第二話 眠気と腹痛の間で

車を運転していると、隣の席で寝ていた君がモソモソと起き出した。


「あ、ごめん。いつの間にか寝ちゃった」


いつの間にかも何も、二時間程度、隣の席から煩いイビキが聞こえ続けていたよ。

誠に迷惑千万だ。


「運転変わろうか?」


「ああ、今走っているところが高速道路だが、今すぐに変わってもらえるならしてもらいたいね」


「じゃあ、次のパーキングだね」


「次のパーキングまで四十キロあるけど」


 足も尻も痛いを通り越して痺れてる。


「うーん、どうも助手席に座っていると眠くなっちゃうんだよね」


その気持ちはわからないでもない。

後部座席に座っている時は感じない眠気が、助手席になると異常に眠くなる時がある。


「でもね、知ってもらいたいのは、運転手は助手席の人が眠っていると、つられて眠くなるんだよ。だから僕が何を言いたいかって、今僕は異様に眠い」


幸い周りに車はいないが、それでも睡魔が襲ってきた時の運転は怖いものがある。

しかし、高速道路で車を路肩に寄せて運転手を交代するのも一般常識的に考えられない事だ。

眠くなったら小まめな休憩をと唄っているわりには、パーキングの間が五十キロも離れている時とか、小まめな休憩とは一体何なのかを考えさせられる時もある。


「楽しい話でもしようか?」


「それはあれかい、自分でハードルを上げに上げて期待させといて、笑いどころがわかり辛くて笑えない。もしくは、自分で話している途中で、話している本人が笑ってしまって、最後にはどこが面白かったのかわからなくなるような流れかい?」


大概のパターンで言えば、「面白い話」と言われてから聞く話は、つまらない物なのだ。


「いや、笑えないけど楽しくはなると思うよ」


「興味はあるね。話してみてよ」


「ありえないほどお腹痛い」


やめてくれ。


「だから……次のパーキングまであと四十キロって…」


まさか、この展開は。


「それは無理だと思う」


「無理だと思うと言われて、はいそうですかと返せるほど今の状況は簡単には解決できないものだと僕は思うんだがいかがだろうか!」


「そうだね、早急に手を打たないといけないよね」


「しょうがない、次の場所で高速道路を降りるか」


「で? 次に降りる場所まで何キロ?」


「二十キロだね……」


「……絶望の言葉の意味を今日初めて知った気がする……」


絶望してもいいんだけど、この車僕のなんだよね。

最終的に絶望するのは君ではなく僕なのではないだろうか。


「気を紛らわせてどうにかするしかないな」


僕の提案に君は首を縦に振る。


「最近、面白いことあったかい?」


「これはどうかな。昨日の昼に起こった話です。お腹が空いたので冷蔵庫を開けると何も入っていませんでした。困ったので戸棚を調べてみると、奥からはあら不思議、カップラーメンが!」


「待て、それは僕が夜食のために買っておいたやつじゃないか。君は確か知ってるはずだろ」


「その時だけ、記憶喪失になっていたので、気がつかずに食べてしまいました。終わり」


その話は終わりではない。僕が事実を知ったこの瞬間が始まりになるのだ。


「まさかでも、カレー味を食べていないだろうね。食べていたのなら、これは戦争が始まるぞ」


「ピスーピスー」


そんなわかりやすく口笛を吹かれると余計に怪しいぞ。


「人のカップラーメンを食っといて、さらに、一番好きなカレー味を食べるとはどういう了見だ。腹が減っていて食っていい物と悪い物の判別もできなくなったとでも言うのかい?」


「カップラーメンは食べ物だと判断した」


「今はカップラーメンが食べられるか食べられないかの議論をしているのではない。いいかい。君が食べたカップラーメンは僕の血潮が混じった聖なるカップラーメンだったんだ。そこに何十種類ものスパイスが合わさり、コクと旨味が凝縮されたカレー味を君は食べたんだぞ。国が国だったら今頃裁判ものだ」


僕のカレー味への想いはきちんと君に伝わっているだろうか。つか、人の夜食を食べるな。


「ちょっと待って……波がきた……」


「僕の話、ぶっちぎったね」


気持ちはわからないでもないけど、腹痛の波が来ると他の事柄を考える余裕なんてなくなるもんな。

特に運転なんかしている時には、事故でも起こしてしまうぐらい周りの景色が脳に入ってこなくなる。


「カレー味の話なんかするからこうなった……」


「事もあろうにカレー味をそんな所で否定しないでもらってもいいかな!これから美味しく食べられなくなるでしょうが」


「少し、横になって気を紛らわせる……」


「その方がいいね。高速道路を降りてコンビニに着いたら起こすよ」


君が椅子をリクライニングする。


「ふう……あ……」


僕はこの瞬間に感じたのだった。


「腹が……痛い」


本当の絶望はこれからだと。

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