第四話 こだわりの牛乳とコンビニの決断

寝る前に飲む牛乳は、いつも飲んでいるときよりもはるかに美味しく思える。

だが、油断して歯磨きをした直後に飲んだ日には、目も当てられない状況に陥ってしまうこともある。

わかってはいるはずなのに、どうしても飲みたい欲求にかられてしまうのは、僕の意思が弱いからなのか、それとも悪魔の囁きでも聞こえてしまっているのか、それでも、今、僕が置かれている状況の方が危機的なものである。


「牛乳がない」


すっかり昨日の夜に牛乳を全部飲み終わっているのを今の今まで忘れていた僕が冷蔵庫を開けると、驚愕の表情を浮かべていた。

君がタオルで頭を拭きながら僕の顔を見て噴き出していたが、それよりも牛乳がないことがショックでたまらない。


「一日ぐらい飲まなくても死なないよ」


「そうは言うけど、昔からのお決まりで、どうも飲まないと落ち着かなくてさ」


人間の習慣とは恐ろしいもので、毎日行っている行動を妨げられると、どうしても体が落ち着いていられない。

たかが、牛乳一杯、されど牛乳一杯なのだ。


「買ってくる」


僕は牛乳を買い出しに行くため、パジャマを一旦脱ぎ、外に出かけるために服を着た。


「じゃあ、アイスもよろしく」


いや待て。


「君はこないつもりなのか?」


「え? 行くしかないの?」


「当たり前じゃないか、それなら君は僕が牛乳を買ってきても飲まないって言うんだろうね?」


「え? 飲むよ?」


「飲むなら一緒に買いに行くのが筋ってものだろう。しかもアイスまで頼んで自分は悠々する気だったろう」


「めんどくさい……」


「めんどくさいのは僕も同じだ。だけど、牛乳を飲まないと寝付ける気がしない」


「私は寝れるし、別に買いにいかなくても」


「それなら、これから買いに行く牛乳の所有権は僕にあることになる。君が飲む場合はきちんとした手順を踏んでもらう」


「例えば?」


「まずは許可証の発行を待ってもらう。これの発行には一日を要する。次に許可証を僕に見せてもらい、僕の中の内閣での審議が始まる。これで一日、内閣で審議が無事に終わったら僕の中にいる天皇にハンコを押してもらう。天皇も色々とお忙しい身なので、これには二日程時間がかかる。要するに、君が牛乳を飲むには四日かかるようになる」


「めんどくさいね」


「それは買いに行くのがかい? それとも、この手順がかい?」


「どっちもめんどくさいけど、手順の方がめんどくさいから、一緒に買いに行くことにする」


「それがいい、この手順を待っているうちに牛乳の賞味期限が切れる可能性もあるからね」


「どこまで買いに行くの? コンビニ?」


「ダメ、あそこだと僕の飲んでいる「ホルスタイン濃厚牛乳」が売ってないから隣町のスーパーに行く」


「遠い……」


何もわかっちゃいない。


「僕は数えきれないほどの牛乳を飲んできた。その中でも、あれが嗜好の一品に認定されてるんだ。あれ以外の牛乳を寝る前に飲むなんて考えられない」


「こだわってるわりに、よく忘れてたね」


そう言う時も人間にはあるもんだ。


「君は子供の時に大切にしていた物はあるかい?」


「クマのぬいぐるみかな?」


「そのぬいぐるみは今どこにある?」


「え? それはわからない。捨てちゃったかもしれない」


「それだよ。僕の今の状況は、大切にしていたはずなのに、忘れてしまう。この前の眼鏡の時もそうだったじゃないか」


「ごめん、わかりたくもないかもしれない」


わかりづらい日本語使いやがって。


「さあ、行くぞ」


「待って、今何時?」


「九時半だね」


「スーパー九時で終わりだよ?」


孔明の罠だ。


「……仕方ない、コンビニ行こう」


「あれ? こだわりはどこに飛んで行ったの?」


「閉店しているスーパーに押し入る覚悟があるなら行くけど、君、やる気ある?」


「ないね」


「そうだろう。スーパー側だって閉店後に急にやってきた強盗団が「牛乳を出しやがれ!」なんて言い始めたら駆けつけた店員も困惑して「もー……」って言ってしまうよ」


「……今のって」


「けして、牛乳とかけたギャグではないぞ」


もー…………

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