第12話 *
「……では、日付指定はなしで、午前中着をご希望ということですね」
お客様からの電話注文を受けている途中で、メモ書きが渡された。
『電話が終わったら会議室に行ってください』と書かれている。
メモを持って来てくれた越野さんに頷くと、彼女は自分の席に戻って行った。
何だろう?
個別に呼び出しなんて。
こんな時、真っ先に頭に浮かぶのはいつも「自主退職」の4文字。
電話を切った後、越野さんを見ると他の電話にかかっていた。
せめて誰からの呼び出しかなのか事前に知りたかった。
わかれば少しは心構えもできるのに。
気が重くなりながら会議室に行った。
会議室のドアをノックし、「失礼します」と言って中に入ると、スーツ姿の男性が、窓の方を向いて立っていた。
その後ろ姿に見覚えはない。
「鴎外です。こちらに来るように言われたんですが?」
背を向けていた男性が、ゆっくりとこちらを向いた。
「ランチでもどうかと思って誘いに来たんだよ、鴎外さん」
そこにいたのは、杠葉大和だった。
この会社の跡取り息子で、副社長。
「青葉さんとお呼びした方がいいですか?」
「杠葉でいいよ」
「お弁当を持参しているので、お誘いには応じかねます。申し訳ありません」
「昨日、連絡先を教えておいてくれたら良かったのに。そうしたら行き違いも発生しなかった」
「何かご用ですか?」
「だから、ランチに誘おうと思ったんだよ」
「それでしたら、用はお済みのようなので失礼します」
頭を下げて、杠葉さんに背を向けた。
「五條律」
その言葉に、ドアにふれていた手を離し、もう一度向き合った。
「……何ですか?」
「緊急連絡先って普通、親の名前を書くよね。もしくは祖父母。でも、鴎外さんのは五條律になっていた。どうして? それは自宅の住所になっているマンションが、ファミリー向けの分譲マンションなのと関係がある?」
「業務遂行上必要な情報とは思えません。失礼します」
「鴎外さんが僕に興味がないことはわかってる。だからこそ、頼みたいことがあるんだ。それには五條律も少なからず関係してくる。それで2人の関係を確認したかった。話だけでも聞いてくれないか?」
「どうぞ」
「ん?」
「お話しください」
「ここで?」
「はい」
「僕は構わないけど、会議室に呼び出されてなかなか戻って来なかったら、飯島さんは心配するだろうね。僕は彼女に何と説明すると思う? 他人にダメージを与えるのは意外に簡単なことだと知ってるよね」
この人は……相手が断れない方法を知っている。
「どうしたらいいですか?」
「ランチは断られたから、夜にでもゆっくり話そう」
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