第9話 *

駅から歩いて10分の分譲マンションが今住んでいるところ。


エントランスを入ってすぐ右にある集合ポストの中を見たけれど、何も入っていなかった。


エレベーターには、重い買い物をした日しか乗らない。


階段で3階まで上がって、廊下の一番奥から2番目にあるドアロックに暗証番号を入れる。


ドアを開けると、玄関に男物の靴があった。


廊下の先にあるリビングドアのガラスからは明かりが漏れている。


「ただいま」


声をかけながらドアを開けると、ソファで横になっていた律が体を起こした。


「おかえり。車だったから、そっちより早く着いた」

「ご飯食べたの?」

「食べてない」

「何か作るよ」

「いいよ、いらない」

「そう言っていつも食べてないんでしょ? 家にいる時くらいちゃんと食べて。買い物に行ってないから簡単なのものになるけど、少しだけ待ってて」


急いで洗面所に行き手を洗い、髪の毛を結び、エプロンをした。


家にある材料ですぐに出来る物って何だろう?

冷蔵庫の野菜室に、にんじんとキャベツがある。

玉ねぎはいつも買い置きがあるから……


冷凍庫のお肉を解凍するためにレンジに入れたところで振り向くと、すぐ目の前に律が立っていた。


「驚かせないでよ」

「今日、一緒にいた男だけど……」

「あの人は、飯島先輩に誘われて行った飲み会にいた人。2人とも2次会に行きたくなくて抜けたの」

「あいつがゆずり葉の社長の息子って知ってた?」

「知らなかった。だって自分のこと『青葉』って名乗ってたから。律が現れなかったら、ずっと知らないままだったと思う」

「またあいつと会う?」

「まさか! 連絡先も交換してない。それに……社長の息子って聞いたら尚更。ずっとそこに立ってるつもり?」

「それもいいかな」

「あっちでテレビでも見てて」

「テレビなんて普段見てないから、何が面白いのかわからない」

「どうしてあんなところにいたの?」

「仕事。だから偶然」

「そう」

「つけまわしてるわけじゃないから安心しな」

「そんなこと思ってない」

「環が付き合う男は俺が見極めてやる」

「誰ともつきあったりしない」

「じゃあ、ずっとここで一緒だ」

「そんなこと言って、律の方に彼女ができるかもしれないでしょ?」

「出会いがない。環みたいに合コンに行く時間なんかないし」


『飲み会』って言ったのに……


「それは、本当に断れなくて行っただけで――」


律が優しくて、それでいて悲しそうな顔をして言った。


「なぁ、浦上岬ってとこ知ってるか?」

「……知らない」

「あそこから飛び降りたやつがいたらしいんだ。死体が漁船の網にひっかかって通報があった。一緒に網にかかった魚は卸せなくなるし、まぁ、いろいろと後が大変だったらしい。だいぶ海に浸かってたみたいで、膨張してふやけたところをいろんな生き物につつかれたんだろうな。引っ張りあげた漁師はしばらく飯も喉を通らないくらいのトラウマだってさ」

「……火、使うし、あっちで待ってて」


律はわたしの頭をぽんと軽くたたくと、ソファのところまで戻って、さっきまでそうしていたように横になった。

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