伝説の記録係

ちっきす

勇者マーサー?


 体育の授業中、ベリーロールでバーをまたいだ瞬間。前方に魔法陣が現れ、俺は異世界に召喚された。


「おお、最後の一人が現れたぞ」


 大歓声の中、ゴロゴロとみっともなく着地。フカフカの絨毯だったのでダメージは少ない。大勢の人に囲まれている。中世ヨーロッパ風の玉座の間。王冠に白髭の王様に護衛の騎士。大臣らしき人。モロにファンタジー世界のベタな人々。その中で異彩を放つ者が三人。その内の一人、アメフトのユニフォームをまとった黒人男性が、カモン!と陽気に手招きしてくれる。イカつい見た目だが、太陽の様な笑顔。せっかくなので素直に応じる。


「オレ達、異世界召喚されちゃったみたいだぜ!!」


 俺は英語はしゃべれない。にもかかわらず、日本語で聞こえる。異世界は便利だな。映画の吹き替えのようなボイス。頼んでもないのに自己紹介してくれる。


「オレの名前はロバート。ボブって呼んでくれ」

「俺はマーサー。マーサーと呼んでくれ」


 自分の名前を人に初めて伝える時が嫌いだ。モロにジャパニーズな顔なのに、母方の祖父がイギリス人だからか、母親がカタカナの名前を付けた。どうせならアーサーにして欲しかったが、父親が正和まさかずと名付けたかったそうで、間を取ってマーサーと名付けられた。


「ぷっwマーサーww」


 三人の内の一人、学ラン姿の中学生が生意気に煽ってくる。こいつのクラスカーストは低い。俺には分かる。


「ヘイたけし、人の名前を笑うのは良くないぜ」

「www」


 ボブは良いヤツ。たけしはカス。最後の一人は妙齢の女性。ずいぶん年上に見える。眼鏡をかけた典型的なインテリ。日本人かと思ったがなんとなく違和感がある。こちらが「よろしくお願いします」と頭を下げると、ぎこちなく頭を下げてくれた。コミュ障っぽいけど、悪い人ではなさそうだ。


「リン・スー。台湾生まれ。なんとでも呼んで」

「じゃあリンスでいいですか?」

「オーケー。マーサー」


 まずかったか?でもオーケーって言ってるし、いいか。たけしが茶化そうとしてきたが、ボブがたしなめている。俺達の自己紹介が終わるのを待っていたのか、王様が張りのある声を出す。


「異世界より召喚されし者達よ……」


 長いので割愛。要は魔王を倒せば元の世界に帰れますよって事。次に神官姿の女性が現れ、野郎どもは色めき立つ。煌めきたなびく金髪、ターコイズブルーの瞳、雪のように白い肌、ちょっとソバカスがあるのもまた良い。可愛い。途方もなく可愛い。


「紋章の儀を執り行います」


 可愛い子の足元に白い魔法陣が現れる。プロジェクションマッピングのようだ。それを見た王様が神に祈るような仕草をする。他の人々もそれにならう。俺もならう。


「僧侶エトワールよ、神の巫女よ、彼らにも導きの紋章を」


 エトワールちゃん。名前も可愛い。エトワールちゃんがボブの前に進み出る。


「汝の道を示す紋章は……」


 エトワールちゃんが祈りを捧げるポーズをすると、ボブの足元に赤い魔法陣が現れる。


「戦士。敵を討つ剣であり、仲間を守る盾であれ」

「ファイターか!!オレにぴったりだぜ!!」


 こちらに向かってサムズアップしてくるボブ。うん。君には赤がよく似合う。なるほど、これは職業の組み分け帽ってわけね。当然のようにリンスは魔法使いだった。紋章は紫。なにからなにまで見た目通りな展開だ。次はたけしのはず、なぜなら最後は勇者だから。自分にそこまで自信があるわけでは無いが、たけしと俺なら、どうみても俺が勇者。たけしは何だろう。盗賊かな。エトワールちゃんがたけしの方に移動するのを見て、俺は勝利を確信した。勇者マーサー。しっくりくる。母親はこのことを予見して名付けたに違いない。


「汝の道を示す紋章は……」


 たけしは前髪をせっせといじっている。盗賊いいじゃん。ルパンかっこいいし。と、思っていたら、たけしの足元が金色に輝く。ひときわ豪華だ。たけし自身も驚いている。周囲のざわめきも最高潮になる。俺の心には暗雲が立ちこめる。


「勇者。魔王を滅する黄金の輝き。世界を平和に導く光」

「僕が勇者w僕は勇者たけしww」


 大歓声につつまれるたけし。どや顔で歓声に応えるたけし。ダルすぎる。たけしが勇者?じゃあ俺は何?勇者の後に告げられる職業ってなんだ?勇者より良い職業なんてあるのか?愛しのエトワールちゃんが間近に迫っているのに素直に喜べない。


「汝の道を示す紋章は……」


 頼む頼む頼む!!超勇者とか、神を超越せし者とか、なんか!!神様どうかお願いします……。足元の紋章は地味な灰色。


「記録係。伝説を見届け、人々へ伝達せし者」


 なにそれ。

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