第三話 コーヒーとメガネの意外な関係

探し物があり、リビングに来ると、君がキョロキョロしているので声をかけた。


「君も探し物しているのかい?」


「あれ、あれが見つからない」


「すまない、あれ、とだけ言われても選択肢がありすぎて特定が難しいのだが」


「あー、名前が思い出せない、あれ、あれなんだけど、どうしても出てこない」


喉に手をトントン当てているが、それで出るものなのか?


「形は?」


「こんな」


指をぐるぐる回して形を表現されても、苦笑いするしかない。

しかし、わかった情報は、君が探しているものは丸いということだ。

選択肢が少し狭まっただけでも進展だ。


「食べ物?」


「違う」


食べられないらしい。


「食器とかではないの? ほら、丸皿とか?」


「ううん。違う」


君が首を横に振るので、再度思考を巡らせる。

丸くて食べられないが、食器でもない物とは?


「もう少しヒントをもらいたいね」


「えーとね……舐めたらしょっぱい」


「君はさっき食べ物ではないと言わなかったかい!」


「食べ物じゃないよ。でも、舐めたことはある!」


それを自慢げに話されても、どうしろってんだ。


「食べ物でもないものを舐めてしょっぱかった? まず、どうして舐めたんだ!」


「人間の興味は計り知れないのです」


それがどうした。

興味があったからって舐めたことを正当化しようとしても、僕は騙されないぞ。


「じゃあ、いつなくしたの?」


「それなんだよね。いつなくしたのかもわからない」


それじゃあ、探しようがない気がするが。


「最近買ったもの?」


「昔から持ってる」


昔から持っている、食べられなくて、舐めたらしょっぱいもの。

益々わからなくなってきた。


「昔から持っているなら、いつも閉まっている場所に置いてあるんじゃないかい?」


「そのはずなんだけど……」


「いつもはどこに置いてあったのさ?」


「どこだっけ……」


そこからか? いや、もうそれ、見つからなくてもいいんじゃないかな。

多分、そこまで重要じゃないよ、きっと。


「ないと困るの?」


「すごい困る」


「昔から持っていて、ないと困るものなのに、名前も忘れて、置き場所も忘れるなんて、非道すぎるだろ」


その探し物に意思があって、この話を聞いていたら泣くぞ。

泣いて泣きわめいて、置き手紙でも残して自分探しの旅に出てしまうんじゃないか。


「大事に扱っているならば、なくなることもないだろうよ」


「うーん……」


頼むから、名前だけでも思い出してもらいたい。


「あれないと車に乗れない」


「車に乗れない?」


ないと車が乗れない。

考えられるものは……。


「ハンドル?」


「それはないわ」


「悪かったね」


別に笑いを取りたくて言ったわけじゃないけど、少しぐらいクスリと笑ってくれてもいいんじゃないかな。

こんなところで心に傷を負うとは思いもよらなかったぞ。


「あー、思い出せなくてイライラしてきた」


「あのね、自分で探している物の名前を忘れておいて、イライラされたらこっちとしてはたまったもんじゃないぞ。あえて言わせてもらうが、イライラしている時に探し物をしても見つからないから、一度落ち着いてコーヒーでも飲んだらどうだい?」


「じゃあそうする」


「今、淹れてくるから椅子に座っておきな」


君が椅子に座ったのを確認してから、僕は台所に向かう。


「あれ?」


コーヒーの袋を持ち上げると、いつもと違う手触りのものが入っている。


「硬いな」


袋の外側から触ってみると、スプーンでもない凹凸がある。

袋のジッパーを開けて中を確認してみる。


「……眼鏡だ」


袋の中には眼鏡が埋まっていた。


「どうしたらこんな状況になるのか、それとも、異物混入か?」


異物混入で眼鏡?

これは一大事件だぞ……いや、犯人は分かりきってるし。

僕は袋を手に持ったまま君の前に戻ってきた。


「これの犯人は貴様か」


僕は君に袋の中身を見せる。


「あっ! あった! 眼鏡!」


「これかいっ!」


まさか、眼鏡のことだとは微塵も思わなかった。

そりゃあ、丸くて食べられなくて、昔から持っていて、車は乗れないかもしれないけど。


「この袋の中に入っていた経緯を教えていただきたいのだけれど」


「それはミステリーだね」


「いや、ミステリーじゃないでしょ。確実にこの中に入れた犯人は特定できてるよ」


「外部犯?」


「この状況でよくもそんな頭の悪い答えが思い浮かぶもんだ。どう見積もっても僕には内部犯としか考えられないんだが?」


「コーヒーの袋が真犯人とはね、明智くん」


「無機物を犯人にしたてあげるな。僕は平凡な人生の中で、まさかコーヒーの袋に入った眼鏡を見ることになるとは思わなかったね」


「事実は小説より奇なりとも言うもんね」


どうしても自分が犯人だと自白する気はないらしいな。


「では、僕はこれからこの眼鏡入りコーヒーでも入れるとするよ。君はどうする?」


「飲む、飲む。じゃあ、眼鏡を……」


「いや、入れるよ。存分にドリップして君のマグカップに注いで持ってきてあげるよ」


僕の笑みに、君の顔から余裕が消える。


「それはちょっと……」


「何を今更。この眼鏡はコーヒーの袋に入っていた。これが意図することはただ一つじゃないか、眼鏡コーヒーの時代が、いまここに幕開けたんだよ」


僕は両手を大きく広げ、恍惚の表情を浮かべる。


「ちなみに、今ならまだ間に合うとだけ言っとくよ」


「申し訳ないだす……好奇心からの行動でげす」


「名前を忘れてたのは嘘?」


「それは本当、コーヒーの袋に入れてたのも本気で忘れてた……」


「素直に白状したから渡してやろう」


君はいそいそと、僕が渡したコーヒーの袋から眼鏡を取り出す。


「……コーヒー臭い……」


そんな恨めしそうに見られても、僕のせいではない。


「それにしても、眼鏡の名前ぐらい忘れないで覚えておきなさいな」


「まさか自分でも眼鏡を言えなくなるとは思わなかった」


「ふー、そう言えば僕も探し物をしていたんだっけ」


「何?」


「あー……」


あれ?


「あれだよ……あれ?」


何だっけ?

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