第13話 初版散乱 面倒事は忘れた頃に襲いかかる
(今度の内容は、『
女神サマの元気な声がリフレインするたびに、俺は頭を抱えたくなる。
「よりにもよって『死騎士狩り』かよっ!」
部屋に戻って第1声にそう叫ぶ程、俺は悩んでいた。
(まったく、大声上げて何よ?)
唐突に俺の中で抗議の声が上がる。
どうやら眠っていたルシアが目を覚ましたようだ。
……この場合、眠っていたで正しいんだろうか……??
ともかくルシアが心の中で話しかけてくる。
(いや、次の仕事が結構面倒なんでね……。)
(何? 明日の予定?)
どこか興味ありそうな雰囲気を出しつつルシアが聞き返す。
俺は一瞬何の話か分からなかったが、ルシアは現実世界での会社仕事を指していると気がついた。
(あ、そっちの仕事じゃなくて辺獄への転入のことだよ。)
(へぇー、転入組って1回ごとに指示が来るんだ…。)
俺の回答にルシアは驚いたように返した。
(ルシアたちは違うの?)
(わたしたち転生組は始めに「この世界が危機に瀕してる」程度の情報をざっくり伝えられるだけよ。)
それはそれで面倒だな。
(まあ転生は、それまで記憶を持って現地世界に生まれ変わる訳だから、成長過程でなんとなく目的を察するけどね……。)
確かに生まれ変わるのなら実際に行動するまで10数年必要なので、世界状況を学べるだろうからな。
(大変なのは転移組よ。)
転移組?
なんか聞き慣れない言葉が出てきた。
(異世界転移は、本人が突然異世界に送り込まれるやつよ。)
ああ、いわゆる異世界転生物の話のことか。
(本人の能力と、……場合によっては神の恩恵を付加された状態で、いきなり異世界に送り込まれるの。)
ルシアは心底イヤだという顔をする。
もしかして経験が有るのだろうか?
(一応、現地世界で必要な能力は追加されることが多いけど、常識に関しては現地調達よ。)
常識の現地調達……。
なかなか耳にしないパワーワードだ。
(現地でのコミュニケーション確立が大変たらありゃしない。)
ため息まじりに肩を竦め「お手上げ」のジェスチャー。
それを見た俺はある違和感を感じ、ルシアに尋ねた。
(なあ、ルシアたちも困った時は、そう表現するんだ?)
肩を竦める。
比喩表現としてはよく使われるが、現実では意図的でない限りやらないジェスチャーだ。
(ん~~、多分、キミの思考の一部が流れ込んでるためじゃない?)
少し考えたルシア。
その回答を聞いて、俺の中で納得した部分があった。
それは言語の問題だ。
いくら転生を繰り返しているルシアだとしてもネイティブな日本語を話すのは不自然だ。
同時に辺獄での会話も、俺は日本語でやりとりしている気になっていたが、ルシアの身体を通したことで無意識に翻訳されていたのだろう。
……女神サマについては、まあ神様だから関係ないのだろう(そう思うことにする)。
ともかく、また話しが盛大に脱線したので、元に戻そう。
(次の敵は
とりあえず一番重要な事項のみ、簡潔にルシアに伝える。
(死騎士? 墜落者じゃないんだ……。)
珍しく言い淀むルシア。
(なにか問題でも?)
俺はそう投げかける。
そして、今更ながら自室で1人突っ立っていたことに気がつき、作業机の脇に有る椅子へ座った。
(いや、
そう呟くルシア。
(あれ? ルシアって何回も転生を繰り返したんでしょ? その間、1度もそんなことなかったの?)
俺は思いついた質問を投げた。
(少なくとも覚えてる範囲では、無かったわ。)
そう答えルシアの顔はどこか不安げだった。
(とりあえず、出現場所と時期は分かるから、それを確認しようと思う。)
俺はそう言うと、作業机の上に置かれたノートPCの電源を入れる。
とりあえずチャットを開いてサークルの仲間に『死騎士狩り』のシナリオを持っているか聞かないと。
そして誰か持っていれば、それを借りる算段をつける必要がある。
シナリオの概要は把握してるけど、あのシナリオはそれだけではダメだ。
詳細なデータが必要だ。
せっかく手の内が割れているのだ、それを最大限に活かすならデータを確認し的確に先手を打つ。
俺は焦る気持ちを抑えつつ、キーボードを叩く。
[誰か『死騎士狩り』のシナリオ持ってる人いる?]
エンターキーを押すと同時に投稿された文字列がチャットに表示される。
それを見つつ少し考える。
そして、さらに追加で投稿。
[古いシナリオなんで手元に無いんだけど、ちょっと調べたくて。]
何気ない雰囲気を出しつ、少し急いでる感じになったかな?
そんなことを考えながら、飲み物を取りにリビングまで往復している間にレスがついていた。
[『死騎士狩り』とはまた懐かしい話しだね。]
返信はリッキーかと思ったが、意外にも大先輩の伊藤さんだった。
伊藤さんはサークルの古くからのメンバーだが、機械に疎いと言うかキーボード入力が面倒なタイプで、チャットに現れるのも珍しい。
だけどTRPGの造詣は深い。
なにせ80年代からやっている人だ、その知識量は他のメンバーの比ではない。
[しかしアレは『ブレイズ&ブレイブ』初版の中でも最初期のシナリオだ、今のシステムとはまるで合わないだろう?]
伊藤さんが確認のレスを投下する。
確かに、初版の『ブレイズ&ブレイブ』は韻を踏んだタイトルが示すとおり、世界最初のRPGのフォロワー作品だった。
プレイヤーは辺獄に生きる冒険者として、冒険を重ねていく。
つまりは現行システムのような『星片』や『墜落者』などの設定は無かった。
いや、その言い方は正しくないか。
星片はPCの最上級クラスであり、墜落者はその敵と設定されていた。
しかし、初版は諸々の事情により途中でサポートが止まってしまい、結局は実装されずじまいだったのだ。
そして月日が流れ、装いも新たに発売された二版ではシステムが一新され、内容も星片に導かれた者たちが辺獄からの脱出や、墜落者の討伐を目指すものに変更されたのだった。
そうなれば、シナリオの傾向も変わってくる。
初版用のシナリオはシチュエーションの提供に特化しており、冒険の背景情報や敵などのギミックのみが書かれている。
それだけであれば、シナリオを確認しなくても問題ないように見える。
だが問題はそのギミックだ。
この頃のシナリオでは敵との戦闘はイベントによってランダムに発生するのだ。
もちろん固定のタイミングで敵の出現するシナリオも存在する。
しかし、このシナリオでは村の中をランダムに出現する死騎士を討伐できるまで終わらないのだ。
当然、回復タイミングは絞られており、途中発生する戦闘の回数や敵の数に上限もない。
つまり、シナリオを知っていても完全な先回りはできない。
けど、俺はシナリオを把握しておく必要があった。
そこをうまくやれば勝機は掴めると思う。
改めて俺は伊藤さんと明日の夜に会う約束を取り付けチャットを閉じた。
(悪態ついた割りには楽しそうじゃない?)
チャットの間、黙っていたルシアが声をかけてきた。
「楽しい訳ではないけど、対策を練るのってなんか興奮しないか?」
俺は素直な気持ちを返した。
ウォーシミュレーションゲームでも感じるのだが、俺は作戦を考えるのが好きだ。
より正確に言えば、戦況を予測して当てることと言った方が正しいか。
(……わたしは全部仕事だから、あまりそう言うのは分からないかな。)
ポツリとルシアが返す。
「そっか……。」
その時、なにか空気が重くなったが、雰囲気を変えるほどの話題を俺は持っていなかったので軽く流した。
その後、ルシアが姿を現さなかったので、彼女について考えた。
ゲーム向けに作ったキャラクターと同じ能力と設定を持つ少女。
辺獄が『ブレイズ&ブレイブ』と同じ設定だからといって、ゲームの中の世界と考えるのは難しい。
強いて言えば極めて似た世界。
そうでもなければ、このゲームの製作者は、
特定の宗教を信仰している訳でもない俺からしたらそんなことは馬鹿げてるの一言だ。(いや、宗教の信仰者からしたらもっとか。)
そんな中でなぜか『
そのことの理由が全く分からない。
……それ以上にだ。
俺の
彼女の考えること、戦う理由、転生者としての決心、どれも設定に無い事柄だからか、理解できない。
そもそも不可抗力とは言え、強制的に身体を自由に使った俺のことをどう思っているのだろうか?
ベッドの上で横になり、他人について悩む。
それはかなり久しぶりの出来事だった。
そしてルシアは女神サマ程には自由に俺の考えが見える感じではなさそうだ。
なので姿が見えない今は覗き見されることも無いだろう。
たから、この悩みはしばらく自分一人だけのものだ。
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