育つ。おやすみ。去り際に俺に軽く肩パンをしてきたので、やめろしwww、と合わせておいた。二階へ上がるたけしを皆で微笑ましく見送る。
「マーサー、たけしと随分打ち解けたようだな」
「一周回ってかわいく思えてきたんだよ」
ボブが嬉しそうに聞いてきたので、素直に返事をしておいた。
「なあ、ボブ、元の世界でのこと、聞いていいか?」
何気なく、極力何気なさを装って聞いたつもりだ。心臓の鼓動は早い。
「ああ、何でも聞いてくれ、自慢になっちまうかもしれないぜ?」
ボブに構えた様子はない。ボブは大学生でアメフト部、しかも世界ランキングで上位の大学の生徒だった。俺がスゲーを連呼しすぎて照れくさくなったのか、リンスがもっとすごい大学であることをボブが引き合いに出した。二人でショッピングに行った際に親睦を深めたのだろう。ボブとリンスの距離が縮まっている。そこからリンスも混じって、元の世界の話題にすんなり入る事が出来た。
ボブに関してはイメージ通りだ。陽気で気さくなタフガイ。ついでに頭脳明晰のおまけつき。リンスは大学の准教授。世界基準のエリートを前にすると、俺はどこにでもいる高校二年生だ、そこそこやれるほうではあるが。
俺は二人に、こっち来る前に死んだ?と聞くのはやめた。この二人にはその気配がない。この世界に来た時の服装、ボブはユニフォーム。試合中の事故死が考えられなくもないが、ボブなら話の流れで言うだろう。
「試合中に死んじまってさ!!」
と。リンスもアラサー女性の見本のような恰好で、少なくとも部屋着ではない、しっかりしたものだった。仕事中だったのではないだろうか。俺なんて名前入りのジャージだったし。たけしは学ラン姿。奥歯がきしむ。
「どうしたマーサー?顔色が良くないぜ?」
「いや、大丈夫。これから先を想像して、ちょっと不安になっただけだよ」
俺の不安という言葉をリンスが拾う。
「私も不安だな、この先どうなるか」
「オレはそうでもないぜ?オレたちならやれるさ」
ボブの底抜けの陽気さに、苦笑いするリンス。エトワールちゃんは申し訳なさそうにしている。よし、この流れは変えよう。
「魔王を倒すといっても、漠然としてるよな」
「魔王城にいて、勇者を待ってるんじゃない?」
リンスが冗談で返してくれる。
「はい。そうです。魔王は勇者様とその仲間を魔王城で待っています」
冗談じゃなかった。
「え?魔王城?場所は?」
リンスが身を乗り出す。ボブはヒューと口笛を吹いている。スタスタと、エトワールちゃんが酒場に設置された水晶玉の方に歩いていき、水晶玉を操作する。
「ここが王都デヤンネンナで……」
水晶玉には世界地図が映し出されている。城のマークが出発地点だ。召喚された場所。それからそれから?
「そして、ここが今いる場所、商業都市ヤゴナです」
「この世界、あんまり大きくないね」
指を小刻みに動かしながら高速で計算するリンス。どうやら過ごした日数と地図上の距離からして、この世界地図のサイズは四国よりは大きく、北海道よりは小さいらしい。俺に分かりやすく説明してくれた。
「ここに魔王城があるそうです」
地図の左下から対角線上の右上にある、いかにもな離れ小島を指さす。
「あるそうです、ってことはエトワールは行ったことがない?」
「はい。ここには勇者様でなければ、勇者様の魔法がなければ行けないそうです」
リンスの問いに答えるエトワールちゃん。なんか自信なさげ。
「テレポーテーション的な魔法かい?ビューンと飛んで」
ボブの言う通り、瞬間移動的なもので行くのなら、冒険の終わりは遠くない。この付近でいわゆるレベル上げにいそしめばいいわけだし。
「ああ、そのような魔法ではありません。天雷とよばれている……」
エトワールちゃんの話によると、そもそも瞬間移動系の魔法はこの世界には存在しない、との事。魔王城に行く方法はたった一つ。勇者専用の天雷の魔法を、それっぽいオブジェクトに打ち込む、そうすれば魔王城のある離れ小島に橋が架かるらしい。ついでにその天雷の魔法はレベルアップで習得する事は出来ず、どこぞにそびえ立つ塔に登って、儀式をこなす必要があるそうだ。エトワールちゃんの話を聞きながら、俺は色々と釈然としなかった。
それは、ボブとリンスも同じはずだ。
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