第14話 作戦乱立① 現れた大御所たち

 日が明けて俺はいつもどおりに出勤した。

 会社にはすでに事故の件は伝わっており、オフィスに入るなり心配の声が上がったが、外傷も後遺症も無いと知るや普段どおりの対応となっていった。

 ただ病み上がりであることは間違いなく、総務部からは今日は定時上がりを厳命されていた。


(あなたの会社って話しが分かるのね。)

 ルシアがその日初めて話しかけてきたのは、牛丼チェーン店で昼飯を食べていた時だった。

(そうかな? 俺は普通だと思うけど。)

 俺は素直に答えたが、他の会社のことは分からない。

 とは言え事故後2日目に残業させる会社は、正直働きたいとは思わない。

(まあ、繁忙期ではないからかもな……。)

 そんなことを考えたが、もっとも俺が入社2年目の下っ端企画職だから重要な案件を任されていないってのもあるかもしれない。

(……君ってさ、案外ネガティブ思考?)

 ルシアが尋ねてくる。

 あれ、思考が共有されてるのか?

(意図的に共有していなくても、強い思いって流れ込んでくるものよ。)

 なかばあきれたように返すルシア。

 と言うことは俺ってネガティブな考えは表に出やすいのか?

(ともかく待ち合わせに遅れなくて済みそうじゃない?)

(まあな、と言うかこうなること想定して待ち合わせを設定したんだけどな。)

 心の中で少し笑いながら返す。

(なんだ心配して損したじゃない!!)

 そう抗議してきたルシアを俺はとりあえずスルーすることにした。

 同じ非日常でも、異世界転入よりこういったドタバタの方が気が楽だ。


「お待たせしましたっ!」

 俺が待ち合わせの場所へと到着したのは約束の時間を10分ほどオーバーしての事だった。

 昼休憩の後、部署でやや大きめなトラブルが発生したため、対処に当たっていたためだった。

 おかげで定時退社に失敗し、慌てて待ち合わせの場所まで来たわけだ。

 もちろん、出発前にメッセージアプリで伊藤さんに遅れることを伝えていたが、急ぐに越したことはない。

 息を切らせながら謝罪をする俺を、伊藤さんはニコニコと笑いながら出迎えてくれた。

「まあまあ、仕事なら仕方ないさ。」

 伊藤さんは軽くそう返すと「行こうか。」と歩き出した。

 話をする場所については伊藤さんに任せた。

 TRPGの話しをするのに居酒屋などでは騒がしすぎる。

 なにより伊藤さんは、ある企業の重役でもある。

 ゲーム中は気にしないが、この様な感じで会うならそれなりに気を使わなくてはならない。

 だがあいにくと俺はその手の店に疎い。

 営業職なら少しおしゃれな店など押さえておくものなのだろうけど。

 ともかく今回は伊藤さんに従って歩くのみだった。


 暗めの照明に音量を抑えたピアノの生演奏。

 伊藤さんに連れられて来た店は、表通りに有るビルの中にある、シックな装いのバー。

「りょうちゃん、来たよ。」

 店に入るなり伊藤さんはバーカウンターにいる、初老のバーテンダーに挨拶をする。

 俺も慌ててバーテンダーに頭を下げる。

 その時、カウンターの後ろに陳列された酒類が目に入る。

 どれも高級なブランデーやウイスキーだ。

 安月給の俺には縁のない銘柄がならぶ。

「タクさん、いらっしゃい。 奥の部屋、開けといたよ。」

 バーテンダーは伊藤さんににこやかに挨拶を返すと、俺にも会釈した。

 再度、小さく頭を下げながら伊藤さんに続いた。

「こんなおしゃれな店を知ってるって、さすがですね。」

 俺は伊藤さんに声を掛ける。

 おべんちゃらなどではなく純粋にそう思う。

 趣味と実務をうまく両立させつつ、時にはこんな店を利用する。

 俺は数十年後に、この領域に立つことができるんだろうか?

「はは、ここの店長はね僕たちと同じでサークルOBだよ。」

「えっ!?」

 さらっと答えた伊藤さんに俺は驚く。

「80年代。僕と店長は英文のルールブック片手にああでもないこうでもないと言い合った仲さ。」

 どこか懐かしそうに語る伊藤さんと俺は個室へと入った。


「えっ!?」

 部屋に入った俺の口から出たのは驚愕の声だった。

 部屋の中にはゆったりとした革張りのソファーに足の低いテーブルが置かれている。

 ちなみにテーブルの天板は巨木から切り出したと思われる一枚板だ。

 バーと言うよりは喫茶店の様な感じだが、これらの品物が高級品なことは変わりない。

 しかし驚いたのはその壁だ。

 入り口のある壁以外の3面に取り付けられた棚には、無数の本やホルダーが並んでいる。

 見れば本はどれも海外製のTRPGのルールブック(原語版)。

 となればホルダーに挟まれている物も予想できる。

 しかしなんというか、部屋の上と下で雰囲気が違いすぎる。

 上の方はサークルの部室みたいだ。

(なにここ?)

 今まで黙っていたルシアから思わず言葉がもれる。

(高級な酒場の密室なんだろうけど、これはまるで……。)

「ここは僕たちの秘密基地さ。」

 俺は心の中でルシアに返答していたが、それが聞こえているかのように伊藤さんが続く言葉を紡いだ。


「さて、死騎士狩りだったね。」

 ソファーに腰を下ろした伊藤さんがカバンを開きながら言った。

 俺は元より高級バーの個室なんて利用したことが無いので、どこに座ればいいか分からず入り口に突っ立っていた。

 それを見た伊藤さんが、自分の右側にあるソファーを指した。

 俺は慌てて指定されたソファーに腰を下ろす。

 恐らく人間の体重で沈み込むことを計算に入れた作りなのだろうが、そのソファーの座り心地を楽しむ余裕はない。

 初めての高級バー体験なのに、この部室にも似た珍妙な空間である。

 落ち着けるはずもなかった。

 そんな俺の気持ちを知らずか、伊藤さんは一冊の古い冊子をテーブルに出した。

 その表紙には2色刷りで『ブレイズ&ブレイブ シナリオエキスパンション2 死騎士狩り』と書かれていた。

 俺も現物を見るのは初めての初版用のシナリオ集。

 四半世紀以上前に発売されたそれは、お世辞にも良い印刷とは言えず、ところどころ色あせており、紙の端も日に焼けている。

 とは言え、マニアの間では貴重な代物だ。

「よろしいですか?」

「どうぞ、どうぞ。 ルールやサプリなんて使われてなんぼだからね。」

 念のため確認する俺に、伊藤さんは笑顔で返答する。

 俺の目的が伊藤さんの想定とは異なるのが少しだけ心苦しいが、背に腹は代えられない。

 万が一にも仕事中にルシアが死ぬことがあった場合、俺もどうなるか分からない。

 俺は真剣な目つきで冊子を手に取った。

 始めの数ページは目次と内容説明なので飛ばす。

 そして右側のページが黒印刷で塗りつぶされたところで手が止まる。

 そのページの中央には「シナリオ1 死騎士デュラハン狩りハント」と白抜きで書かれていた。

 緊張してこわばる手でページをめくる。

 シナリオ導入である依頼パートの内容が書かれている。

 それを流し読みして次のページ。

 舞台となる村の地図が見開き2ページに描かれている。

 ここは後で再確認しておこう。

 そして次のページからは固定イベント。

 固定のイベントは以前のプレイとさほど変わらないみたいなので、ここも流し読みでいいだろう。

 そしてその先。

 ここからは問題のランダムイベントと各種データが記載されている。

 俺は目を皿のようにしながら内容を確認する。

 ランダムイベントのポイントと発生する内容。

 敵が出現するならその種類と数。

 俺はそれを1つ1つ確認しながら読み進める。

 それらをひととおり読み終えた時、俺は違和感を感じていた。

 その違和感の原因を確認するため、顔をあげた俺は伊藤さんに質問した。

「あの、このシナリオですが随分と細かい設定データが有りますね。」

 違和感の理由。

 それは不要と思えるデータの記載。

 家の耐久値などがあるが

「ん~、君は去年の合宿でプレイしたんだったっけ?」

 伊藤さんが少し考えながら話し出す。

 俺がシナリオ『死騎士狩り』を体験したのは伊藤さんの言うとおり去年の夏合宿だ。

 ただその時は全員のダイス運がよろしくなく、あわや全滅かというバランスで進行した。

 その時の記憶も有り、今回の仕事について若干の気後れがあったのだ。

「ただ、あの時のシナリオは独自改変してあってね。」

 伊藤さんが何気なく言ったその一言に、俺は思わず伊藤さんを凝視した。

 コンコン。

 その時、不意にドアがノックされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る