ゴブリンキング?
戦士が雄たけびを上げゴブリンの群れに突っ込む。魔法使いの生み出した炎が逃げ惑うゴブリンを焼き払う。一匹のゴブリンと一進一退の攻防を繰り広げる勇者。ゴブリンの錆びた小剣には毒が塗ってあったらしい。顔色が紫に変わるも、すかさず僧侶が神の奇跡で勇者の毒を消し去る。ちっ。
立ち直った勇者がゴブリンをなんとか倒した頃、二十匹以上いたゴブリンは全て倒されていた。俺はそれを撮影している。記録係だからね。野球ボールくらいのサイズの水晶玉には映像を記録する事が出来る。遠方の水晶玉の持ち主と会話もできる。この世界のスマホといって差し支えない。カメラマンの如く水晶玉を構え、勇者御一行の活躍を記録する。
「マーサー!!いいの撮れたかい?出てきなよ」
ボブが陽気に声をかけてくる。出てきなよ、と言っているのは俺の姿が見えないせいだ。勇者パーティーにはそれぞれ装備が支給された。俺に支給されたのは水晶玉と指輪だ。この指輪を装着している間は姿を消す事が出来る。魔物との戦闘中でも安全に撮影できる優れモノだ。激しい動きをすると効果が消えてしまうので、姿を消しながら攻撃する事は出来ないが。指輪を外してポケットに入れる。ボブのほぼ真ん前に俺は姿を現す。
「ワオ、そこにいたのかい?ハハハ」
水晶に録画した映像を再生する。ボブと鑑賞していると、リンスもやってきた。
「はたから見ると案外すごい」
嬉しそうに自分の姿を見ている。初見の印象はイマイチだったが、数日間行動を共にする内に、リンスはやさぐれたアラサー女ではなく、素直で素朴な女性であることがわかった。口数は少ないけれど。
「撮影していて気付いたんだけど、群れと戦う時は初撃でリンスが魔法を打ち込んだ方が良さげだ」
「そうだね。ボブが群れの中にいると強めの魔法は撃ちづらかったし」
「オレをステーキにする気かい?」
ボブの小粋なアメリカンジョークでどっと笑いが生まれる。そこに聞こえるように、ちっ、という舌打ちの声が響く。ちっ。勇者様、ご無事で何より。エトワールちゃんの癒しの奇跡を受けながらブツブツと文句を言っている。
「僕が戦ったゴブリンはゴブリンキングだw手強かったww」
「そうだったのですね。流石は勇者様です」
たけしの妄想を優しく受け止めるエトワールちゃん。心もキレイ。
「この剣を使えばwあんなやつww秒で塵だけどなwww」
たけしが背中の鞘に納まった剣をポンと叩く。鞘に納まっていても凄まじいオーラを放っている。勇者に支給された装備、聖剣イーエックスカリヴァーンは魔王との戦い以外では使用できないらしい。ざまあ。
「たけしも見る?」
俺はフレンドリーにたけしに話しかける。たけしはダルそうなそぶりで水晶玉を覗き込む。ダルそうにするのがイカスと思うお年頃だ。
「ちょっwおまww消せよこんなのwww」
水晶玉には紫色になった顔のたけしがアップで映されている。口角に泡がついているのもイイ。最高にみっともない。最高の絵が撮れた。エトワールちゃんはうつむいているが小刻みに震えている。確実に笑っている。
「これ音声もしっかり拾えるんだね」
毒が回り、ヴィぃと声を出す勇者たけし。その映像を見てリンスが感心している。
「ヴィぃってのはたけしの声か、毒が回るとどんな感じなんだい?」
ボブに聞かれて恥ずかしくなったのか、顔が真っ赤になるたけし。
「あら、まだ毒が抜けてないんじゃない?大丈夫?」
空気を読まずにたけしを心配するリンス。
「だまれババアw」
「いけないよ、たけし。今のは」
たけしを諫めるボブ。君は良き成人の見本。俺は君を目指す。気にしてないと言うリンスも優しい。しかしボブはかなり怒っているようだ。
「たけし、謝ろう」
「サーセンwババアwwサーセンwww」
「TAKESHI!!」
ボブがたけしの胸ぐらをつかみ釣り上げる。殺す勢いがある。アメリカ人の沸点は低い。俺も気をつけよう。リンスとエトワールちゃんが慌てて割って入る。俺は撮影している。
「サーセン、サーセンッス……」
たけしを降ろすボブ。グスッグスッと泣くたけし。たけしの両肩を掴み、優しく人の道を説くボブ。日が傾いてきた。夕日をバックに二人の影が重なる。これはいずれ神回と呼ばれるはずだ。
夜。パチパチと鳴る焚火を囲む俺達。たけしは早々にテントで熟睡している。良く考えれば14才のガキ、もとい少年なのだ。明日からもっと優しくしてやろう。俺はエトワールちゃんに、気になっていたことを聞いた。
「この世界って死んだらどうなるの?」
「死んじゃいますね」
「えっと、復活とか蘇生とか」
「強力な癒しの奇跡はありますが、魂が離れてしまうと、それは……」
死んだら終わり。そこはファンタジーではなかった。
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