第6話 敵城侵入 緊張と感動の狭間で

 歩哨の持っていた鍵束を拝借した俺は、すぐに扉の鍵の解錠作業に入った。

 罠などがないかチェックする振り。

 実際には罠が設置されていないことはっているのだが、いきなり扉を開けて周囲を慌てさせるよりはチェックしているところを見せて安心させるためだ。

(俺がシナリオと現状が完全に一致しているのか、信じきれていないところもあったが。)

 そして、やはり罠は設置されていないと確認した俺は一気に扉を開く。

 そこに広がるのは裏口と言ってもそれなりに大きなホール。

 俺は素早く中に身を滑り込ませホール内を確認。

 周囲に人の気配がないのを確認した後、仲間をホール内に引き入れる。

 最後に入ったイルバが扉を閉めた。

 万が一の時に裏手からの増援を少しでも遅らせるためであろう。

 それを見ながら俺は頭の中でメモを取り出し、サラサラと館内の地図を描く。

 記憶だよりのために不鮮明だが、おおむね問題ない地図が出来上がる。

 俺はその上に鉛筆を滑らせながら、移動を開始する。

 お宝探しの探索では無かったので、最低限の場所のチェックしかされていない地図であるが、今回も目的は同じ。

 俺はセッション中に通った道を辿りながら進んだ。

 目標は応接間。

 深夜にも関わらず、誰かの来客があったらしく伯爵はそのまま今で過ごしている。

 結局、セッション中は来客が誰なのか分からなかったが、今後の伏線とかだったのだろうか?

 考えるのは一旦止めて、俺は廊下を進むことに集中した。

 分かっていたが伏兵はないようだ。

 しかし、念のために左右の扉を注意しながら進む。

 結局、問題なく応接間の扉までたどり着いた。

 俺は心の中で安堵しつつ仲間の方を見る。

 彼らは少し後からついてきていたが、それぞれに音を立てないように気をつけながら歩いている。

 俺は到着を待ちつつ、突入準備を始めた。

 背中に背負っていた長剣を腰に吊るし直し、防寒兼夜間迷彩としてまとっていたマントを外す。

 これから起こる出来事を考えると、マントがはためき邪魔になると思ったからだ。

 そんな準備をしているうちに仲間も到着する。

 俺は無言で仲間に合図を送った。

 それぞれに了解の旨を返すのを確認し扉に手にかける。

 木製の扉は思った以上に重く、ルシアの全体重をかけて押す必要があった。

(マハトに頼めばよかった。)

 などと考えながら押していると扉は開き、俺たちは部屋の中へ滑り込んだ。

 部屋の中はそこそこに広く、俺たちから見て左側がガラス張りの窓になっている。

 その窓側奥に応接用ソファーと背の低いテーブルが一組あった。

 そのソファーの1つ、一番近い場所に人が俺たちに背を向け座っている。

 豊かでゆるくウェーブのかかった白髪しろがみは肩より下まで伸びており、ソファの背もたれにかかっている。

 そして白いシャツを身につけている広い背中は、その内側に屈強な肉体を隠していると言わんばかりに盛り上がりを見せる。

「今夜は、これ以上の来客の報せはなかったのだがな。」

 低くよく通る声が室内に響く。

「夜分遅くの失礼は承知の上で参上いたしました、グラシャ伯爵。」

 マハトが礼儀正しく兜を脱ぎ挨拶をする。

「ふむ、遊歴の騎士と言った風情だが、連れが気になるな。」

 わずかにこちらへ向けた顔の片目がこちらを睨む。

「ぶ、不躾な質問ですが、閣下が購入された魔道具についてお聞きしたく参上いたしました。」

 その睨みに怯えつつも、オイフェがおずおずと話しかける。

「それに、暇に出されたお妃様の居場所も、ご実家が知りたがってますよ。」

 そう言いながら、イルバは取り出した巻物を伯爵へ投げる。

 緩やかなカーブを描き飛んだ巻物を伯爵は造作もなく掴む。

 そして巻物を開き一瞥するとゆっくりと立ち上がった。

「クッ、ククク……。」

 わずかに肩を揺らす伯爵、笑いを噛み殺している様だ。

「ハーッ、ハッハッハッ!」

 ついに堪えきれないと笑い出した伯爵は、こちらへと向きを変える。

 身の丈は2メートルを超えようかという偉丈夫がそこに立っていた。

「なんだ、既に知られていたのか、水臭い。」

 そう言いながらニヤリと笑う伯爵。

 それはまるで物理的な圧力があるかのようであり、ルシアは薄っすらと汗ばんでいる。

「お前たちの予想どおりだ『星片』を持つ者どもよ。 妻や他の者たちは契約の贄となったわっ!」

 まるで庭の手入れの報告のような感じに独白をする伯爵。

「あなたは! この周りにいる魂たちが見えないのですか!」

 ラファがそう言うと、左手を大きく振るう。

 その左手から、燐光が放たれたかと思うと周囲に地獄絵図が現れる。

 それは彷徨う魂の群れ。

 肉を持って地獄へと来た者には見ることができない魂たちが、苦悶に打ち震えていた。

「ここの魂は、全てあなたの手にかけられた人々の魂です。 みな悪魔に囚われ、裁かれることもなく絶望の淵を彷徨う哀れなる魂です!」

 ラファにはがある。

 それは魂を見ることができる瞳と、一時的に他の人にもそれを可能とする奇跡。

 この力があるからこそ、彼女が司祭ではなく『聖女』と呼ばれる由縁。

 死者の魂を癒し共に歩む者として尊敬されつつも、常に辺獄の本来の姿を見つつ暮らせる狂人として恐れられる者。

 その力の片鱗が今、解放されたのだ。

「なるほど、この者たちは死してなお、我がそばに居続けられるのか。」

 感慨深げに頷く伯爵だが、すぐに不敵な笑みを浮かべる。

「ならば、その魂が消滅するまで我に力を与え続けるがよい。」

「そんなこと!」

 ラファが激しい怒りに満ちた言葉をはく。

 魂と共に歩む者として、死者の尊厳を踏みにじる行為は許せないのであろう。

 さらに詰め寄ろうとするラファをマハトが優しく止める。

「なるほど、罪をお認めになっても考えはお変わりになられないと。」

 静かだが怒りのこもった一言。

 マハトは温厚な性格だが、その内には激しい感情が隠れている。

 そして今その怒りの感情は、伯爵の圧力をはね返すかのように周囲へと伝わっていく。

「我を屠るのに大義名分が必要か『星片』の騎士よ。」

 嘲笑うように伯爵がマハトに話しかける。

「難儀なものよの、神より偉大なる力を与えられているにも関わらず、辺獄ぞくせの権力におもねる必要があるとは、どうだ我とともに契約をしないかね。」

 忍び笑いをしながらマハトに語り続ける伯爵。

 マハトが頷かないと踏んでからかっているのだろう。

「……閣下のお考えはよく分かりました。」

 マハトはそれだけ言うと兜を被り直す。

「そうでなくてはな、星片を受け継ぐ者たちよ!」

 その姿を見た伯爵は大きな笑い声をあげた。

「さあ、互いの栄誉をかけて殺し合おうではないか。 だ!」

 それは戦いが始まる合図だった。

 ところで俺はこの間、全く会話に参加していなかったが、これはルシアの寡黙な性格によるものだと周りは思っていただろう。

 しかし実態は異なる。

 俺はこのやり取りに感動していたのだ!

 セッション中は「……と言う。」や「〜〜な感じで説得します。」みたいな感じで伝えあった発言が、感情のこもった生の発言として聞けた。

 これほど感動的なものは俺にはない。

 ゲームの世界に来て始めて、良かったと思えた瞬間であった。

 あ~、できればセッション中に、俺も何かカッコいいセリフを考えておけばよかった。

 ルシアは寡黙なキャラなので、この手のシーンでも発言が少ないのだけど。

 心揺さぶるセリフの応酬の中でただ1人(正確にはオイフェも最初以外は話していないけど)推移を見守っていた。

 だが伯爵、いやグラシャが傍らに立てかけていた大剣を持ち出し、戦いを宣言した以上、ここからは問答は不要だ。

 ルシアは腰に吊るした愛用の長剣に左手をかけた。

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