第11話 目的
「おはようございます。昨日はありがとうございました。先に帰ってしまってごめんなさい」
会社に行って朝一番に、更衣室で飯島さんのところへ謝りに行った。
「どうして謝るの? 無理やり誘ったんだから、お礼を言うのはこっちの方だよ。それより、あれからどうだった?」
「あれからって?」
「青葉って言ってたあいつ! 2人でどこか行ったんでしょ?」
「あの後偶然、知り合いに会って、青葉さんとはすぐに別れたました」
「そうなの? でも、連絡先くらい交換したでしょ?」
「いえ……」
「環ちゃんはそれで良かったの?」
「はい」
「そっかぁ。ねぇ、阿部さんが環ちゃんのことかわいいって言ってたよ」
阿部さんがどの人か覚えてない……
「そうですか」
「冷めてるなぁ。彼氏とか欲しくないの?」
「欲しいと思ったことはないです」
「環ちゃん、かわいいのにもったいない。もしかして好きな人がいるとか?」
「はい。ずっと片思いしてる人がいます」
「そうなの? どんな人?」
「冗談です」
「真顔で冗談言わないでよ。本気にしたじゃない」
「先に行きますね」
県内に9の実店舗を持つ、創業60年の和菓子屋「ゆずり葉」。
人気商品の栗饅頭は、店頭でもすぐに売り切れてしまうし、オンラインショップでも毎日多くの注文が入る。
わたしが勤めている青葉店は、1Fに実店舗と工場があり、2Fが事務所になっていて、そこでオンラインショップの受注業務を行っていた。
会社の採用面接で、表に立つ仕事をしたら迷惑がかかるかもしれないと、正直にその理由を伝えた。
「鴎外」はめずらしい苗字だから、名前だけであの事件と結びつける人がいるかもしれない。
ゆずり葉の社長は、事件のことを知った上で採用してくれた。
そして、わたしを社内の人間ですらあまり顔を合わせなくて済むオンラインショップの担当部署に配属してくれた。
あの事件さえなければ、わたしの人生はきっと今とは違っていた。
律とももっと違う関係でいられたかもしれない。
でも、あの事件があったから、理由はどうあれ、わたしは律のそばにいることができる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます