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目なんてないのに、目が合ったとわかる。
「あ……」
逃げないといけないことはわかっているのに、足が動かない。
「先輩、何してるんですか!?」
自分よりも怯えている人を目にすると人間は冷静になれる。音もなく涙を流す私を見て、佐藤くんは平静さを少しだけ取り戻したようだ。ただ立ち尽くす私の腕を引っ張って、どうにかその場を離れようとする。
一人で逃げればいいのに、律儀なやつだな、なんて場違いなことを考えていると、目の前が真っ黒になった。真っ暗ではなく、真っ黒だ。
それが先ほどまで階段で足踏みをしていた何かだと理解すると同時に、肌に何かが触れた感触があった。佐藤くんのものではない。
頬のあたりに、ぬめっとした感覚があった。舐められたのだ。
おぞましさに震えながらも、余計な考えが脳裏をよぎった。
触れるということは、殴れるかもしれない。
もちろん、このまま逃げた方がいいのはわかっている。しかし、思いついてしまったのだからしかたない。背負っていたリュックをおろして、目の前の存在に全力で叩きつけた。さほど重いものが入っていないせいか、ダメージを与えられた感触はなかった。
黒い何かは、痛みを感じた様子はないが、殴られたこと自体に驚いたようだった。
目も口もない顔が、たしかに笑った。まるで、私とコミュニケーションがとれたことを喜ぶように、黒い何かは大きな手で私をつかんで持ち上げた。腰のあたりが、やわらかくて温度のない何かで包まれる。重力なんてないみたいに、足が地面から離れる。
「明沙先輩!」
下で佐藤くんが何か言っているのが、ひどく遠くのことのように感じる。黒い何かは私を掲げるように持ち上げて、ずりずりと頭を天井に擦りつけた。
腰を掴む手を全力で殴りつけても、力が緩む気配はない。
「
「
頭部の痛みと、揺れに耐えながら、どうにか脱出できないか必死に考えを巡らせる。持ち上げられて、十秒だろうか、百秒だろうか、手足をばたつかせながらでは、まともに考えることなどできやしない。
不意に腰を締め付ける力が強くなり肺から空気を吐き出した。
「かっ、はっ、こっ」
息を吸えないと、悲鳴すら出ないのだ。
このまま死ぬのかもしれない、と冷静に思ったところで、息が吸えるようになる。手が緩んだのだ。
一瞬の浮遊感の直後、身体が床に叩きつけられた。息ができない。痛みよりも先に苦しさを先に感じた。
先ほどまで自分を苦しめていた存在を、床に横たわったまま見上げると、ぽたりと何かがしたたり落ちていた。
「血だ……」
顔に落ちてきた何かを手で拭い取り確認する。どろりとしたそれは、異形から生じたものにもかかわらず、見慣れた色とにおいをしていた。
悪夢の住人としか思えない異形の何かが、血を流して苦しんでいる。
「先輩、早く、立って!」
半ば無理矢理立ち上がらされて、そのまま手を引かれて走り出す。身体は不思議と痛みを感じなかった。
逃げなきゃ。
今度は思考と身体が一致した。佐藤くんに手を引かれたまま、ロープを辿って出口を目指す。
「こっちです! ほら!」
幸いにして、黒い何かはあまり足が速くないようだ。階段で足踏みをしていたのと同じ店舗で、ダン、ダン、と足音が響く。
歩くようなスピードだけれど、立ち止まれば確実に追いつかれてしまう。
「あった!」
廊下の奥にエレベーターの灯りを見つけて歓声をあげる。
「乗ってください」
佐藤くんに言われるがまま、エレベーターに飛び込む。すぐに佐藤くんも後に続いた。
来たときと違ってお行儀よく体育座りで並んでいる余裕はなかった。エレベーターに飛び込んできた佐藤くんを抱きかかえるようにして受け止める。
苦しい姿勢のまま、手を伸ばしてボタンを押す。
「ふぅー」
息を吐き出すと、佐藤くんの顔にかかってしまった。それどころではないようで、嫌がる様子はない。
彼の鼓動と体温を感じながら数十秒ほどそのままじっとしていると、エレベーターが動きを止めた。地下一階に戻ってきたのだ。
ドアが開くと同時に二人してエレベーターから這い出す。そういえば、さっきまで背負っていたはずなのに、佐藤くんのリュックが見当たらない。
「行きましょう」
「うん」
リュックのことは気になったけれど、それよりも今は少しでもあそこから離れたくて、足早に旧一号館を後にする。
外でると、空はすでに暗くなっていた。
そんなことが起きるはずはないのに、もう二度と明るくならないような気がした。
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