第8話 異分士討伐 これで、終わったと、思うなよぉぉぉぉ

 起き上がったグラシャ。

 ルシアが慎重に間合いをとろうとしているなか、仲間たちが驚きの声をあげた。

「ば、馬鹿な。墜落者とは言え ……。」

 イルバのうめき声が聞こえる。

 その言葉に俺は違和感を覚えた。

 墜落者の異形化は必ず起こるものであり、イルバだけでなくここにいる仲間はそれなりの人数の墜落者と戦ってきた経験がある。

 なのに、一様にグラシャの異形化に驚いている。

 もしかして『ブレイズ&ブレイブ』の世界と、この辺獄はそっくりなだけの別世界なのではないか?

 俺がそう考えたときに昼間のセッションを始まる前の会話を思い出した。

 それは版上げで変わったこと、変わらなかったことを確認していたときだ。

「墜落者周りのルールが変更された、というか明示的になったな。」

 そう言ったのは梅野先輩だったか。

 ……そうだ!

 俺はある事を思い出した。

 前の版では後半に『契約の悪魔』と戦えるルールが追加された。

 その際、契約の悪魔もまた普段は人の姿であり、異形化後に人外の姿になることが描写された。

 そして、その後に作られる多くのシナリオにおいて墜落者の描写が変わった。

 本来、のだったが、契約の悪魔と同じように肉体の変異が当たり前のように描写されていたのだ。

 そこで新版では、改めて『異形化かは魂の変質であり、肉体の変異ではない。』と明示されていたのだ。

 そう、つまりグラシャが人と異なる姿をとることは本来あり得ないのだ。

 GMの判断が最優先というゴールデンルールにのっとれば有りだが、少なくとも今回のGMリッキーの事を考えれば、彼は意味のない独自解釈をはさまない。

 すなわち、グラシャの肉体の変異を伴う異形化は理の外に位置すること。

異分士アウターサイズ・インベーション

 間違いなくコイツがそれだ。

 セッション中になぜ気が付かなかったのかと言えば、化け物じみた容姿になる墜落者にみんな慣れていたからだ。

 ともかく、グラシャが本性を現したが、戦闘中には変わらない。

 ルシアは魔剣を構えなおして、相手の出方を見る事にする。

 案の定、異形化したグラシャは4本の腕それぞれに大剣を持ちこちらを見る。

 攻撃を仕掛けたことで、隠密は解除されているので当然だ。

 ルシアは敏捷性の高いキャラクターなので、回避にもそれなりに自信がある。

 だが、俺の脳裏には嫌な予感がよぎる。

 ここからは双方がを切るタイミングだからだ。

『星片』に導かれた者には『偉業』と呼ばれる超行動が可能である。

 基本的にPCはみな『星片』に導かれた者であるため偉業を使えるのだが、墜落者もまた偉業を使える。

 それは元は『星片』に導かれた者であったり、契約の悪魔が似たような力を貸しているためだ。

 そして始末の悪いことに、墜落者が使える偉業の数は『星片』に導かれた者より多い。

 そして、それは目の前で俺に向け放たれた。

 4本の大剣が同時にルシアに振り下ろされる。

『絶体命中』

 その名のとおり必中の偉業により襲いかかる大剣群。

 しかし、次の瞬間にルシアは消えたような早さでジャンプする。

 そして大剣は誰もいない虚空を切り裂いた。

 暗殺者の偉業である『影潜えいせん』。

 たとえ偉業であろうと相手の判定を全て強制失敗させる。

 仮にグラシャの攻撃をまともに受けていたら五体満足とはいかないため、まさにここは偉業を発動させるタイミングだった。

 空中で身をひるがえしつつ、ルシアはわずかに冷徹な笑みを浮かべる。

 そして、元の場所に音もなく降り立つ。

 そこへ予期しないグラシャの連撃が襲いかかる。

 ここで『重ね撃ちかさねうち』かよ!

 行動順番を無視して即座に攻撃ができる偉業に俺は心の中で慌てた。

『重ね撃ち』は攻撃判定を行えるだけで、それ自体を自動命中にさせる効果はない。

 だが防具の薄いルシアが直撃を受ければ、一撃で解体されかねない。

 しかもタイミング悪くルシアは着地直後であり、まともな回避が取れないのだ。

(俺の思考としては今のターンでの『影業』使用は回数上限を越えており、通常の回避しかできないとなる。)

 意を決して飛び退ろうとしたとき、グラシャに向けて何かが飛んでくる。

 攻撃に集中していたグラシャだが、その飛来したものへ意識が向かい攻撃が止まる。

 とっさに1本の大剣を振るい、飛来物を叩き落とす。

 重い音を立てて落ちるそれは、大きな盾であった。

 見れば、マハトが影の従者たちの隙をついて、自分の盾を投げつけていたのだ。

 これは『不壊』。 その名が示すとおり強固な守りの偉業だ。

 隠し玉とも言うべき連撃が不発に終わったことで、俺とグラシャはにらみ合いになり、戦いは膠着状態となる。

 その中で、次に動いたのがマハトだ。

 これまで従者の攻撃を受けながらもその場から動かなかったマハト。

 その彼だが、投げた盾に従者たちの気がそちらに向いたとき、ついに行動を起こした。

 素早く身体を半身に構えると水平に長剣を構えそして、

「ぬぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 マハトが咆哮しほえた。

 冷静に見えた彼が放つ雄叫び、先程の宣誓よりもさらに大きな叫び声と共に渾身の力を込めた長剣を水平に振るう。

 その強力かつ圧倒的な速度の一撃は、従者たちを次々と巻き込む。

 それは工場の裁断機かのように無慈悲に従者たちを両断した。

『闘鬼』の偉業に、技能『旋風』や『圧壊』を組み合わせた一撃である、並の生命力ではひとたまりもない。

 切り捨てられた従者の身体は、床に落ちる前に塵に、いや闇になり消える。

 その強力な一撃を前に周囲が沈黙する中、何かが砕ける音が響く。

 あ、待って『圧壊』には副作用が……。

 ルシアの視線が無意識にマハトの方へ流れる。

『圧壊』は攻撃に使用した武器の重さをダメージに上乗せする特技だ。

 使用する武器が重ければ重いほど強力になる上に、『圧壊』の使用は宣言のみと使いやすいのたが、1つ欠点がある。

『圧壊』を使用した場合、その攻撃が成功失敗関係なく使用した武器が壊れること。

 ルシアの視線には、根元から砕けた愛用の長剣が写っていた。

 あれはルシアの愛用品であって、俺にはそうではないのだが、何やら無性に悲しい……。

 とは言え、まだ戦闘は続いている。

 無理やりに意識をグラシャに向ける。

「なるほど、貴様も『旋風』の使い手か。」

 人ならざる口から、アクセントも流暢な人語が流れ出る。

 しかし、抑揚を欠いたその声からは喜びか怒りかは判然としない。

 だがグラシャの意識は明確にルシアからマハト側に変わっていた。

 その中でラファとオイフェは、マハトのそばへ移動する。

 グラシャは見たところ飛び道具の類は持っていないが、ラファやオイフェに狙いを定められたら二人ともひとたまりもない。

 なので仲間の防護を担当するマハトの近く移動するのは正しい判断だ。

 ともかく、相手が異形化した以上、こちらも手札はガンガン切って問題ないというか、手早く切らないと押し切られる。

 そうならないように、俺はもう1つの切り札の準備に入る。

 ただこの切り札はゲームのルールに範囲内なのだが、設定的に俺自身に影響ありそうで不安になる。(つくづく面倒な設定を作ったなと我ながら文句言いたい。)

 そして現実的な問題としてグラシャの方が動きが早いこと。

 一応、みんなまだ使用できる偉業はあるが、そのうちいくつかはグラシャの動きに対応する必要がある。

 しかしそれでもなお、グラシャによって誰かが倒されることにでもなれば、パワーバランスは一気にグラシャに傾く。

 となればグラシャの攻撃目標が誰になるのかが運命の分かれ目。

 もしこちらに来たら、そこでDEAD ENDゲームオーバーになる可能性が高い。

 そんな考えをめぐらしている中、グラシャが足をわずかに曲げる。

 ついにグラシャの攻撃が来た。

 俺はその行動を見極めるべく、全力で奴の動きを追う。

 その中でグラシャは跳躍した。

 俺にではなくマハトに。

 さらに空中で身体をひねり4本の大剣を持つ腕を振り上げる。

 マハトもそれに気づき、腰にさげていた直剣を引き抜き構える。

 盾でない以上、防御性能は心もとないがないよりましだ。

 そして俺はグラシャを追い走り出す。

 次の瞬間、4本の大剣が振るわれ、マハトやラファ、オイフェに刃が襲いかかる。

 これはマハトと同じく『闘鬼』に『旋風』、『圧壊』を組み合わせた一撃。

 しかもそれに複数の武器を同時に使用する『多刀流』と先ほどの『絶体命中』を追加した攻撃。

 防御など切り崩し相手を倒す凶悪な刃の嵐が振り下ろそうとされる。

 だが、俺はこの攻撃の結末を知っている。

 攻撃をはじめるまではこちらに攻撃がくるかもと半信半疑だったが、マハトたちを狙った時点でセッションどおりだ。

 つまり、俺は彼らのカバーのために走ったのではない。

 グラシャにトドメをさすためだ。

「因果の秘紋ルーンよ、集束を示せ!」

 オイフェの叫びとともに大剣の前に秘紋が描かれる。

 それに引きずられるようにグラシャの剣は軌道を変えていく。

『因果』秘紋師の偉業であり、自分を対象とした行動の効果範囲を自由に変えられる。

 しかし対象から自分を外す事はできないため、グラシャの攻撃は全てオイフェに向けられる。

 当然、オイフェにはその攻撃を受け入れるほどの防御力も体力もない。

 その先に待つのは死のみ。

 全てを覚悟した上での行動だった。

「させない!」

 刃がオイフェの細い身体を吹き飛ばす前に今度はラファが叫ぶ。

 その声に従うようにオイフェの周りに魂たちが集まり幾層にも重なる。

 実体のないはずの魂すら切り裂きながら突き進む刃が、オイフェを吹き飛ばす。

 だが吹き飛び倒れたオイフェだが、すぐによろよろとだが起き上がった。

 司祭の偉業『黄泉戻し』をラファが使用したのだ。

 本来『黄泉戻し』は死亡直後の人間を生き返らせる効果がある。

 だがラファの特性と組み合ったことで、魂たちの犠牲サクリファイスにより、致死に至らなかった事に変化していたのだ。

 実質効果が変わらなければGMの許可の下、演出の変更は可能とされているが、可視化されるとなんとも奇妙な光景だ。

(いや、致命傷を受けた人間が次の瞬間に平然と起き上がるのも十分奇異なんだが。)

 ともかくグラシャは自らの武器を失うことを承知の上での攻撃をしのいだのだ、ここが決めどこ!

 ルシアは一気に走る速度をあげる。

「ルシア!」

 ラファが叫ぶ。

 その声にグラシャが反応し後ろを振り向く、だが遅い!

 もとより『影業』を組み合わせる行動に反応できないことは確認済みだ。

 俺は剣に意識を集中すると、魔剣はまばゆく輝き出す。

 魔剣使いの偉業『魔剣解放』。

 魔剣の力を全て解放し、その能力に大きなボーナスを追加する。

 通常であれば魔剣が変化するのだが、ルシアと『千に一つの剣王サウザンド・ワン』は異なる。

 もとより魂のレベルで結びついている魔剣。

 その魔剣を触媒としてルシアの転生者としての力を引き出す。

 つまり、異世界の英雄である『ルシア』を一時的に顕現させるのだ。

 駆けるルシアの身体を光が覆った次の瞬間、その姿が変わる。

 黒い髪は腰まで伸びたシルバーブロンドに、二つ名の由来になっていた碧色の瞳は紅くより鋭くなる。

 服装もまるで純白のドレスの様な衣装へ変わる。

 唐突の変化に驚いたのか動きを止めるグラシャ。

 ルシアが魔剣を振り上げる。

 ワンテンポ遅れてグラシャは4本の腕を交差し受け止める姿勢をとる。

 だが魔剣を振り上げたルシアの姿がかき消える。

 相手の姿を見失いグラシャは周囲を見回す。

 ルシアはいる。 グラシャの背後の中空に。

 そのまま落下しつつ、魔剣を振り下ろす。

 風切る音で気がついたのか、グラシャが避けようと身体をずらすがもう遅い。

 頭部への直撃こそ避けたが、右の肩口に叩きつけられた魔剣は、そのままグラシャの身体へ吸い込まれるように切り裂く。

 左腰の辺りまで断ち切られたグラシャの身体が傷口に沿ってずり落ちた。

 そのまま落下すると思われたその身体は、魔物と同様に急速に分解され崩れていった。

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