最終話 終わりのスクリーンと最後の話
劇場から出ると、店内はすでに半分暗くなっていた。
「こわあ……」
先ほど観ていた映画の影響で、店内が三割増で怖く見える。
「平気そうな顔してたけど、映画中かなり叫んでたよね」
君が冷めた目線を僕に送ってくるが、そんなのは気にしない。
ホラー映画は怖がって観るためにあるのだ。
製作者が望んでいる反応に応えるのは、映画鑑賞のマナーだと思う。
「トイレ行っていい?」
「ああ、僕も行きたかった」
いそいそとトイレに入ると、やはり中には誰もいなかった。
急いで用を足して手を洗い外に出る。まだ君は出てきていないようだ。
「…………」
映画のワンシーンを思い出す。自分の部屋に入ると感じる違和感。
突き刺さるような鋭い視線の先にあったのは、どう見ても怪しく半分開いている押入れ。
主人公は開けなくてもいいのに、半分空いている襖をゆっくりと開け、その中には……
「待った」
「心臓が飛び出すかと思った」
君に後ろから肩を軽く叩かれただけで、この心臓の鼓動の早さだ。
「臆病すぎだよ。それほど怖くもなかったと思うけどなあ」
僕は君のように、恐怖のシーンで笑いをこらえる芸当は到底できないから、全力で怖がるのだ。
「だって、怖がらせ方がワンパターンなんだもん。基本的に猿ぐつわをしたおっさんにストーキングされるのが話の筋なんだもん」
「佐藤さんね」
「名前はどうでもいいけどさ。その名前も最後まで出さないでおくのもどうだったんだろうね」
「うん、まさか、最後の最後に判明した名前が佐藤太郎だとは思わなかった」
「佐藤太郎の呪いってあまりにも、ねえ?」
「言わんとすることはわかるよ」
僕も猿ぐつわをしたおっさんの名前を主要キャラ全員が恐怖の面持ちで「佐藤太郎の呪い……」って言った時は吹き出しそうになったし。
「結局、佐藤太郎は何で主人公に付きまとってたわけ?」
「それは佐藤太郎が叫んでなかったっけ?」
「シャウトしすぎてて聞き取れなかった」
えーと、確か。佐藤太郎に摩り下ろしたニンニクを頭からかけている場面だったから。
「『ニンニク少なめで』は違うな」
「あそこで佐藤の頭から煙が出てきたよね」
そうそう、最初はニンニクをそのまま投げたんだけど、丸齧りされて、逃げることしかできなかったんだ。
「そこじゃあないね、あ、あれだ。佐藤の働いていた会社に行った時だよ。もう、その会社自体は潰れていたんだけど、デスクの中央に、主人公の父親の写真が置かれてたじゃない」
「あー、あったね」
「それを佐藤が見ながら『リストラの恨み』とか叫んでたよ」
細かい説明はなかったけど、主人公の両親は事故で死んでいる設定だったから、父親にリストラされた佐藤の霊が、息子の主人公に積年の恨みを晴らすためにやってきた、ってことになるのかな?
「猿ぐつわの意味は?」
「それも説明があったじゃない。佐藤がよく行ってた店を回った時に、某SMクラブで佐藤の性癖が露わになるシーンがあって」
「ああ、そう言えば佐藤が恥ずかしそうに頬を赤らめてたね」
最後は結構仲良くなってたもんな。
「いや、でも最初の方は怖かったじゃないか、冷蔵庫の中に詰まってた場面とか」
「あんなにミッチリ収まってると逆に面白い」
開けた後、開口一番『出して』って悲痛な叫びしてたもんなあ。
まず、どうやって入ったのか教えてもらいたいし、霊なのに出られないのもどうかと思う。
「君は怖いシーンはなかったの?」
「ヒロインが料理してる時に、小指を切った時かな」
あー、確かに。
「あそこだけ無駄にCG使ってたよね」
あの場面だけだと、完全にスプラッター映画だった。
「後は、主人公の友達が部屋の箪笥で小指をぶつけて転がり回ってるシーン」
「当たってから転がるまでスローモーションになってたよね。僕の疑問点とすれば、さっきから君が言っているのは痛いシーンであって全く怖いシーンではないんではないかと」
「だって、終始流れてる音楽がドリ○の大爆笑なんだもん」
「それは僕も謎だったけどね。怖がらせる場面に必ずオチの音がかかってたし、うう、少し寒くなってきた。車に戻ろうか」
僕たちはエスカレーターに歩き出す。
「帰りの車では寝ないようにね」
「え? もうすでに眠たいんだけど?」
「あのさ、わかってるかい?帰りの道では街灯が一つもない道を結構な距離走るんだぜ?」
「車のライトがあるじゃない」
「逆、車のライトしかないんだよ。その中で走るのは、今の僕の心理状況からすれば、恐怖の道程なんだよ」
いつ林の中から佐藤が飛び出してくるかわからない。
「絶対に観る時間を間違えているよね」
エスカレーターに乗り、僕は君の後ろを振り返る。
「だけど、ホラー映画を見終わった後に、帰りの道が明るいのは、僕の道理に反するんだ」
「はあ」
全力で困った顔をしないでいただきたい。
「そろそろ着くから前を向いた方がいいよ」
君に言われて前を向く。エスカレーターから降りた先の駐車場には何台かの車があった。
「ラストの曲はどう思った?」
「全くあってなかった」
「だよね」
佐藤の会社員時代の苦労しているシーンに合わせて初恋の歌詞が流れてたもんなあ。
車に乗り込んでエンジンをかける。
ふいに、車のガラスをノックされた。
「…………」
僕の時が止まる。君の方を見ると、僕の後ろ側を指さしていた。
多少の緊張感を持ちつつ、振り返った先には。
「佐藤!」
「違うよ。警備員の人」
さいですか。髪型はよく似てるんだけどな。服装はどう見ても警備の制服であった。
僕は窓を開ける。
行きに使った入口は閉まってるから。逆の出口を使うようにと、白い息を吐きながら警備のおじさんは教えてくれた。
お辞儀をして車を動かす。
「いや、寒空の中大変だね。僕は絶対になれないよ」
「ホラー映画嫌いな人はなれないでしょうね」
「それは言えてる。夜勤になると、この店舗の中を巡視するしかないんでしょ?」
例え今の仕事の倍以上の給料がもらえたとしても働くことはないだろう。
「ラジオ聴いていい?」
君が僕の返事が聞こえる前に車のラジオに手を伸ばす。
コンポから流れ出す曲は、今さっき映画館で聴いたばかりのものだった。
「ねえ、明日さ、このCD買いに行こうか」
「気に入ったの? 君がこの手のCD買おうとするの珍しいね?」
「このCDに入ってるカップリング曲なんだか知ってる?」
「いや、知らない」
「同じ曲なんだけど、歌ってるのが佐藤役の人なの」
「それは買うしかないな」
「でしょ?」
ありきたりな君との僕の非日常はまだまだ続く。
【fin】
ありきたりな君と僕の非日常 なめがたしをみ @sanatorium1014
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