第28話 嫉妬に狂って

 周作と神社で子供たちを見守っていたところ、突如ウィリアムが現れた。どうして居場所が分かったのだろうか?


 呆気に取られていると、ウィリアムの後ろから滝沢が現れた。滝沢は眼鏡のつるを押し上げながら千晃に告げる。


「アキさん、申し訳ございません。こっそり後を付けさせていただきました」


 そこで滝沢と大学前で鉢合わせをしたことを思い出す。あの時は森下の助力もあり逃げられたと思っていたが、尾行されていたようだ。


 ウィリアムは、表情を緩ませながら千晃のもとに駆け寄ってくる。紅玉の瞳は僅かに潤んでいた。長い脚で地面を蹴ると、あっという間に目の前にやってくる。見上げていると、ウィリアムの大きな手が千晃の両手を包み込んだ。


「アキ、良かった。無事で……」


 今にも泣き出しそうなウィリアムを見て、胸が締め付けられる。心配をかけてしまった罪悪感もあるが、それ以上にウィリアムに手を握られている状況にときめいていた。


 少し汗ばんだ手から温もりが伝わる。逃がさないという意志を示すかのように、両手をがっちりと捕まえられていた。


 執着するような仕草から、まだウィリアムに愛されていることを自覚する。用なしになっていたわけではなくて安心した。


 だけど手放しには喜べない。屋敷には秋穂がいる。今はまだ千晃に執着していたとしても、秋穂の魅力に気が付けば鞍替えするかもしれない。


 相思相愛になる二人を想像すると、ウィリアムの手を握り返すことができなくなった。


「離して」


 千晃はきつく握られた手を振り払おうとする。しかし、がっちり握られているせいで、解くことはできなかった。


「どうして……」


 ウィリアムの表情が絶望に変わる。薄い唇を震わせながら青ざめていった。


 本当はウィリアムと一緒に屋敷に帰りたい。心配をかけてごめんと謝りたい。だけど、そうやって甘い時を過ごした分だけ、失った時の傷が深くなるように思えた。


 今ならまだ、引き返せる。傷の浅いうちにウィリアムと離れたかった。


「僕は、帰らない」


 ウィリアムの顔は怖くて見られない。代わりに背後にいた周作に視線を送った。


 周作は困惑したように、二人の顔を交互に見つめている。仲裁に入るべきか見極めているようだった。


 千晃が視線を送ったことで、ウィリアムも周作の存在に気付く。他の男が関与していると知ると、ウィリアムの表情が消えた。千晃の手を離すと、ウィリアムは周作の前に立つ。


「君は? アキとはどういう関係なんだ?」


 氷のような眼差しを向けられて、周作は眉を顰める。それからすぐに、堂々とした口調で返した。


「千晃の友人だ。屋敷に居づらいって嘆いていたから、昨日はうちに泊めた」


 ウィリアムは唇の端を引き攣らせる。苛立っているようにも見えたが、あくまで丁寧に応対した。


「それはそれは。うちの子を一晩預かってくれてありがとう。だけどもう結構。彼はうちで世話をする約束になっているんだ。返してもらうよ」


 ウィリアムは千晃の肩に手を伸ばし、強引に抱き寄せる。あっという間にウィリアムの胸板に顔を埋めることになった。


「ちょっと……」


 離れようと試みたものの、力強く肩を抱かれていて離れられない。その間も、ウィリアムは冷ややかな眼差しで周作を見つめていた。


 ウィリアムに抱えられたまま、周作に視線を送る。ピリッとした空気を醸し出していた周作だったが、千晃と目が合うと頬を緩めた。何故微笑みかけられたのか分からずにいると、周作ははっきりと告げた。


「千晃、一度帰れ。辛かったら、いつでも戻って来てもいいから」

 

 あれだけ屋敷に居てもいいと言ったくせに、今は帰るよう勧められる。その心変わりように驚いていると、頭上から舌打ちが聞こえた。


「行こう。アキ」


 ウィリアムは周作を一瞥した後、千晃の手を引いて歩き出す。抵抗する隙もなく、あっという間に神社から連れ出された。石階段を下ると、すぐさま車に乗せられて屋敷へと連れ戻された。


◇◆


「何故だ!? 何故出ていった?」


 屋敷に戻ると、ウィリアムの部屋に連行される。部屋の扉を閉め、鍵までかけると、荒々しく千晃の肩を掴んで詰め寄った。その姿からは、いつもの紳士的な雰囲気は感じられない。


 千晃は部屋の真ん中で立ち尽くしながら、ウィリアムからの追求から逃れる術を考えていた。


 ウィリアムと秋穂の傍に居るのが辛いと正直に告げても、理解してもらえないだろう。今はまだ、ウィリアムの気持ちは千晃に向いている。そんなこと心配する必要はないと、何の根拠もない慰めをされるのがオチだ。


「私が、アキの気に障るようなことをしたか? それなら謝る」


 ウィリアムの瞳は真剣そのものだ。自分と向き合おうとしてくれていることが伝わる。だけど今は、ウィリアムの顔を見ることすら辛かった。千晃は視線を落としながら小さく首を振る。


「そうじゃない……」


「じゃあどうして!」


 声を荒げて尋ねられる。言葉に詰まらせていると、ウィリアムは怪訝そうに眉を顰めた。


「秋穂さんと上手くいっていなかったのか? 私の留守中に何かあったのか?」


「そうじゃない!」


 秋穂を悪者にするわけにはいかない。千晃は即座に否定した。


 ここで秋穂を悪く言ったら、自分も梨都子と同類になる。嫉妬心に支配されて、他者に危害を与えるような人間にはなりたくなかった。


 だけどそんなのは綺麗ごとだ。胸の内ではドロドロとした嫉妬心が渦巻いている。先ほどウィリアムが秋穂の名前を口にしただけでも、耳を塞ぎたくなった。


 想像したくないのに、ウィリアムと秋穂が二人でいる姿を思い浮かべてしまう。昨晩は、屋敷で二人きりで過ごしていた。何をしていたのかと想像するだけで気が狂いそうだ。


(もう嫌だ……。傍にいるのに、苦しくて仕方がない)


 もういっそ、全部終わりにしたかった。ウィリアムに嫌われたって構わない。それでこの苦しみから解放されるなら。


 思考がまとまらず頭を抱えていると、ふとある考えが浮かぶ。ウィリアムから離れられる最低な嘘だ。


 こんなことを口にしたら、確実にウィリアムを傷つける。だけどぐちゃぐちゃになった頭では、そんな切り抜け方しか思い浮かばなかった。


 千晃は俯いていた顔を上げる。泣き出しそうになるのを堪えながら、最低の嘘をついた。


「……好きな人が、できた」


「は?」


 ウィリアムの顔から一切の感情が失われる。そんなことを千晃の口から告げられるとは思っていなかったのだろう。思考が停止している彼に、追い打ちをかけるように嘘を重ねた。


「好きな人ができたんだ。もう、その人に何度も抱かれた。だからもう、ウィルとは一緒にいられない」


 ウィリアムは表情を消したままこちらを見下ろしている。その沈黙が、かえって怖かった。傷つけてしまったことへの免罪符を掲げるように、千晃は早口で伝える。


「ウィルだって言ってたじゃないか。僕の傍にはいられないって。ちょうどいいじゃん。僕はこの屋敷を出ていくから、秋穂さんとお幸せに」


「黙れ」


 ウィリアムが低い声で威圧する。その直後、千晃の言葉を封じるように自らの唇を押し付けた。


 突然の出来事に思考が追い付かない。目を見開いたまま固まっていると、半開きだった唇の隙間から強引に熱いものがねじ込まれた。


「んんっ……」


 ウィリアムの柔らかな舌が口内を蹂躙する。逃げ腰になるも、腰を抱きかかえられて逃亡を阻まれた。普段のウィリアムからは考えられないような荒々しいキスだ。じゅっと舌先を吸われると、ごくりと喉を鳴らして唾液を飲まれた。


 苦しくなって顔を背けるも、すぐに顎に手を添えて続行してくる。胸を叩いて抵抗しても、解放してくれなかった。


 足腰が立たなくなって、その場にへたり込む。絨毯の上でぺしゃんと腰を落としていると、ウィリアムに軽々しく抱きかかえられた。抵抗する間もなく、ベッドに放り投げられる。


「わっ!」


 スプリングで身体が跳ねかえった直後、ジャケットを脱ぎ捨てたウィリアムが覆いかぶさってくる。逃げられないように手首をがっちり抑え込まれた。


 恐る恐るウィリアムの表情を伺うと、ばくんと心臓が跳ねる。いつもの紳士的なウィリアムはここにはいなかった。


 ギラギラとした好戦的な瞳に、荒々しく繰り返される呼吸、不敵に微笑んだ唇の端からは、鋭い犬歯が覗いていた。その姿は人を喰う化け物のようだ。


「アキは誤解をしている」


 低い声で指摘されて肌が粟立つ。声を出すことすらできずに見上げていると、ウィリアムは手首を抑える力を強めた。


「傍に居られないと言ったのは、アキに興味をなくしたからではない」


 掴まれた手首は痛いが、そんなものはどうでもいい。火傷しそうなほどに熱い眼差しから目が離せなくなった。ウィリアムは浅い呼吸を繰り返しながら訴える。


「一週間も離れていたんだ。そんな状態でアキに触れたら、確実に理性が崩壊する。限界まで血を吸った挙句、アキの意思を無視して抱き潰してしまうかもしれない。それを恐れて、あえて距離を取っていたんだ」


 必要とされていなかったわけではない。むしろ逆だ。激しく求められていたと知って、身体の奥から熱が沸き上がった。ウィリアムは視線を落としながら乾いた笑いを浮かべる。


「だけど、そんな遠慮はいらなかったようだな。他の男を求めるほど欲求不満だったなんて……」


「ちがっ……」


 咄嗟に否定したところで、ウィリアムはおもむろに膝を曲げて千晃の下肢を刺激を与える。


「ひぁっ……」


 突如襲われた刺激に驚き、悲鳴を上げる。痛みはないが、別の感覚に支配されていく。両手をきつく押さえつけられているせいで抵抗できない。身をよじらせながら刺激に耐えていると、ウィリアムは冷ややかな声色で告げた。


「良い事を教えてあげよう。私は普段、血で生気を分け与えてもらっているが、他のものでも代替できるんだ」


「他の、もの?」


 膝でぐりぐりと刺激を与えられたことで、ウィリアムの意図に気付く。どくんと下腹部に血が滾るのを感じた。


「今日はこっちから分けてもらうよ」



第29話はカクヨムの規約上非公開となります。

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