第6話 *

お店を出たところで、飯島さんが「この子、門限があるからもう帰らないといけないのよー」と言ってくれたので、それに合わせた。


「9時までに帰らないといけないので、ここで失礼させていただきます。今日はご馳走様でした」


「誰に」というわけでもなくお礼を言って頭をさげた。


飯島さんが口パクで「ありがと」と言いながら手を振ってくれたので、もう一度、今度は深く頭をさげた。



駅に向かって歩き始めたところで、「鴎外さん」と後ろから名前を呼ばれた。


振り向くと、青葉さんがいて、他の人には聞こえないような小さな声で言った。


「駅まで一緒に行こう」


返事に迷った。

軽く「いいですよ」と言うべきなのか、それすら関わることを拒否するのか。

沈黙が続いてしまったせいか、青葉さんの方が言葉を付け加えた。


「そこの角を曲がったところまで」


それを聞いて、この人も帰りたかったんだと思った。

きっとわたしみたいに人数合わせで来て、帰る理由が欲しかったから、わたしを追いかけるフリをしたんだ。

これで青葉さんが誰とも話をしようとしなかった理由の説明もつく。


「じゃあ、角まで」


そう答えて並んで歩いた。


「『舞姫』の最後を知ってる?」


唐突に質問された。


「え? はい」

「どこで読んだの? 昔は教科書に載ってたらしいけど、今は載ってないよね」

「図書室で読みました」

「本が好きなんだ」



本が好きなわけじゃない……



それ以上会話が続かなくて、何も言わずに歩いた。


角を曲がったところで青葉さんは立ち止まった。


「2次会を断る理由ができて助かった」

「いいえ、お役に立ててよかったです。では、失礼します」


軽く頭を下げて、青葉さんと別れようとした時、少し先にある店の看板の影に、隠れるように立っていた男性がこちらを向いた。


「あ」と思った時には、既に近づいて来ていて、一緒にいた青葉さんに向かって、いきなり不躾な質問をした。

わたしの方には見向きもしないで。


「名前は? 年齢は? 仕事は何をしてる?」

「やめて」

「答える義務がありますか?」

「ある」

「律、やめて」


わたしが目の前にいる男性の名前を言ったことで、青葉さんは、チラッとわたしを見た後、答える義理もない質問に丁寧に答えた。


杠葉ゆずりは大和。28歳。勤務先は『ゆずり葉』」


「ゆずり葉」と聞いて、思わず彼の顔を見た。

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