第7話 *
「杠葉?」
「そう。僕は……くだけて言えば、『ゆずり葉』の跡取り息子で、肩書は『副社長』。身辺調査はもういいですか?」
「……それが、事実とは限らない」
「疑い深いな」
「律、お願いだからやめて」
さっきまで「青葉」と名乗っていた杠葉さんは、小さな笑みを浮かべた。
そしてポケットに入れた財布から免許証を取り出し、律に見せた。
「信じてもらえました? 社員証も見ますか?」
「いや、いい」
「だったら、もういいですよね?」
その場に立って動かないでいる律を残して、杠葉さんは歩いて行った。
それを慌てて追いかける。
「彼が失礼なことを言って、申し訳ありませんでした」
「恋人?」
「違います」
「まるで警察の職務質問だった。いや、昨今の警察はもっと丁寧な言い回しをするか。色々とうるさい人間も多いから」
「刑事です」
杠葉さんは立ち止まると、わたしの方を向いた。
「彼は青葉署捜査一課の、本物の刑事です」
「へぇ」
「『青葉』は偽名だったんですね」
「まさか合コンの相手が全員ゆずり葉の社員だとは思ってもいなかったから。あんな場所で会社の女子社員に素性がバレたら面倒だと思わない?」
言ってることは一理ある。
「そうですね」
「せっかくノーマークでいられたのに」
「安心してください。誰にも言いませんから」
「それはどうも」
「彼のこと、申し訳ありませんでした」
深く頭を下げた。
「鴎外さん」
「何でしょうか?」
「彼氏でないなら、彼とはどういう関係? こっちは身元の確認までされたんだから、聞く権利あると思うけど?」
「……お兄ちゃん」
「お兄ちゃん? でも全然似てないよね? 年も随分離れているように見えた。血のつながらないお兄さん?」
「昔住んでた家の、隣に住んでた人です。小さな頃から知ってて、お兄ちゃんみたいなものです」
「それだけじゃないよね? 彼、君のこと気にしてるみたいだったけど?」
「単にお節介なだけです」
「君の方は? どうなの?」
「別に、関係ありません」
「連絡先を――」
「失礼します」
最後まで聞く前に今度はその場を走り去った。
「青葉」と名乗ったあの人が、自分の勤める会社の副社長だったなんて……
だったら、わたしのことを知らないわけがない。
それで彼が一言も話さなかった本当の理由がわかった。
正面に座ったわたしとは話をしたくなかったんだ。
でも、それならどうして追いかけてきたんだろう?
わからない。
地下鉄のホームへ向かう階段を下りていると、後から来た知らない人に追い越され、動いた空気が生暖かい風となって、頬をかすめた。
早く、早く、遠い、誰もいないところへ行ってしまいたい。
でも、そのためには、借りているお金を返さないといけない……
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