第15話 作戦乱立② そんな作戦で大丈夫か?

「いや〜、その話は懐かしいね〜。」

 ドアを開き現れたのは先ほどのバーテンダー。

 陽気な笑みを浮かべて入ってきたその人は、左手にはトレーを乗せている。

 さらにトレーには白いカップが置かれており、カップからは湯気が立ち上っている。

 バーテンダーは、カップを手早くテーブルへ並べていく。

 どうやら中身はコーヒーらしい。

 まあ、ゲームの内容について話すのに、アルコールではなにかとまずいから当然ではあった。

 ただ、バーにコーヒーが有ったことに驚いた。

 ……単純に俺が物を知らないだけで、世のバーにはコーヒーが常備されているのかもしれないが。

 ともかく置かれていく3つのカップを見つめた。

 うん、

 ん?

 3つ?

 俺は左右を見回す、左側面に伊藤さん、正面にバーテンダー。

 そして俺の右後方にルシアが立っている。

 いやいやいや、まてまてまて。

 バーテンダーは

 俺は驚愕の目をバーテンダーに向ける。

 するとバーテンダーは小首を傾げるしぐさをしながら、

「水臭いなぁ。」

 とはにかんだ笑顔をみせる。

 ……もしかして本当に見えているのか?

 なら、この人もアチラの関係者?

 俺が少し警戒しながらバーテンダーの出方をうかがう。

「RPGの話するのに俺をのけ者にするなんて。」

 笑いながらバーテンダーは言った。

 …………あ、そう言うことね……。

 警戒して損した。

「りょうちゃんは仕事中だろ?」

「店長特権で若い奴らに任せてきました。」

 笑いながら話す伊藤さんにバーテンダーもとい、店長さんが胸を張る。

 ああ、この人もサークルOBつまりは生粋のゲーマーか。

 こんな小洒落た店のバーカウンターにいるから勘違いしていた。

(なーに、勘違いしてるのよ?)

 今まで黙っていたルシアが意地悪い問いをしてくる。

(……仕方ないだろ。)

 俺は憮然と返した。


 ともかく店長の『長谷はせ亮太りょうた』さんを加え、俺たちの話は続く。

「先ほどの話の続きですが、シナリオ改変ってなにをしたんてすか?」

 俺は伊藤さんに先ほどの話しをふる。

「それは改変した当人に話してもらうか、いいかいりょうちゃん?」

「もちろん。」

 なるほど、俺はその時にGMをした伊藤さんが改変したと思っていたが、長谷さんが改変したシナリオを使ったらしい。

「改変ってほど大層なことはしてないよ。 俺は二版向けにデータを整理して、イベントを調整しただけさ。」

 照れくさそうにしながら答える長谷さん。

 年齢としは伊藤さんの2歳下らしいが、しぐさが妙に可愛らしい。

 バーテンダーには、こういった客に愛される才能が必要なのだろうか?

 ともかく、データとイベントの調整したということは、改変の内容は単純にシナリオを新規に起こすのに比べて遜色のない労力であろう。

 それほどに入れ込む理由が知りたいところだが、

「ところで気になるんですが……。」

 俺にはシナリオ原本の確認が最優先だ。

 思わず昔話に花を咲かせてる先輩2人に問いかける。

「さっきも言いましたが、このシナリオはデータが細かいですね。」

 その問いに長谷さんは何を言われたか分からない様な反応をみせる。

 俺の聞き方が悪かったか?

「そうか、神代君から見れば《《これは》データが細かいのか。」

 一方の伊藤さんは納得したと頷く。

「昔のシナリオはね、あらゆる事態を想定してデータが用意されていたんだよ。」

「へっ!?」

 伊藤さんの答えに俺は思わず声をあげた。

 こう言ってはなんだが随分と無駄が多い。

 どんなに細かく設定しても、ルール的に宣言で壊せる物とかにデータを入れても意味ないだろうに。

「君は始めてセッションに誘われた時、どのように言われたかな?」

 意味を飲み込めない俺に伊藤さんが質問をしてきた。

「ええと、『自分たちだけの物語を作れる』とかでしたかな……?」

 正直、俺は始めて誘われた頃のことをよく覚えていない。

 だけどTRPGを誘う常套句はこんな感じだったはず。

「なるほど、今はそんな誘い方なんだな。僕らの頃は『なんでもできる』だったんだ。」

?」

 俺は思わずオウム返しする。

「そう、言い方はいろいろ有るけど、と言うのが売り文句だったんだよ。」

「なんで極端な奴はゴブリンの住む洞窟を火攻めするとかやっていましたね。」

 伊藤さんの言葉に長谷さんも懐かしそうに言葉を続ける。

 ……懐かしい思い出にしてはイヤに物騒な話だが……。

(懐かしいなぁ、昔はそんな無茶やったなぁ……。)

(お前もやったんかい!)

 しみじみと言葉を挟むルシアに俺は思わずツッコミを入れていた。

「ともかくそれを体現するために、建物の耐久値や村人のステータスなどを細かく決めていたことが多かったんだ。」

 伊藤さんが昔話に話しが進まないように軌道を修正してくれた。

 この手の話術はさすが役職付きだな。

 感心しながら、俺は改めてデータを見ながら疑問点について質問する。

「でも、この村人の能力高い意味は何ですかね?」

 下手な低レベルPCと同じくらいの強さだ。

 しかしGMやプレイヤーが「倒す」と宣言してしまえば倒されてしまうキャラクターにしては高すぎないか?

「ん? ああ、初版は宣言だけでは、ちゃんと戦闘とかしないと。」

 長谷さんが答える。

 え? モブキャラ倒すのに戦闘が必要?

「二版以降は物語志向が強いので、あえてモブキャラにデータを持たせていないけど、初版は皆キャラクターはデータ持ちだよ。」

 そう言いながら、棚から別の本を取り出す。

 それは『ブレイズ&ブレイブ』の初版ルール、その中のデーターリスト。

 開かれたページは王都の下町に関するページ。

 そこには見知った名前のノンプレイヤーキャラクターNPCが並んでおり、その下にはステータスが記載されている。

 反面二版以降で見られるようなキャラクター設定の記載はない。

 ただ職業名とイラストのみが、そのキャラクターの人となりを表していた。

 それを見ながら俺は以前のプレイを思い返していた。

「あの、以前のプレイで苦戦したのって、全てをで対処しようとしたからですかね?」

 俺は伊藤さんに確認を投げる。

 これが正解なら、次の仕事の対処法に見当がつく。

「そうだね、PCはあくまで死騎士狩りの手伝いを依頼されたのであって、全てを任された訳ではなかったよ。」

 伊藤さんは肯定してくれたものの、答えをズバリとは言ってくれなかった。

 そして用意された答えもシナリオ制作時の想定でしかないと付け加えてもいた。


 伊藤さん、長谷さんとの話しは面白く、久しぶりに学生時代の様なゲーム談義に花を咲かせることができた。

 しかし時間は有限である。

 2時間ほど経過したところで長谷さんがカウンターに戻るとのことでお開きになった。

 タクシーで自宅へ戻る伊藤さんに同乗を勧められたが、あいにくと自宅の方向が逆なので辞退し俺は徒歩で帰宅することにした。

(それで、なにか対策は思いついたの?)

 人けのないところでルシアが問いかけてきた。

 その姿は俺の前を後ろ向きに歩いているように見えた。

 あくまでイメージみたいなものだが、つまずかないか気になる。

 とは言え今の俺には対策の糸口が見えていたので、あえてそれを考えないようにした。

(なんとなく思い付きはした。)

 とりあえずそれだけ答え、俺は足早に自宅への帰路を急いだ。

 手に持ったビジネスバッグの中には、伊藤さんから借りた『ブレイズ&ブレイブ シナリオエキスパンション2 死騎士狩り』の冊子が入っている。

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