第4話 きゅうわたぎりむら

 旧渡霧村わたぎりむらにあったという綱張神社つなはりじんじゃへ僕は急遽向かうことにした。日が西へ傾き始めたため、僕はサングラスをかけて車を運転する。街中を過ぎてしばらく走っていくと、ついに対向車がいなくなった。


 旧渡霧村へ続く道は虚無だった。道の脇には申し訳程度のコンビニを見つけてからは廃墟しか見ていない。営業を止めて久しいパチンコ屋の大きな店構えが何とも寂し気で、その筋のマニアには人気がありそうだ。これから向かう場所も、そのようなかつての営みが朽ちていく場所だ。


「諸行無常、か……」


 何事にも滅びはいつか訪れる。幼い頃、眠りにつくのが怖かったことがある。寝て忘れてしまえばその日が全てなかったことになるような気がして、布団の中で一生懸命目を開けていた。夜に眠らなければ、全てをそのままにしておけるとその時は思っていた。しかしあっけなく眠りに落ち、白々しい朝を恨めしく思ったものだった。


 朝に対抗するために、僕は日記をつけ始めた。そしてそれが積み重なっていくことが面白くて、気が付けば歴史に興味を持っていた。人の積み重ねを読み解いて、そこに保存された思いを開放する。郷土史を研究しているのも、そういった発掘作業のようなものであった。


 車は旧渡霧村へ戻ってきた。この前訪れた老婆の家を超え、更に奥へと進んでいく。


「はは、廃屋だらけだ……」


 現れた残酷な光景に、思わず声を出してしまった。旧渡霧村は一九八〇年代の後半に、人口流出が取り返しのつかないところに来てしまった。猿渡市さわたりしへの統合が決まったのは一九九〇年代前半のことだ。それからは猿渡市の一部として集落を残すのみになっていた。


 今まで僕も猿渡市の大きな事柄に関してはよく調べてきたつもりだった。しかし、旧渡霧村のように忘れられていたことがあると思うと背筋が寒くなってくる。雨戸を閉ざした家々の前には錆びた農機具が転がって、ぼろぼろのホーロー看板がこちらを睨みつけてくる。まだ外は明るいが、次第に暗くなってくる空の下で見るものではない。薄ら寒いものを感じながら、僕は旧渡霧村の集落を通り抜ける。


 廃屋地帯を通り抜けると、綱張神社へ続く道が待っていた。それまで申し訳程度に開けていた土地だったが、山を登る道の前へ来ると急に閉鎖性を露わにしてくる。


「これ、車で行けるかな……?」


 そこは車が一台分やっと通れるくらいの狭い道だった。かつて神社まで続いていたらしいので、公道であるのは間違いないだろう。しかし神社が消失してから通行する者もいなくなって、そのまま放置されているのかもしれない。舗装されていたと思われる道路は落ち葉などの堆積物で覆われ、道の両側も木が生い茂って入るものを拒絶しているようだ。


「ここまで来たら行くしかないな」


 僕は車を狭い道に向けて発進させた。暗くなってきたのでライトをつけて、小枝をパキパキと踏みつぶしながら僕は綱張神社を目指す。「やむすび祭」、そして「よるのむすび」の手がかりになる場所はここしかない。消失したと言っても何か残っているかもしれないし、もしかしたら答えと呼べるようなものがあるかもしれない。


 勾配がきつくなってきた。山奥に吸い寄せられるように僕は綱張神社を目指す。おそらく車体に変な虫の死骸などがこびりついているだろう。そんなものはあとで洗えばいい。今は「よるのむすび」の正体を探ることが大事だ。これさえわかれば、僕は……どうするんだ?


 朽ちた鳥居をくぐると、急に開けた場所に出た。車を止めて、僕は愕然とする。


「再建、されたのか?」


 車のライトに照らし出されていたのは、しっかり建てられている綱張神社の社だった。

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