(2)


「柚子、来週の土曜日、サッカーの試合見に行かない?」

 わたしは手をあわせて言った。

「サッカーの試合?」

 柚子が目をぱちぱちとさせる。

「うん、うちの学校でやるんだって」

 行く! と迷わず返事をしたものの、試合の応援なんて行ったこともないし、ひとりで行くのはちょっと心細い。

「ごめん、土曜日は塾だからムリ」

「そっかあ……」

 迷わず断られて、わたしはがっくりとする。

 最近、全然柚子と遊べていない。

 帰りもすぐに帰っちゃうし、休みの日も習い事で忙しそう。

 でも、忙しいっていうだけじゃなくて、なんだか、避けられている気がするんだ。

 わたしと話すのを避けているような。

 だけど、なんでなのかわからない。

 柚子のようすがおかしくなりだしたのは、運動会のあとくらいからだった。

 話しかけてもそっけなかったり、うわのそらだったり。

 もしかして、何か悩み事があるのかな。


『杏、あのね……』


 運動会のとき、柚子は、何か言おうとしていた。

 まわりはさわがしくて、わたしはリレーの応援に夢中で、ちゃんと聞けなかった。

 なんでもない。って柚子は言ってたけど、本当に?

 なんでもっとちゃんと聞かなかったんだろう。

 柚子は、幼稚園のころからずっと一緒の幼なじみだ。

 いつも一緒で、何でも話せて、大好きな友達。

 だから、なんでも知っているような気がしていた。

 言わなくても、なんだってわかると思っていた。

 でも、いまは柚子が何を考えているのか、全然わからないよ……。

 柚子はわたしと話したくないのかな。

 一緒にいるのも嫌なのかな。

 そう思うと、胸がズキズキと痛んで、泣きそうになった。


 ☆


 放課後。

 ホームルームが終わると、柚子はバイバイ、と言ってすぐに教室を出て行った。

「柚子、待って!」

 廊下に出て、わたしはガシッとその手をつかむ。

「何?」

 柚子が振り向かないまま言う。


 ーーえっ。


 いままでに聞いたことがないくらい、冷たい声だった。

 いつも用なんてなくても、くだらない話で笑っていたのに。

 用がないと話しかけることもできないのかな。

 なんでこんなふうになっちゃったの?

「なんで避けるの? 言ってくれないとわかんないよ」

「……よ」

 柚子が小さな声で何かつぶやいた。

「え?」

「杏は、玲央名のほうが大事なんでしょ。あたしのことなんかほっといてよっ!」

 そう言った柚子の目を見て、はっとした。

 涙が浮かんでいたから。

 柚子はわたしの手を振り払って、走って行ってしまった。


 ☆


 放課後は雨だった。赤やピンクや青、色とりどりの傘が、昇降口から校門にむかって列をつくっている。しばらくすると傘も見えなくなって、がらんとしたグラウンドは巨大な水たまりのように見えた。

 いつもグラウンドでサッカーをしている玲央名くんたちも、今日はもう帰ったみたいだ。


『杏は玲央名くんのほうが大事なんでしょ。ほっといてよっ!』


 そんなことを言われるなんて、思ってもみなかった。

 礼央名くんは友達だ。運動会の日、礼央名くんの知らなかった一面を知って以来、すこしずつしゃべるようになった。話すのはいつも、瑠璃色雑貨店のことばかりだ。柚子にも言いたいけれど、ほかの子には言わないって約束だから、内緒にしていた。

 礼央名くんと柚子は、どっちも友達だけど、全然ちがう。

 どっちが大事かなんて、くらべられない。

 でも、柚子にはそう見えたのかな……。


 四時になると、わたしの足は自然と家庭科室にむかった。

 扉を開けると、そこは見慣れた家庭科室じゃなく、机いっぱいにカラフルな小物たちが並んでいる。

 そしてその奥にーー

「いらっしゃい」

 今日も鮮やかな着物姿の瑠璃ちゃんが、にっこりと笑顔で出迎えてくれる。

 四時になると開く学校の雑貨屋『瑠璃色雑貨店』。

 このお店に初めて来てから、もうすぐ一か月。

 机には、今日もかわいい和雑貨がたくさん並んでいる。

 だけど、今日はいつもみたいにわくわくした気分になれなかった。

 一瞬だけ見えた柚子の涙が、どうしても頭から離れなかったのだ。

「どうしたの?」

 扉の前で立ち止まっているわたしを見て、瑠璃ちゃんが首をかしげる。

「えっと…………」

 やっぱり、今日は帰ろうかな。

 そう言おうとしたとき。

 瑠璃ちゃんがすっと立ち上がって、手前の机に手を伸ばした。

「これ、杏ちゃんにあげる」

 瑠璃ちゃんが差し出したのは、ピンク色の小さな巾着袋だった。

 下の部分がすぼんでいて、上にちょこんと緑色の葉っぱみたいな生地がついている。いちごみたいで、かわいい。

「これ、何?」

「顔を近づけてみて」

 鼻を近づけてみると、ふわりと甘い香りがした。

「わあ、いい匂い!」

「白檀っていう植物が入ってるの。香り袋は物のたもとや鞄に入れて香りを楽しむのよ」

「たもとって?」

 瑠璃ちゃんが、これのことよ、と着物の袖を持ち上げる。

「でもわたし、着物なんて持ってないよ。浴衣は夏祭りのときしか着ないよ」

「それならお洋服や鞄の中に入れてもいいわ」

 ポケットの中なら、いいかもしれない。

「ええっと、お代は……」

「お代はいらない。これは私からの贈り物だから」

 瑠璃ちゃんはにっこり笑って言った。

「いい香りを嗅ぐと、幸せな気分になれるでしょ。だから、元気をだして。ね?」

「瑠璃ちゃん……ありがとう」


 家庭科室を出ると、一気に現実に戻った。

 お店が開いているのは、四時から五時までのあいだだけ。

 五時をすぎると、色鮮やかなあのお店はもうどこにもなくなってしまう。

 とたんに見慣れた景色に変わっても、瑠璃ちゃんがつくる小物が、あのお店とつないでくれた。

 瑠璃ちゃんには何も話していないのに、頑張れ、って背中を押してもらえた気がしたんだ。

 手の中にあるいちごの形の匂い袋から、ふんわりと甘い香りがする。

 ほんとうだ。幸せの香り。

 柚子にも教えてあげたいな、と思った。

 いつも、学校から帰るときは柚子と一緒だった。

 嬉しいことも、楽しいことも、悲しいことも、なんだって話した。

 話せないことなんてなかった。

 いちばん近くにいる親友だから。大好きだから。

 やっぱり、柚子とちゃんと話したい。

 明日、もう一度言ってみよう。

 そう思った。


 でもーー

 次の日、予想もしていなかったことが起こったのだ。


 ☆


「今日はみんなに大事なお話があります」

 朝の会で、先生が前に立って言った。

 時間割りが変更になったとか、連絡を伝える時間に。

「七月から、前原さんはお家の都合でアメリカに行くことになりました」

 え……?

 先生の突然の報告に、えーっ! とみんなが声をあげた。

「え、柚子ちゃんアメリカ行くの?」

「すごーい! 英語得意だもんねー」

「手紙書いてねー」

 そこからは誰の声も頭に入ってこなかった。

 柚子が、アメリカに行く?

 うそだ。

 だって、わたし、なんにも知らない。

 そんなの、ひとことも聞いてない。

 そのとき、はっとした。

 運動会のとき、柚子が何か言おうとしていた。

 でも、わたしは、ちゃんと聞いてなかった。

 あのとき、柚子の話をもっと真剣に聞こうとしていたら……。


 結局、その日も柚子と目を合わせることができなかった。

 あと一か月で、柚子はアメリカに行っちゃうのに。



 ☆


 放課後。

 わたしは教室の窓からグラウンドを見下ろして、ため息を吐いた。

 玲央名くんたちが、いつものようにサッカーをしている。

 ふいに玲央名くんが顔をあげて、バッチリ目があった。

 それどころか、満面の笑みでこっちにむかって手を振る玲央名くん。

「……っ!」

 声にならない声を心の中で叫びながら、窓の下にしゃがんだ。

 とそのとき、タタタ、と廊下から足音が聞こえた。

「よっ、杏」

 玲央名くんが顔を出して言った。

「れ、玲央名くん……!?」

 さっきグラウンドにいたのに足速すぎだよっ!

 玲央名くんは窓際まで歩いてきて、わたしのとなりにすとんとしゃがんだ。

 運動会の日から、ときどき玲央名くんと話をするようになった。

 かわいいものが大好きっていう玲央名くんの知らなかった一面を知って、前よりずっと話しやすくなった。

 でも、やっぱりとなりにいると緊張する……っ!

「前原さんのこと、驚いたよな」

 玲央名くんが言った。

「うん……」

 わたしはうなずく。

「全然知らなかった。そんな大事なこと、なんで言ってくれなかったのかな。親友なのに……そう思ってたの、わたしだけだったのかな」

 アメリカに行くことになったって、先生じゃなくて、柚子の口から聞きたかった。

 ショックだけど、でも、教えてほしかったんだ。

「親友だから言えなかったのかもよ」

 玲央名くんがぽつりと言った。

「親友だから?」

「近くにいると、大事なことって言いにくくなったりするんじゃないかな。たぶん、前原さんは、杏のことが大切だから言えなかったんだよ」

「そうなのかな……」

「ま、ほんとのことは本人に聞いてみるしかないけどな」

 玲央名くんはニカッと笑って言った。

 そう。どれだけ考えても、わからなかった。

 柚子の本当の気持ちは、柚子にしかわからないんだ。


 ☆


 土曜日はすっきりと晴れて、青空が広がっていた。

 学校に行くと、たくさんの人たちが集まっている。

 ユニフォームを着た男の子たち。応援に来ている大人の人たちや、同じクラスの子もいた。その中に、りんかちゃんたちもいた。

「あっ、杏ちゃん!」

 りんかちゃんがわたしに気づいて手を振った。

「杏ちゃんも来たんだあ。もしかして玲央名くんの応援?」

「う、うん」

「最近、玲央くんと杏ちゃん、よくしゃべってるよね。何話してるの?」

 りんかちゃんが興味しんしんな目で聞いてくる。

「えっと……」

 瑠璃色雑貨店のことは、ほかの子には秘密ってことになっている。

 なんて言おう……と考えていたとき。

「杏!」

 グラウンドで練習していた玲央名くんが走ってきた。

 そ、そんな大きな声で呼ばないでえええ……!

 ほかの女の子たちの視線も一気に集中して、どこかに隠れたい気分だった。

 こっち来て、と言われて、グラウンドから離れた。

「瑠璃って子がもうすぐ来るんだって」

 玲央名くんが言って、はっと大事なことを思い出した。

 そうだ。

 今日、サッカーの応援にくるという「瑠璃ちゃん」。

 ほかの学校の子だけど、四年生だし、そんなによくある名前じゃないし、もしかして……って考えると、ドキドキする。

 あのお店の外での瑠璃ちゃんは、どんな女の子なんだろう。

 今日、瑠璃ちゃんの正体が、わかるかもしれないんだ。


「おーい、玲央名!」

「おー!」

 玲央名くんの友達らしいほかの学校の男の子がやってきて言った。

「こいつがこの前言ってたルリだよ!」

「えっ」

 わたしと玲央名くんは“こいつ”と呼ばれた人をぽかんと見上げた。

 がっしりした体つき。大人みたいに巨大な、男の子だった。

「この子……いやこの人……がルリちゃん……?」

「ああ、俺らはルリって呼んでるけど、本名はルリオな!」

「大槻ルリオ四年生キーパーです。今日はよろしくお願いしますッ!」

 ルリオくんは、大きな体を半分に折って言った。

 いやいや、絶対四年生に見えないよ……!


「なんかごめんな、わざわざ来てもらったのに。まさか男だったとは……」

 玲央名くんががっくりと肩を落として言った。

「ううん。たしかにびっくりはしたけど。試合頑張ってね。応援してるよ」

 わたしは両手でガッツポーズをした。

「おう!」

 玲央名くんがぱっと笑顔になって、わたしはドキリとした。

 そして試合が始まったーーのだけど。

「ナイスールリオ!」

 シュートをすべてルリオくんが止めるので、全然得点が入らない。相手チームばかりが次々とゴールを決めていき、圧倒的に不利なまま試合はすすんでいった。

「がんばれー!」

 りんかちゃんが叫んだ。

 わたしも負けないように、

「がんばれー!」

 と叫ぶ。

 玲央名くんがシュートを打った。

 すごい勢いでゴールに向かって飛んでいく。

 だけど、ルリオくんは軽々と片手でボールを止めてしまう。

 そして、一点もとれないまま、試合が終わってしまった。

 みんながっくりとうなだれている。

「無理だろあんなの……」

「ほんとに小学生かよ……」

「でもさあ、あんなのが相手なら、負けてもしょうがないよな」

 一人が言って、ほかの男の子たちもみんな、そうだと言い出した。

 そのとき。

「何言ってんだよ。無理な試合なんてあるわけないだろ!」

 玲央名くんが立ち上がって叫んだ。

「いや、でも……なあ」

 みんなが顔をあわせて気まずそうにする。

 玲央名くんは、ごめん、と小さくつぶやいて、走っていってしまった。


 校舎の裏側で、玲央名くんはしゃがんで座っていた。

 ひざに顔をうずめて、肩を震わせている。

「玲央名くん……」

 わたしは近づこうとして、足を止めた。

 わたしは真剣にスポーツをやったことがない。

 サッカーのルールだってよく知らない。

 それなのな、何を言えばいいんだろう。

 かける言葉を探しても見つからなくて、何も言えないまま、となりにしゃがんだ。

「あの、玲央名くん」

 わたしはポケットの中をごそごそと探った。

「これ、瑠璃ちゃんにもらったの。幸せの香り」

 いちごの形の匂い袋。

 負けたことは変わらない。

 匂いを嗅いだだけで、何かが変わるなんて魔法はない。

 だけど、わたしはこの匂い袋に、ほんの少し元気をもらえたんだ。

「幸せの香り……?」

「うん。玲央名くんが元気になるまで、貸してあげる」

 わたしは言った。

「ほんとだ」

 玲央名くんは顔を近づけて、ふっと笑って言った。

 辛いとき、たった一瞬でも笑顔になれたら。

 それって、効果絶大なんじゃないかな。

「あ、玲央名くんいた!」

 ルリオくんが走ってきて言った。

 きっと探していたのだろう。大きな肩で息をしている。

「最後の玲央名くんのシュート、すごかった!」

 ルリオくんは目をキラキラさせて言った。

「あっさり止めたやつに言われてもなあ……」

 玲央名くんが口をとがらせてすねたように言う。

「でも、ほら。僕の手、真っ赤だよ。まだじんじんしてるもん」

 ルリオくんは手袋をとって言った。

 本当だ。ルリオくんの大きな手が、真っ赤だった。

「今日いちばん強いシュートだった。またあんなすごいのとってみたいなあ」

「って、次は取られないからな!」

 あはは、と三人で笑った。


 校門を出て、わたしは目を見開いた。

「柚子!?」

 門の影に隠れるようにして、柚子が立っていた。

「杏……」

 柚子が顔をあげて言った。

「これ、渡したくて」

 そう言って、かばんから青い封筒を取り出した。

 ざらざらした、変わった紙だった。それに全部同じ色じゃなくて、濃いところと薄いところがまだら模様になっている。なんだか、着物の模様みたいだ。

「かわいい!」

 わたしは封筒をまじまじと見て言った。

「柚子、雑貨には興味ないって言ってたのにこんなかわいい封筒持ってたんだ。どこで買ったの?」

「瑠璃色雑貨店」

 柚子は言った。

「えっ」

「昨日、やっぱり杏と話したいって思って、学校に戻ったの。そしたら家庭科室の扉が光ってて、着物姿の変な女の子がいて……」

「変な女の子って。瑠璃ちゃん怒っちゃうよ」

 わたしは思わず笑って言う。

「やっぱり、杏も知ってたんだ。あのお店」

「うん。わたしの大好きなお店」

 じゃあ、柚子とも話ができるんだ。

 そう思ったら、嬉しくなった。

「気持ちを伝えたいときはどうすればいいか聞いたら、瑠璃ちゃんが、口で言いづらいなら手紙を書いてみたらって」

 柚子は言った。

 それでやっと気づいた。

 そっかーーこの封筒、瑠璃ちゃんの手作りなんだ。だから色がまだらになってるんだ。

「すこいなあ、瑠璃ちゃん」

 やっぱり、瑠璃ちゃんは魔法使いなのかもしれない。

 瑠璃色雑貨店にあるものは、全部布でできている。瑠璃ちゃんが針で縫って作ったもの。

 レターセットなんて見たことがなかった。

 でも、瑠璃ちゃんは、作っちゃうんだ。

 誰かがほしがっているものを。

 あの小さな手で、なんだって作ってしまうんだ。

「読んでもいい?」

 封筒を開けようとすると、

「それはダメッ!」

 と全力で止められた。

「い、家に帰って読んで……」

 と、真っ赤になって小声で言う。

 しっかり者で、いつも言いたいことをはっきり言う柚子。

 こんな柚子、初めて見たかも。

「……ごめんね」

 柚子は顔をあげて言った。

「アメリカ行くこと、ほんとは何回も言おうとしたけど、言えなかった。運動会のときだって、みんなが盛り上がってて、いまなら言えるかもって思ったのに結局言えなくて、杏のせいにするようなこと言っちゃった。塾とかで忙しいのはほんとだけど、どうしても言えなくて、逃げてたんだ」

「柚子……」

 わたしは、柚子が怒ってるかも、嫌いになったのかもって、悪い想像ばかりしていた。

 答えを聞くのが怖くて、聞けなかった。

 だけど柚子も、ずっと悩んでいたんだ。

 不安だったんだ。


『近くにいると、大事なことって言いにくくなるんじゃないかな』


 近くにいたから、言えなかった。

 近くにいすぎて、気づけなかった。

 わたしたち、お互いに、空回りしてたんだね。

「でもね、ずっとあっちにいるわけじゃないの。2年か3年……。いつかわかんないけど、絶対、こっちに帰ってくるから」

 2年か3年。

 ずっと一緒だったから、それでもすごく長い時間に思える。

 寂しいけど、いまは、何か元気になれるようなことを考えようと思った。

「じゃあさ、帰ってきたら浴衣着てお祭り行こうよ」

 そう言うと、柚子はにやりと笑って、

「それ、玲央名に言いなよ」

 急に出てきた名前に、ドキリとした。

「ええっ! なんで玲央名くん?」

「だって、好きなんでしょ?」

「そ、そんなこと……」

「ずっと一緒にいるんだもん。バレバレだよ」

 柚子はからからと笑って言った。

 もう認めるしかなかった。

 

 あの日からーー。


『それ、かわいいね』


 大切なものをかわいいって褒めてもらえて、びっくりしたけど、嬉しかった。

 クラスの人気者でどこか遠い存在だった玲央名くんを、あの日から、意識するようになった。

 そして運動会の日、玲央名くんの以外な一面を知って、もっと好きになったんだ。


「手紙で教えてよ。あたしも手紙書くから」

「うん!」

 久しぶりに、柚子と一緒に帰った。

 小さいときみたいに手をつないで、たくさん話をした。

 夕暮れの道に、わたしたちふたりの影がずっと伸びていった。

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