第4話 神意干渉 今更な状況説明
反転した世界の中、俺はルシアの姿を見下ろしていることに気がついた。
おお、
短く切りそろえた黒髪を持つ凛々しい顔立ちの女性。
年齢は17才なのでまだ少女と言ってもいいが、その生い立ちの厳しさから幼さはすでに影を潜めているって設定が見事に落とし込まれた容姿だ。
「なに、自分を見てニヤニヤしてんのよ!」
「んぎゃーッ!!」
突然、耳元で響く大きな声に俺は飛び上がって驚いた。
見ればサファリナ……、女神さまが笑いながら浮いていた。
「な、なにするん……ですか?」
さっきは思わず敬語も使わずに話していたが、一応相手は神様なので敬語にすることにした。
もちろん、不義理を重ねられたら元に戻すが。
「何が不義理よー、やる訳ないじゃない。」
不機嫌になるかと思いきやニンマリと笑っている女神さま。
この
人をいじって楽しむような。
「したらって話ですよ、仮の話。」
俺はいつまでも始まらない話しを促すために、一度話を区切った。
「で、何のようですか。 と言うかこっちに来ないんじゃなかったでしたか?」
とりあえずは一番気になることから聞いてみた。
「別に
唐突に飛び出てくるオンライン会議と言う単語になんだが気が滅入った。
「仮にも『神様』なんて、ファンタジーに属する存在が、オンライン会議はどうかと思うんだけど……。」
「いつ誰が『神様』がファンタジーって定義したのよ、もしかしたらサイエンスフィクションやミステリーかもしれないじゃない。」
アンタの存在はどちらかと言うとホラーだろ。 神出鬼没のジャンプスケアで驚かしてくるんだから。
ともかく話しを戻さねば……。
「でだ話しが進まないので、そのオンライン会議で何のようなんですか?」
「そうだった。 時間を止めているよう見えるけど、時間感覚を限りなく遅くしているだけなんで早く終わらせないと。」
時間感覚を遅くするとか、サラッととんでもないことを言うあたり、やっぱり神様なんだなぁ。
俺は改めて目の前の
「とりあえず現状について詳しく教えててください。」
俺は頭を下げる。
相手が圧倒的な存在なら自尊心とか関係ない。
欲しい情報を聞き出すために礼儀を尽くすなんて大したことじゃないじゃないか、もともと今までそうやって
「そうね、まずは前にも言ったけど、ここは『ブレイズ&ブレイブ』の世界、神の怒りにふれた者たちが落とされた地獄の辺境、通称『辺獄』。」
やはりそうか、分かっていたが改めて驚いた。
TRPGの世界は、どこまで行ってもゲームの設定であり、物語の背景と考えていた俺にとっては認識を改める事態だ。
「ああ、あなたたちの世界のゲームの設定が、全て他の世界の事とは限らないわよ。 むしろかなり稀な事象だから。」
確かにそうだろう、そうでないと邪神とその眷属が陰謀巡らす世界に行けとか言われる可能性もあるからな。
「でね、あなたの目的はこの世界に紛れ込んだ
「異分士?
俺は聞き返す。
墜落者とは人々が地獄へ落ちる原因となった者、もしくは地獄の瘴気に支配され悪行に走る者である。
彼らは総じて地獄の底に封印された悪魔たちと契約し常人を超える力を有している。
PCたちは神の奇跡の欠片である『
しかし『異分士』なんて用語は聞いたことがない。
「異分士はこの世界の用語ではないわ。 便宜的にわたしたちがそう呼んでるだけ。」
女神サファリナの話しは以下のようだった。
異分士はその名のとおり、世界の外から来た存在である。
普段はその世界の住人と同じ様に活動しているが、裏でその世界の力を自らの力へと変換し持ち去るのだと。
そのため、異分士との戦いはその世界の理にない攻撃手段を用いてくるそうだ。
「この世界の人々の行動の結果、辺獄が本格的に地獄にのまれようと、人々が地上へ帰還しようと興味はないわ。 でもね、
それまでにない厳しい目で俺を見つめながらサファリナが話す。
「じゃあ、たまに行うって言っていた、異世界転生も……。」
「そう。 その世界の理と異なる力を持って異分士に対抗するため、いわば転生者は存在そのものが対異分士の
力説するサファリナだが、俺はどうなるんだろう?
「あなたの場合は特別。 こっちの世界に慣れていないのを、身体を借りる事で相殺してる感じね。」
分かるような、分からないような。
とにかく要はこの世界の理と、外の世界の知識で異分士を倒せばいいってことだろう。
となれば最後に1つ疑問が残る、なんで今回は特別なのか?
「ああ、それはね。 本来この世界の事象に対応するのがあなたの身体であるルシアだったからよ。」
「え? ルシアが転生者?」
思わず俺は声に出して聞き返す。
「あら、あなたはその理由を知っているんではなくて?」
意外そうに返すサファリナ。
確かに俺は心当たりがありまくる。
ルシアはもとは『
別のダークファンタジー系RPGの連続キャンペーンで作ったキャラだった。
ただシナリオギミック的にキャンペーンの最後に死亡が確定していたため、俺はキャンペーンのグランドエンディングで、それを逆手に取った最後の設定を語った。
「世界設定として輪廻転生は認められている。 だからルシアもまた転生する、ただしこの世界以外で。」
そして俺はそれを実行し、いくつかのゲームにルシア(の転生者)を登場させていた。
それはB&Bでも同じだった。
「なあ、混乱してきたんだが、ゲームの設定は世界にどれだけ影響しているんだ?」
頭がクラクラしそうなくらい混乱してきたので尋ねる。
「あなたの設定と現実世界がどれだけリンクしているかは不明よ。」
投げやりな回答だったが、どうも彼女も困っているようだ。
しきりに何かにアクセスして調べているような行動をしてはため息をついている。
「ともかく、この件はわたしも調べるから、あなたは目の前の問題に対処して。」
なかば諦め気味にサファリナは言った。
「で、話しを戻すけど、戦闘と無縁なところから来たあなたの思考では、まともな戦闘行動はできない。」
説明口調になるサファリナ。
俺もとりあえず思考を切り替えてうなずく。
「なので戦闘行動は基本的に肉体に残る彼女の記憶が代行するわ。あなたはそれに対して命令を出すの。」
たしかに戦闘行動はできないけど、命令ってどう出すんだ?
「やり方は、……そうね、あなたの記憶に準拠させるわ。」
そう言うとサファリナは、中空から何か取り出し俺に手渡した。
それは紙と鉛筆。
そしてテレビゲームのコントローラだった。
「??」
俺は不審なものを見るような目つきで女神さまを見る。
「それはあなたの思考を具現化したもの、紙と鉛筆は『記憶と記録』、コントローラは『行動』ね。」
ああ、紙と鉛筆はオフラインセッションでのキャラクターシートだとすると、コントローラはゲーム機でやってる高難易度アクションRPGのイメージか。
俺はそれらを持ちあげて、いろいろな方向から見てみる。
どちらもよく見慣れたデザインだ。
「ま、あくまで思考を具現化してるものだから、紙は永久に尽きないし、ボタンは無限に増えていくわ。 なので使い方はあなた次第よ。」
サファリナの言葉を聞いて、俺は紙にフリーハンドでキャラクターの能力値や技能リストを書き始めた。
大学の先輩(とは言っても50代の人)が、昔はメモ帳に能力を書いてキャラクターシートとしていたと言ってたのでその真似だ。
だが、フリーハンドで書かれたシートは気が付くときれいなレイアウトになっている。
あくまで紙に見えるだけだから、見やすい形になるのは当然か。
ひと通り必要事項を書き込んだ俺は、次にコントローラを手に取る。
こちらも普段使っている物と触り心地は変わらない。
そして、俺は目の前に展開された書き上げたばかりのシートの技能リストを見ながらボタンを押していく。
それはボタンと技能を連動させていく思考のイメージ構築。
これさえできれば行動時にまごつくこともないだろう。
「さっすがー、ゲーマーね。 飲み込みが早い。」
女神さまも驚嘆する速度で、俺は
そして、大体設定が終わったところで女神さまの方を見る。
「準備は終わったから、そろそろ再開か?」
俺はある種の自信を持って話しかけた。
「そうね。 そろそろ時間遅延の効果も終わりだし、最後にいくつか忠告するわね。」
そう言うとサファリナは咳ばらいをすした。
「あなたの魂も基本的にはこちらの世界の理に支配されるわ、だから『
失墜。 それは人が堕落者へと堕ちる現象。
一般的には悪魔と契約することが原因とされているが、辺獄においてはより強い力への渇望でも起こりうる。
そして堕落者の魂は永遠に地獄へとつなぎ止められることになる。
「あと当然だけど、
思考方法をゲーム風にしたとは言え、実際は現実の出来事なのでそれは当然だろう。
俺は腕を組んで当然とばかりにうなずく。
「最後になるけど、ルシアの魂について話すわ。」
そうか、俺がルシアの身体に入っている際、本来の彼女の魂はどこかに保管されているはずだ。
「ルシアの魂は、あなたの本来の身体に入っているわ。」
……それについては少し驚いたが、入れ替わりの先として考えるなら妥当だ。
要は俺(の身体)が気絶している間に決着をつければ良いわけだ。
「あ、意外と予想していたって顔ね。感心、感心。」
女神さまはうなずく。
そりゃあ、これでけ様々なことが起きていれば俺だって耐性が付くってもんだ。
少し自慢げに胸をそらす俺を見てますます笑顔になる女神さま。
「じゃあ、魂を共有してることで肉体の時間経過が同じでも大丈夫よね!」
ん?
なにか聞き捨てならないことを言ったぞ、あの女神。
「ちょっと待ってくれ、魂を共有と時間経過って何の話だ?」
すぐに確認の声をあげた俺に対し、女神は意外そうな顔で返答する。
「何って、同じ肉体で魂を共有していることで双方の時間経過が同期しているってことよ。」
「つまり?」
俺が疑問を口にする。
嫌な予感がするのだが、それを口にするのはためらわれた。
命に別条のない、ただの気絶はどの程度の時間続くんだろう……。
「多分、あと数時間で目を覚ますわよ、寝てるようなものだから朝が来れば起きるのは当然でしょ。」
バカっポイまでに笑顔で答える女神。
「……もし、俺が戻るまでに身体が目を覚ましたらどうなる?」
「ルシアの魂には何の説明もしていないから驚くでしょうね。 他の世界への転移は始めてでないにしても、気絶しているうちに転移した上に性別まで変わってるんだから。」
女神さまの回答は予想どおりであっただけに、思わず俺は肩を落とした。
「大丈夫よ。」
俺の落胆を知ってのことなのか、女神さまがポンと肩をたたいてきた。
「今回はグラシャを倒せば目的は達成よ。」
「今回は、ねぇ……。」
つまりこれで終わりではないのだ。
そこは巻き込まれた以上は仕方ない。
だけど、今確認しておいたほうがいいことがある。
「なあ、女神さま。 こっちで起きている出来事は、俺が今日のセッションでプレイしたシナリオと同じ筋書きの様だが、この先も同じ展開だかな?」
メンバーが集いグラシャのもとへ向かうこと、ルシアが崖から落ちて気絶したこと、いずれもセッション内で同じことが起きており、目を覚ましたらすぐに戦闘に入るところも同じだ。
「さあ、わたしは未来視も、この世界に対する全知全能の権能も持っている訳ではないから分からない。」
あっさりと希望も何も無い返答を返してくるが、女神さまは言葉を続けた。
「でも賭けてみても、いいんじゃない? あなたの体験したシナリオが今起きている事態と全く同じなんだって。」
なんとも無責任な励ましだが、ある種の正論だった。
運命なんて誰にも分からない。
だからこそ、先へ進める可能性があるのであれば、それに賭けてみるのもいいだろう。
後は本人次第だ。
俺は腹をくくることにした。
今日のセッションで体験したシナリオと、今進行中の事態が同じであることを信じ、最短時間での
「じゃあ、行ってくるよ。」
俺は女神さまに告げる。
次の瞬間、何かに吸い込まれる感覚と同時に、眼前の魔物が武器を振り上げてきた。
俺は心の中でボタンを押し、身体が軽いステップで後ろに身体を引かせる。
そして攻撃直後のガラ空きの上半身に向かい、ただの斬撃を選択する。
愛用の長剣がわずかな光を反射し軌跡を描くと、小鬼が切り裂かれる。
すぐさま周囲を確認し、次の目標を探す。
少し離れたところにいる闇妖精の射手に狙いを定め俺は行動する。
こうして冗談みたいな経緯と想定外の事態により、俺の異世界
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