第五話 痛みと笑いと味噌の話し
昨日から酷い腰痛に悩まされている。
歩いていても痛いし、座っていても辛い。
ましてや前かがみになった時には、激痛が脳の奥まで響き渡る始末だ。
「これはもう、仕事を辞めろとの天からのお告げだ」
僕はベッドにうつ伏せになり、君に腰を押してもらいながらそう言った。
「腰が痛くない時でも天からのお告げで辞めたくなってるじゃない」
「今回こそは、今回こそは本当に辞めてしまいたい」
一昨日に会社で大型の荷物を何往復もして運んだのが原因に違いない。
仕事め、絶対に許さん。
「はい、強く押すよー」
「ぐあああああああ……」
声にならない叫びが喉の奥底から込み上げてくる。
「あー、張ってるね」
「整体でも行った方がいいのかな?」
「そうだね。痛みが続くようだったら病院も考えないと」
それを理由に会社を休もうかな。
「それを理由に会社休まないようにね」
「どうしてばれた。君はいつの間にか僕の思考が読めるようになっていたのか」
「そりゃあ、顔が見えなくても『ふひひ』なんて笑ってたら妙案を思いついたって考えてるって、察しはつくようになってきたよ」
まさか、自分でもわからないうちに声が出ていたとは。
「だってさ、今日の仕事も地獄だったんだよ。腰が痛いから椅子に座っていても落ち着かなくてさ、何度も腰の位置をズラして痛みが分散するようにしていたんだ。周りからどういう風に見られていたかと思うと涙が出るね」
あの人、腰をシェイキングしているわ。素敵! かもな。
「素敵とは思われないと思うよ」
「よくわかったね」
「また、笑ってたもん」
僕は自分でも気がつかないうちに、心の中で面白いことを考えると笑ってしまうようになっていたのか。
「あのさ、僕が何も話していないのに笑ってる時ってよくある?」
「昔から頻繁に」
「昔から、しかも頻繁に」
これは大問題だぞ。
今度両親に会った時にでも文句を言わないといけない。
貴方達の息子は面白いことを考えている時に笑い声をあげるようになっています。
僕にどういう教育をしてきたんですかってな。
「はい、いくよー」
「ううううう」
痛い、痛い、痛い。
「あー、ここがこってるね。ほい」
強い! 力が強すぎる!
叫び出したいが、痛すぎて声が全く出ない。
できるとすれば、小刻みに震えることぐらいだ。
「ぶはっ! 呼吸ができなくて死ぬ!」
「これぐらいじゃあ死なないよ」
「もし死んだ時はすぐに自首するんだぞ」
「なんて言って自首するのさ?」
「腰を揉んでいて、ふと殺意の衝動に駆られて腰を押しましたって」
「捕まるのかなあ」
「知らん」
そこまで面倒は見切れない。
だって僕は死んでいるんだからな。
「に、してもだ。最近運動不足な気はしていたんだ。高校生時代みたいに運動していないしな」
「あれ? 帰宅部じゃなかったっけ?」
「帰宅部だったけどもね。あるだろ。行き帰りの自転車とか、体育とか」
「行き帰りって、歩いて三分のところに家があったし、体育も『今日はあの日で』とか言ってプールの時間以外全部休んでなかったっけ?」
これはあれだな、二つの意味で痛いところを突かれている。
「ほら、笑ってるよ」
「おっと、本当に笑ってるんだな。これじゃあ、会社にいる時も同じかもしれないな。これから気をつけよう。会社で『あの人、一人で笑ってる』とか言われてたら悲しいからな」
「すでになってたりして」
「怖いこと言わないでくれよ」
もし、そうだとしたら、是非誰か教えてもらいたいもんだけどな。
いや、言わない優しさってものもあるのかな。
もしくは不気味がっていて声をかけられないのか。
「はー、嫌だ。嫌だ」
「はい、終わり」
君が腰を叩いてマッサージは終わった。
「ありがとう、大分楽になったよ」
立ち上がり、一度大きく伸びをする。
「どういたしまして」
「君の方は腰、痛くなったりしない?」
「大丈夫。まだそんな年じゃないし」
「生物学的に言えば、君と僕は同い年のはずだが? それとも、僕の方は過度の労働のため、加齢のスピードが人の何倍か早いとでも言いたいのかい?」
「そうは言ってないけど、こっちは重い物とか持たないしね」
「僕も二度とあんなもの運びたくないよ」
「ところで、何運んで腰が痛くなったの?」
「味噌」
「あれ? 味噌作る会社だったっけ?」
「違うよ。取引先の会社から送られてきたんだ」
「何個ぐらい?」
「全社員分」
「うわあ」
「と、家族の分も。しかもその日はエレベーターの点検日で階段使うしか運ぶ方法がなかった」
「それは拷問だね」
「それが、この味噌です。どうぞ、お納めください」
僕はカバンから味噌を二つ取り出す。
「ありがとう」
「僕の血と汗と涙と腰が詰まってるから」
「それは、嫌かも……」
「どれが入ってるのが?」
「全部」
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