第11話 帰路騒乱 こんな事、聞いてないんですけど!?

 俺が病院を出たのはそれから1時間ほど後のことだった。

 朝の騒ぎは、俺が状況を飲み込めず錯乱したってことになっていた。

 ……混乱はしていたが、なんか納得いかない。

 そして、さらにもう一つ困ったことがある。

(なぁ、いい加減に話してくれないか?)

 俺はに心の中で話しかける。

(どこから聞きたい?)

 物珍しそうにキョロキョロと周りを見ている少女ルシアが返す。

 もちろんこちらを向くことなく、相変わらず周りを見回しながらだ。

 質問を質問で返され納得いかないが、俺も一気にまくしたてられたら理解が追いつかないなと考えを改める。

(そうだな……。 なら始めになんで君がここに居るのかだな。)

 とりあえず一番気になることを聞いてみる。

 俺が現実こっちに戻ったなら、なんでルシアは辺獄へ戻ってないのか?

(そうね……、簡単に言うと今あなたが見えてるのは、ルシアわたしの魂の一部ね。)

 魂の一部?

 言葉の意味としては、なんとなく分かる。

 だけど改めて考えると魂の一部ってなんだ?

 魂ってトカゲの尻尾みたいに切り離せるのか?

(トカゲはひどいなー。)

 少しも怒ったふうもなく返すルシア。

 思考も女神サマ同様に共有されてる?

(全て筒抜けではないよ。)

 またルシアが端的に返す。

(君、常に色々考える質だね、軍師かなにか?)

 質問に俺は思わず苦笑する。

 周囲に人がいなくて良かった……。

 歩きながら突然笑いだす成人男性なんて、今の世の中じゃ事案確定だ。

(そんなたいそうな者じゃない、ただのサラリーマンだ。)

 サラリーマンが通じるか分からないが、ともかく俺は返した。

(なんだ、ただの奉公人か。 転生じゃなく転入なんてしてくるから特異人物かと思ったのに。)

 どこかガッカリした口調で返してくる。

 勝手に期待されて、勝手に落胆されることに、俺は少し傷ついた。

 俺だって急に神サマに呼び出されただけなのに……。

(まぁ、多分他に要因があると思うの。)

 ルシアはそう言って話しを切ろうとする。

(待て、俺の質問は終わってないぞ。 魂の一部ってどういうことさ。)

 俺は話しを戻す。

(ああ、それね。)

 ルシアも思い出したと言った様子だった。

(君がわたしの身体を自由にしてる間、わたしは君の身体で寝ていたことは聞いてるわね?)

 微妙な言い回しで確認してくるなよ……。

 まるでイタズラしてたみたいじゃないか……。

(仲間との人間関係を混乱させてるからイタズラみたいなものよ。)

 バッサリ切ってすてるルシア。

 こっちは役者じゃないんだ、完璧な女暗殺者のロールプレイなんて不可能に決まってる。

(またズレた。 君といると調子くるうなぁ。)

 頭をかきつつ全く困ったふうではない声のルシア。

 ……なんか、楽しそうだな。

(ん? 楽しいよ。 それはともかくとしてだ。)

 ようやくルシアは本題を話しだした。

(さっき言ったように、今ここにいる『わたし』は、碧水のルシアの魂の一部。 君の身体と繋がりができた『あかし』みたいなものね。)

 あかしか、……すると辺獄にいるルシアの本体にも俺の魂が残っているのだろうか?

(ああ、それは無いわ。)

 アッサリと否定される。

 ……思いつきとは言え、刹那で否定されるとさすがに悔しい……。

(仕方ないわよ、わたしは転生を繰り返す宿命なのに対して君は転入しただけでしょ。)

 そこまで言うと、ルシアは何か気がついたように考え込みだした。

(たまたま? そんなことあり得るの?)

 どうやら俺の転入自体に疑問が湧いたらしい。

(一応、女神サマの言い分だと俺には適正があったらしいぞ。)

 明確な意思として伝える。

 意識の一部が共有されているとは言え、伝えるべきことは明確に伝えるべきと思ったからだ。

?)

 ルシアが聞き返す。

(ああ、女神サマの話だとそうらしい。)

 なんの適正なのかはイマイチ分からない。

 そもそもGMゲートマスターから聞いたってなんだよ?

門番ゲートマスター?)

 流れ込んだ思考をオウム返しするルシア。

(GM確認済みだそうだ。)

 女神サマに言われたことと微妙に違う気もするが、ともかく俺は答える。

? 君はそんな略し方するんだ……。)

 再び考え込むルシア。

 そんなルシアを見ていたら自分も不安になってきた。

 辺獄にいた時は、また同じことが起こる可能性に覚悟を決めていたが、いざ現実に戻ると次が不安になってくる。

 俺は先々についてそんなに悩む方ではないのだが、柄にもなく思考の沼に沈んでいった。

 その時だった。


「危ないっ!」

 突然の声に我に返った俺は気がつく、目の前にトラックが近づいていたことに。

(やべっ、リアルに異世界転生案件じゃん。)

 とうでもいい考えが思考を支配する。

 例え動けても間に合わないタイミング。

 しかし、身体は俺の意識に反して動いた。

 素早く地面を左足で蹴り、トラックの方へと飛ぶ。

 迫りくるトラックに対して、俺は右足を伸ばす。

 バンパーに右足を乗せると同時に膝を曲げる。

 次の瞬間、一気に膝を伸ばしバンパーを蹴りトラックの脇へと飛ぶ。

 身体を反転させ、トラックを確認しながら着地。

 きれいに決まったと思った時、俺は力が抜けその場に崩れ落ちる。

 かろうじて両手をつくことで、頭が道路にぶつかるのを避けたが、その体勢のまま力が入らない。

 その横をトラックが勢いを殺さずに走り去っていく音が聞こえる。

(ルシア、大丈夫?)

 思わず俺はルシアの様子を確認する。

 かろうじて動く目の端には倒れ伏した彼女の姿が映る。

 慌てて近寄ろうと思っても力が入らず動くことができない。

 ハァッハァッ……。

 耳元に自分の息遣いが響く。

 乱れた呼吸音が煩わしいと思ったのは久しぶりだ。

 その中で、なんとかルシアのもとへ近寄ろうと足掻くなか、ルシアはゆっくりと片手を上げる。

 手のひらを俺に向けて静止を指示する。

(さすがに……、身体を動かすと……、キツイわ……。)

 切れ切れにつぶやくルシア。

(とっさに君の……、身体を動かしたけど……、重いったらありゃしないじゃない……。)

 疲労は激しそうだが、悪態をつけるほどではあるらしい。

(君は……、あのくらい、自分でできる程度に鍛えなさい……。)

 なかなか無茶を言ってくれる。

 迫りくるトラックを利用して三角跳びなんて、少なくともこの世界の人間には普通はできない。

(とりあえず、回復できるまで休んでるから後でまた話しましょう。)

 そう告げたルシアの身体が完全に透明となって消えた。

 どこで休んでいるのか気になるが、それよりも早く立ち上がらないと通行の邪魔になる。


「あの……、だい、じょうぶですか?」

 唐突に声をかけられる。

 そう言えばトラックが近づいた時も、誰かが警告してくれた。

 その時の声に似てる様な気がする。

「あ、いや。 大丈夫です。」

 俺は気恥ずかしさから否定の言葉が先に出てしまう。

 元来はネガティブ思考の俺の悪い癖だ。

「あ、そうじゃなくてですね!」

 否定を口にしたことに気がついた俺は、慌てて訂正するため顔をあげた。

 そして相手の方を見た俺は、本日何度目かの驚きに声を出せなかった。

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