第7話 妖異変転 切り札は最初に切るもの

 グラシャの背後で影が蠢く。

 それは照明の炎の揺れではなく、複数の意思を持った存在がそれぞれに動き、グラシャの影から離れようとしていた。

 そして影から6つの闇が飛び出す。

 影から飛び出たにも関わらず空中へと舞った闇は、次第に3次元的な厚みを持ち、それぞれがグラシャを模した姿へと変化しながら着地した。

 影の従者。

 墜落者おちしものが従える魔的な存在。

 魔物のような明確な自我は持たないが、その強さは主たる墜落者に準ずる。

 すなわちグラシャが7人に増えたようなものだ。

 俺は素早く構え、敵の出方を伺う。

 ルシアはデータ的には1対1での戦闘に特化した攻撃型である。

 しかし、そんなルシアの横に無造作にマハトが進み出る。

「ここは私が引き受けよう。」

 静かにそう告げるマハト。

 マハトの役割は盾、つまりは他の仲間の代わりにダメージを引き受ける典型的な騎士クラスのキャラクターだ。

 だが、彼は盾は盾でもライン防御。

 つまりは前線で敵を引き付け、後方の味方へ手出しをさせないタイプの防御要員である。

 そして、マハトにはもう1つの役目がある。

 だが、本人プレイヤーが気が付いていないのか意図的なのかある制限がかかっている。

 それが今、俺にとっても最速クリアの足かせになっていた。

 ルシアはベルトに吊っていた剣を外し、鞘ごとマハトへ投げた。

 突然、投げつけられた長剣を慌ててキャッチしたマハトが、怪訝な表情でこちらを見る。

「今の貴方には先祖伝来の直剣より、両手で持てるわたしの長剣のほうが必要でしょ。」

 それだけ伝える。

 ルシアは言葉数の少ないキャラクターだけにストレートな物の言い方になるが、こういう時はかえってそのほうが余計なことに気を遣わせずに済むので楽だ。

 現にマハトもルシアの言葉を聞いて意図を理解したらしく「助かる。」とだけ答えると、持っていた盾を捨てて長剣を鞘から引きぬく。

 さて準備は出来たし、俺も戦う用意を始めよう。

 武器を持たないルシアは一歩引く。

 その間にマハトが長剣を両手に持ち、その剣を眼前に持ち上げる。

 そしてその刀身越しに、相対する影の従者たちを見据え、朗々と宣言する!

「我こそは恩寵の騎士マハト! 汝らを誅するために遣わされた天道へ至る騎士なり。 汝らに腕に覚えがあるならかかってこい!!」

 自らを大きく見せつつ、相手を挑発するマハトの技能『宣誓』。

 ゲーム的にはターンの開始時に使用し相手の注目を集め、攻撃先を自分に向けさせる物である。

 そして、それは決して相手を前にして引かないマハトの誇りを現す宣言として部屋中に響き渡ったのだ。

 それは聴覚があるのか分からない影の従者たちですら、注目させるほどの圧を持った言葉であった。

 そして、その言葉に導かれるように従者たちは一斉にマハトへ距離を詰める。

 その手に刃の様なものが生えており、カマキリを連想させる。

 その刃が一斉にマハトに襲いかかる。

 最初は上段、次に右薙ぎ払いと連続で刃が襲いかかる。

 それは人間であれば不可能な前方の仲間と身体を通過しながら入れ替わる連続攻撃。

 普通の人間であれば2撃目以降の回避はおろか、刃を受け止めることすら不可能であろう。

 しかし、マハトは3撃目までを冷静に避ける、そして4撃目は手にした長剣で受け流す。

 従者の5撃目がついにマハトの隙をかいくぐり襲いかかろうとした瞬間、中空に光で描かれた文字が浮かぶ。

『盾』の秘紋ルーン

 オイフェがとっさに展開した秘紋術により、見えない障壁が展開される。

 その障壁は敵の斬撃を完全に打ち消すことは出来なかったが、威力を削がれた一撃はマハトの分厚い鎧に弾かれた。

 『盾』の秘紋は回避判定にボーナスを付加する術である。

 マハト自身はそこまで回避の得意なキャラクターではないのだが、このゲームには攻撃判定と回避判定の値を比べて、攻撃判定の値が大きい場合に命中となるのだが、その際に値の差分だけダメージを増幅できる技能が存在している。

 そのため、防御主体のキャラクターであっても回避判定ボーナスも決して不要ではないのだ。

 現に今の攻撃を鎧で受け止めきれたのも回避判定の値が上昇したことで、差分が小さくなったことでダメージが減衰したためだ。(セッション中はそうだった)

 そして、最後の一体の攻撃。

 前の一撃でバランスを崩したマハトが反応するより早く、その斬撃が来た。

 いくら強固な鎧に身を包んでいても、それなりのダメージが入るであろう斬撃だが、マハトに命中する直前に今度は鎧が輝き出す。

 ラファが『聖壁』の加護を発動させたのだ。

 司祭が使う魔術である加護。

 その多くは仲間を守り傷を癒やす僧侶系としてスタンダードな術である。

 その中でも『治癒』と並んで多用されるのが、この『聖壁』である。

 ゲーム的には純粋な防御力アップであるが、少々特殊である。

 『ブレイズ&ブレイブ』のあらゆる攻撃には属性が存在しており、防具にはそれぞれの属性ごとの防御力が設定されている。

 そのため、『斬撃には強いが打撃には弱い』など防具にバリエーションが発生するのだが、『聖壁』に関してはその各防具の防御力を上昇させるのではなく、防御力を引いた後の実質ダメージを減少させるのだ。

 そのため、防具の防御力を無視する特技による攻撃であっても、『聖壁』は対象外となるため、まさに最後の命綱である。

 もちろん、それだけ便利な魔術であるため、使用回数が限られており使うタイミングを考える必要があるのだが。

 ともかく、今はその『聖壁』による加護を受けた結果、マハトはさほどダメージを受けずに済んでいた。

 この様に今回の仲間はバランスが取れた構成であり、堅実に守りを固めることができるのだ。

 そうなると、今度は攻めの番だ。

 イルバが素早く弓に矢をつがえる。

 イルバの持つ弓は長距離用の長弓だが、彼の技量の前では超遠距離の狙撃だろうが、近接戦闘での接射であろうが関係なくその威力を発揮できる。(実際、どちらにも対応できるような技能構成になっている)

 矢を軽く引いたように見えた瞬間、音もなく放たれた矢はグラシャへと迫る。

 とっさに避けたグラシャが崩れた態勢を立て直そうと右脚を踏み出す。

 これがイルバの狙いである。

 イルバの持つ射手の特技『騙し矢』はダメージが低い代わりに、攻撃判定に成功さえすれば相手の行動を遅くする効果があるのだ。

 それによってグラシャはバランスを崩した。

 今がチャンスだ。

 ルシアは両手を胸の前でクロスさせた状態から左手を後方へ引き、右手の拳を上に向ける。

 右手の甲に紋様が浮かび上がり、それに同調するように足元に複雑な魔法陣が浮かび上がる。

『魔剣召喚』

 ルシアの魔剣を呼び出すための技能だ。

 通常の魔剣使いはいつでも魔剣を使うことができる。

 しかし『魔剣召喚』を習得している場合は例外なのだ。

 この場合、魔剣は必要な時、つまりは墜落者もしくはそれに類する存在との戦いにおいて始めて使用できるものになる。

 この様に使用に制限がかかる代わり、通常の魔剣より各種の補正が高くなるのだ。


 ーことわりの外より来たれし剣の王よ

 我ら悠久とわの過去に誓いし盟約に従いその姿を現せ

 汝と共にあらゆる邪なりし刃を食いつぶさんがためー


 ルシアの詠唱に呼応する様に魔法陣の光が強くなる。

「召喚の秘名に応じよ『千に一つの剣王サウザンド・ワン』!! つるぎたちの王よ!!!」

 魔剣の名を告げ、右手を大きく上へかざす。

 それと同時に魔法陣に紅い閃光が落ちる。

 次の瞬間、薄れゆく光の中でルシアは黄金に輝く長剣を手にしていた。

 ルシアは手にした剣を軽く振るう。

 紅い魔力の軌跡を描く長剣の全長は、愛用の長剣とほぼ同じ。

 重さは軽すぎず重すぎることもない、しっかりと馴染む重さ。

 ルシアの半身と言っても過言ではない魔剣。

 切り札の1つを使ったいま、グラシャには全力で攻撃する必要がある。

 ルシアが駆け出す。

 しかし、マハトに注目している従者はもちろんのこと、グラシャを含む誰一人としてルシアに反応しない。

 ルシアの技能の1つである『影業かげわざ』の効果である。

 この技能はあらゆる能動的な判定を『隠密』で代用判定することができ、かつ達成値にボーナスがつくのだ。

 さらに使用後は隠密状態となるため、発見するためにはそれ相応の判定を必要とする、暗殺者専用技能の中でも特段強力なため、一定の数の暗殺者技能を取得していないと取得できないと言う制限がかかっているほどである。

 実際、今回のキャラクター再構築リビルドにあたって、『影業』は外せないと考えた技能の1つだったくらいだ。

 しれだけの技能ゆえ、その効果は抜群である。

 ルシアはグラシャに一気に駆け寄るがグラシャは認識できていない。

 そして両手で握った魔剣を振り上げる。

 さすがにその一撃には気がついたグラシャだが、驚愕の顔で大剣を構えるが遅い。

 魔剣は袈裟切りにグラシャの胴体を切り裂く。

 深手を負ったグラシャはゆっくりと倒れた。


 周囲が静かになるが、ルシアは一歩後ろへ引きながら構え直す。

 

 墜落者との戦いはここからが本番なのだ。

 突然、ガラス窓に映る外に雷が落ちる。

 辺獄の天気は現実とは異なるとは言え、唐突に近くに落雷があったのだ。

 それは始まった。

 倒れたグラシャの身体が小刻みに震えたかと思うと背中から2本の腕とコウモリを思わせる翼が現れ、その顔も山羊を思わせるものへと変わっていく。

 上半身の筋肉が膨れ上がり耐えきれなくなったシャツがはち切れ、ボロ布と化する。

 俺にとっては典型的な悪魔の姿である山羊頭に羽根を生やした半獣人の姿へと変わる。(まぁ、俺の知る山羊頭の悪魔の腕は1対2本なにのに対し、こいつは2対4本だが)

 そしして、今ここにグラシャがしたのだった。

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