第3話 旅の仲間たち 思っていたのと違くない?
「……! …シア!」
誰かが俺を揺すりながら呼んでいる。
ゆっくりと目を開くとまず飛び込んてきたのは、何かの影。
その向こうには煙の様な物が垂れ込めている。
その煙が流れる雲であると気が付いたことで、俺は横に倒れていると理解した。
そして目の前にある物は?
「も、もう、保ちませんー!!」
耳元の近くで誰が叫ぶ声と同時に目の前の物、太い木の棒が
俺は無駄だと思いつつも、慌てて身をひねった。
しかし、その動作は俺の予想に反して軽やかで、凄まじい勢いで数回転した後、片膝と片手を地面につけた状態で止まる。 いわゆるヒーロー着地みたいなポーズだ。
その状態のまま、周囲を見回す。
右側に岩と土が壁のようにそびえており崖のようだ、反対側は少し先から森が続いている。
そして俺から少し離れた所に焚き火があり2人の人物がいる、片や大仰な騎士鎧、もう1人は軽装ながら胸や腕などに簡単な装甲を身につけている。
それだけ見ても分かる。
ここは俺の地元ではない。
地元は仮にも平野部の都市だ、こんなに高い崖や深い森はない。
それに周囲の人々の格好はコスプレと言うには着ている物の存在感がリアルである。
目を覚ます前のことを考えると、自分のいた
ただまあ、女神さま(名前忘れた)の言っていたように『ブレイズ&ブレイブ』の世界なのかと言われると確証は持てなかった。
(せっかく名前を教えてあげたのに忘れたとか、人間のクセにいいご身分じゃない?)
「っ!!」
唐突に頭の中で響いた声に驚いた俺は飛び上がった。
ただでさえ目が覚めたと思ったら転がるなんて奇行をした後である。
周囲の視線は否が応にも集まる。
(まあいいわ『サファリナ』よ、もう忘れたとかなしね。)
女神さまの声が再び響いた。
一緒に来ないとか言っていたのになんでかは後で聞き出すとして、まずは現状を把握しないといけない。
先ほどから俺の周囲には3人いる。
だが俺の感覚はもう1人の存在を感知している。(もちろん女神さまのことではない。)
そのうちの1人、先ほど俺のそばで杖を持ち上げていた少女を見る。
質素ながら質の良い白色のローブに胸にさげるシンボル。 おそらく聖職者だろう。
(ほら、これまで一緒にいたんだから、そんな怪訝そうな顔しない。)
俺として目覚める前はそうなんだろうけど、今は完全に初対面だぞ?
関係性も分からない相手に、一体どんな顔をすればいいのやら?
1人心の中で悩んでいると、焚き火側から声がかかる。
「ほらほら、治癒なんて止めとけって言っただろラファーナ?」
軽装の人物が少女に声をかけたのだった。
その一言は俺をまた驚かせた、ラファーナってもしかして、“破壊聖女”のラファーナか?
(そうよ。)
女神さまの返答で確信した。
ここは間違いなくTRPG『ブレイズ&ブレイブ』の世界だ。
でなければ
だけど……。
(どうしたの、突然黙っちゃって?)
いや、想像してた姿と違っていて。
(君、なんかスゴく失礼なこと、考えてない?)
仕方ないじゃないか。 聖女って言ったら、もっとこう清廉で儚げな人物像を想像するじゃないか。
目の前にいる
(『なっ!』じゃないわよ、魂の清廉さと外見が必ずしもイコールな理由ないじゃない!)
心なしか女神さまの言葉にトゲがあるような気がする。
とりあえずそれは置いておいて、ラファーナがいるなら大柄の騎士は“冷徹なる猛牛”マハト、軽装の方は“蒼穹”のイルバだろう。
やはり2人とも俺の
そして姿を見せていないのは“秘紋術師”のオイフェだろう。
おそらくどこか人の目につかないところで
しかし、ここまで俺の知っているPCたちが目の前の人物であると確定的なら、自分について、いや自分の身体について認めざるを得ないだろう。
最初は異世界の人間に入り込んでいるから感じている違和感だと思っていたんだけど、この感覚はもっと直接的な体つきの違いであり、異世界うんぬんとか関係なかった。
俺の魂が宿っているのは、魔剣持ちの女暗殺者“
「ねぇ。 ルシア、大丈夫かな?」
事実を受け入れようと考え込んでいた俺に声がかけられた。
慌ててそちらを見ると、ごく至近距離で心配そうに見つめる幼さを残す少女の顔。
ち、近い……。
無防備な少女が目の前にいると言うシチュエーションは、(心の中の)俺には刺激が強すぎた。
年齢=彼女いない歴とは言わないが、プライベートで間近に女性がいた経験などとんとない俺にとっては刺激が強すぎた。
「い、いや。 な、なにかな?」
思わず視線をそらし、裏返りそうな声で答える。
「もう! 話聞いてよ!」
ラファーナが少し怒ったように言う。
「おいおい。 ルシアが転落したのはラファのせいだろ。」
マハトのプレイヤーはサークル代表でもある梅野先輩であり、マハトは先輩の性格を反映したようにまとめ役として有能である。
そこに代々騎士の家柄と言う設定も相まって、実質的リーダー役となっている。
「でもマハト様~。」
どこか甘えるような言い方だが、ラファーナは素である。
彼女は誰でも取得できる一般技能として『無垢』を取得している。
それがこの様に子供っぽい言動に反映されているのだろう。
そういう意味では、元々の俺のイメージのほうが間違っていたとも言える。
「とりあえず心配していたのは我々も同じですよ。 まさか崖から落ちそうになっったラファーナ様を引き上げてルシア殿が身代わりになるなどとは。」
そう言いながら、愛用の弓を持ったイルバが近づいてきた。
「しかし、起き抜けにあれだけ素早く動けるのであれば問題なさそうですね。」
面長な優男だけに、ニコリと笑う姿は様になっている。
ちなみにプレイヤーである後輩の志藤くんも、似たようなタイプで多分サークル内で一番恋愛経験が豊富だ。
「あ、ありがとう。」
なるべく自分の素を出さないように簡単に返事をする。
ここで俺は少し後悔していた。
自作のPCの中に入ることが分かっていたら、間違いなく今日のセッションは新規の男性キャラクターを用意したんだがなぁ。
とは言え、起きていることは仕方がない。
状況を確認しないと始まらない。
俺は言葉遣いには気をつけながら仲間に話しかける。
「えっと、少し頭がぼんやりするから整理したい。 状況を教えて。」
その言葉に一同は顔を見合わせる。
言い方が変だったかな?
しばらくするとマハトが口を開いた。
「スマン、ルシアが率直に状況を聞いてくるとは思わなかったからな。」
ああ、そうだ。
セッション中はメンバーと話しながら進めてるから忘れていたが、ルシアは生い立ち的に必要以上に他人と話さないタイプだった。
しかも、人に確認する時は真意をさとられないように簡潔に話す。
つまり、さっきみたいに自分の状況を説明しつつ確認なんて、まずやらない。
初手から失敗したなと思っているとマハトは話しを続けた。
「それだけ混乱していたという感じか、なら1から話したほうが良いな。」
なにやら1人で納得しているが、混乱しているのは間違いないので頷いた。
「我々は、この地の領主であるグラシャ伯爵のもとを目指している。 理由は彼の悪逆非道な行いを止めるためだ。」
「グラシャ伯爵!?」
思わず声が出た。
「何かあるか?」
「いいや、ちょっとな。 みんなが気にするほどのことは無いから進めて。」
怪訝そうな表情でマハトが訪ねてくる。
俺は慌てて弁明しつつ話を続けるようにうながした。
その後の話しを聞いていて、俺は内心穏やかではいられなかった。
なぜならその話、今日のシナリオと同じだったからだ。
地方領主のグラシャ伯爵は、自らの領地である街を要塞化している。
それ自体は魔物が跋扈するこの辺獄では珍しいことでは無い。
しかし伯爵はその街の中で悪逆非道という言葉では足りないほどの悪行を繰り返していた。
そして、その所業は近隣までおよんでおり、俺たち、と言うかルシアたちはそれぞれに依頼を受けたり事態に巻きこれたりした結果、グラシャの悪行を止めるため彼の館へ先入する。
それが昼に俺がプレイしたセッションのシナリオだった。
そして、もしそのシナリオと同じ様に事態が推移するなら次は……。
「うわぁぁぁ、魔物の群れだぁ!」
少し離れたところから悲鳴が上がる。
そして、森の中から1人の人物が飛び出してきた。
ローブの上からマントを羽織り、頭もフードをスッポリと被ってきる。
そして口もともマフラーで覆っており顔が判別できない。
とは言えこの場にいて、そんな格好をしている人間なんて1人しか思い当たらない。
俺はそいつに声をかけようとしたが、横で突然強烈な光が生まれる。
とっさに地面に伏せたルシアの頭上を光の束が通過する。
……立っていたら間違いなく直撃だった。
光が収まるのを待って光源に目を向ける。
そこには案の定、ラファが杖を構え立っていた。
いつもの様に目を瞑ったままで。
破壊聖女の面目躍如と言ったところだな。
でもセッション中のフレーバー設定とは言え、実際にやられると怖いどころの騒ぎじゃないぞ。
ともかく目を閉じても、神の恩恵で魔法は当たるという彼女の能力により、森の入口が焼き払われる。
そう言えば、まだ魔物だとは聞いても、魔物自体の姿は確認してない。
これでもし誤認だったら、それこそ目を覆わんばかりの惨劇だが、俺には相手が間違いなく魔物である確信があった。
「オイフェ、早く立ち上がって!」
とりあえず俺は森の近くで倒れていたローブ姿の人物、オイフェに声をかけつつ離れた所に置いてある愛用の長剣を取りに走る。
その横で必死に走るオイフェと入れ替わり、マハトが盾と直剣を構え前進していく。
後ろではイルバが弓に矢をつがえ引き絞る。
そして彼はまるで敵が見えてるかのように矢を放つ。
放たれた矢は甲高い音を立てて森へと突き進む。
「ギャアァ!」
それは森を抜けて飛び出そうとした小鬼の額に突き刺さった。
矢を受け倒れる小鬼を避けながら、ワラワラと魔物が姿を現す。
それは小鬼と闇妖精で混成されており、あきらかに何者かに組織された集団だった。
「よしっ。」
俺は長剣を鞘から抜き放ち構える。
うかうかしていると、自分が恐怖に襲われるかもしれない。
その前に、この身体の力を発揮して敵を倒さないと!
俺は心を奮起させ、飛びかかろうとした。 その時だった。
(ストーップ!!)
頭の中に響く声と共に、世界が反転した。
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