第5話 真実
国王陛下からの使いが来たのは、レイナード殿下が不在の午後のことだった。
私は侍女を通じて受け取った命令を聞いて青ざめる。
けれどいつまでも温室のように穏やかな場所にだけいられるわけでは無いことはわかっていた。
私は覚悟を決め、身支度を整えて貰って謁見の為に部屋を出る。
案内する騎士が告げた。
「正式な謁見の間ではなく秘密会談に用いる間に案内いたします」
「承知いたしました」
廊下を幾度も折れ、たどり着いた先の部屋。
両開きの扉には魔術が刻まれている。おそらく、防音が施されている。
うながされるままに私は歩を進めた。
部屋には重厚なテーブルセットが置かれ、その一番奥に男の人が座っていた。
中で待っていたのは意外な人物だった。見覚えがある。
「……久しぶりだな」
彼の方から私に声をかけてきた。
呆けてしまいそうになったので、急いで深くお辞儀をする。
頭を下げながら深呼吸をした。心臓が混乱で早鐘を打つ。
豊かな黒髪を後ろに撫でつけた、凜々しい眉と強い眼差し。意志の強いはっきりとした語調に、厚い唇。
――それは、私の記憶の中では王太子殿下だった。
私が知る国王陛下は既に退位されているのだ。
どれだけの時間を眠っていたのだろうと、めまいがする。
どれだけの時間、レイナード殿下にご迷惑をおかけしていたのか。
「顔を上げろ」
それから通り一遍の挨拶を交わした後、国王陛下は口を開いた。
「レイナードから話は聞いていると思うが、来月挙式を行う。貴殿は我が王家の一員となるが、あくまでハイゼン王国出身者を監視におく為の措置だ。内通がおこらぬよう外部との連絡は厳しく取り締まる。有事には我が国の妃としての振る舞いを命じる。王弟妃としての公務は全てこちらで管理する」
「承知いたしました。この命、大いなるゼーディス王のために」
私は命令に従うと示すため、深く頭を下げた。
陛下は私に尋ねた。
「貴殿は何か俺に、言いたいことはあるか」
「このたびは……ご結婚の晴れがましい日に恐ろしい事を引き起こしてしまい、申し訳ございませんでした。どんな罰も謹んでお受けいたします」
「もう良い。貴殿の件も遠い話だ」
陛下は溜息交じりに言う。
「それに我が王家は貴殿に借りがあった。お互い助け合ったということだ。謝罪も必要ないし、罰も与える気は無い」
――借り? 借りとは、一体何だろう。
疑問に思うけれど、国王陛下の迫力に、私はそれ以上下手な質問は重ねられなかった。
彼はまるで、私がその借りを知っているように言うのだから。
国王陛下はすごい、と思う。
ただ普通に言葉を発しているだけなのに、国王陛下の言葉はびりびりとするほどの貫禄がある。即位してすぐとは思えないほどの威厳に私は驚いていた。
これだけ強い国王陛下が治めているのだから、ゼーディス王国は安泰だ。
そしてハイゼン王国は――実家は、なんて無謀な諍いを始めようとしたのか。
強く若い国王がいる国と立ち向かえるほど、ハイゼン王国は強くなかっただろうに。
だが、と国王陛下は続ける。
「ハイゼン王国の我が王国への恨みというものは根深い。戦争が終わって久しいとはいえ、いつ貴殿を利用しようとする人間が内外からでないとも限らない。貴殿にとっては監視もしくは軟禁状態と感じる暮らしになりうるかもしれなが、理解してほしい」
「承知いたしました。不都合ございましたら処刑、もしくは母国への引き渡しも覚悟しております」
「……母国はない」
国王陛下はじっとこちらを見下ろしている。
彼のワイン色の瞳が、じっと、私を強く見つめている。
「え?」
「聞いていないのか。ハイゼン王国は滅亡した。貴殿が自爆未遂をした後――一応、話としては貴殿は死んだことになっているのだが――とにかく、貴殿の死を我が国の陰謀だと言い張り始め、貴殿の命を大義名分に戦争を起こしてきた」
頭が真っ白になる。
口からつばを飛ばし、誰かを感情的に罵りあおり立てる父と兄の姿が目に浮かぶようだった。
「軍事力の差は圧倒的にもかかわらず、ハイゼン王国は自爆攻撃をしかけてきてな。貴殿のような自爆魔術をかけた婦女子を大量に飛び込ませ、戦場に送り込んだ」
「そんな……!」
そんな魔術、実家リンドベルク公爵家がかかわっているに違いない。
私のせいで、戦争が起こったなんて。
私は思わず腰を浮かし、続ける。
「ゼーディス王国の被害は……一体、今はどうなっているのですか!?」
「落ち着きなさい。先ほども言ったが、国は滅びている」
「あ……」
「貴殿ほど丹念な爆死魔術をかけられた者はいなかったので、貴殿にかけられた魔術を解析することで、全ての爆破を阻止する大規模範囲魔法を展開した。爆発は一切起きなかった。その後ハイゼン王国は勝手に内乱が起き、自滅した。……我が国は内乱から逃げる難民を引き受け、内乱終結後に復興を支援した。今は国民による共和制の小国として復興している。我が国が支援国として、支えているよ」
「…………」
「驚いているようだな。……何も、知らされていなかったのだな」
私は返事ができなかった。宙を見つめて呆然とする。
理解が追いつかない。
――その時。
突然、がちゃりと扉が開く。
私が入った両開きの扉ではなく、国王陛下の後ろの壁の中、小さな隠し扉だ。
「あー」
甲高い可愛い声。手足がまるまるとした幼児だった。
国王陛下を見て、きゃっきゃと甲高い声を上げる。
「あー! きゃあー!」
赤毛のまるまるとした幼児は、四つん這いでよちよちとカーペットをかけて、国王陛下の足にきゅっとしがみ付く。
国王陛下が抱き上げた。きゃっきゃと、笑い声を立てる。
さっそく髪をかき乱されながら国王陛下が苦笑いする。
「……すまない。息子が我慢できなかったようだ」
小さな扉から続いて、大慌ての侍女たちと美しい身なりの女性がやってくる。
その人たちの顔に見覚えがある。私は改めて頭を下げた。
申し訳なくて顔を上げられなかった。
「お久しぶりでございます。あの時は大変でしたね」
柔らかな言葉を書けてくれるのは、あの時私に親切にしてくれた侍女たちだ。
苦労したのか、二人ともあの頃よりずっと貫禄が出た気がする。私と同い年くらいだったのに、今では侍女たちの方が年長に見える。
そして彼女たちが仕えるのは、あの日美しい花嫁だった王太子妃――現王妃様だ。
私は頭を下げたまま、深くわびた。
「王妃様、あの日は誠に申し訳ございませんでした」
「もう昔の話よ。驚いたけれど、みんなたいしたことのない話だと思っていたわ。大丈夫、皆顔も覚えていないわ」
彼女は私に声をかける。
化粧けは薄いものの、あの日と同じように美しい。
腕には生まれたてのような小さな赤ちゃんを抱いている。服装からして王女殿下なのだろう。
――え?
私はふと、違和感をおぼえた。
国王陛下にだっこされる子は、おそらく3歳ほどだ。別邸で務めていた使用人が、子どもを連れていたのでなんとなくの年齢はわかる。
こんなに大きいということは、結婚式の時には既に子どもがいたということなのだろうか?
そうか。王弟殿下が私を妾にするのだから、彼にも結婚前からの妾が――でも王妃様と?
私は混乱して、何も言えなくなった。
そんな私の顔色を見て、王妃様が声をかけてくる。
「大丈夫? 体調が悪いの?」
「……恐れながら、質問させていただいてもよろしいでしょうか」
私は震える声で尋ねた。
「私が失敗して……どれくらい長い間、私は眠っていたのですか?」
国王陛下は少し間をあけ、そして厳しい顔で告げた。
「10年だ」
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