27話
「陽向? 大丈夫?」
打ちひしがれていると、海斗が顔をのぞき込んできた。呑気そうなその顔を見たら、プッツンと神経が切れた。バンバンと床を平手で叩く。
「くそっ~~お前は、どうしてそうなんだ!? 今の状況がわからないのか!? 自分がどうなるのか気にならないのかよっ!? 山登りかもしれないんだぞ!?」
「えっ、山登り? いいね、山登り。地下牢もSMみたいでぞくぞくするけど、やっぱりそろそろ新鮮な空気が吸いたいなあ」
「お前って奴は、本当に……」
頭が痛くなってくる。
これがバカのふりをしているだけなら、相当な演技力だ。アカデミー賞も夢じゃない。
「陽向? 具合でも悪いの?」
「……そうだよ。お前のせいでな」
「もぉう、陽向はいつも考え過ぎなんだよ。お前は沖縄を離れてもう十年だから、すっかり神経質な都会人になっちゃってさ。沖縄の碧い空と海を思い出せよ。そしたら、何もかもどうでもよくなるからさぁ。ほら、なんくるない。なんくるないさぁ」
「うわっ、俺初めて聞きました。生なんくるないさ!」
ボンレス君は、変なところで感動していた。
「え、そうなの? じゃ、ボンレス君も一緒に」
「え、ええっと、なんくるないさ?」
「違う違う。もっと『さぁ』をだらーんと伸ばして。ほら、陽向も! なんくるないさぁ!」
大声で「なんくる、なんくる」を大合唱する男たちを見ていたら、自分の意図に反して吹き出してしまっていた。自棄の気持ちも相まって、笑いが止まらない。
「ったく、お前は……なんくるあるから言ってるのに……」
「陽向……」
目じりの涙を拭いていると、海斗がキョトンとした顔で見つめてきた。
「え? 何?」
「や……別に……」
海斗はしばらく宙を見て何やら真剣に考え込んでいるかと思ったら、急にボンレス君に視線をやった。
「ねぇ、ボンレス君。君さ、男同士とかって、興味ない?」
「はいっ!?」
驚きのあまり、ボンレス君の手から花札が落ちた。
「何ですか、急に!? 興味ありませんよ! まぁ確かに、ヤクザじゃそうゆうのも多いって聞きますけど……」
「でしょ。じゃぁ、勉強してみる気ない? 今後の出世につながるかもしれないよ」
「は……?」
意図を汲めていないボンレス君の前で、海斗が陽向の肩を抱いた。
「あのね、実は俺たち、付き合ってるんだ」
「ちょ、海斗っ!?」
相手の肩を押し返すが、びくともしない。牢獄筋トレは効果抜群らしい。
ボンレス君が目を泳がせる。
「……はぁ、まぁお二人の関係は誠吾さんから少し……でも、それが何か?」
「ボンレス君もさぁ、こんなところに夜中じゅういたらタマるでしょ。まだ若いんだし?」
「は、はぁ……まぁ」
「じゃぁさ、ちょっとくらい目をつぶってよ。何なら見ててもいいし」
海斗は、隣の陽向を指さした。
「こいつ、陽向ね、こうガミガミカリカリしてるようにみえてね、あん時は、すごおく可愛いんだよ。何だかんだ言って尽くしてくれるしさ。それがまた必死でたまらないの。見てるだけでヌケるよ」
海斗の手が、卑猥なジェスチャーをする。
(こいつ、何考えているんだっ……!?)
陽向はパニックのあまり、口をパクパクさせることしかできなかった。
一方のボンレス君は不審そうにしながらも、海斗の言葉にじっと耳を傾けていた。
「ちょっと見てみたいと思わない? 後学のためにもさ」
海斗がウインクしてみせると、ボンレス君はハッと我に返った。
「で、でも俺、誠吾さんにバレたら……あなたを必要以上に陽向さんに近づけさせるなって」
「え~大丈夫。あの人、気にしないよ。口ではどう言ってたとしても、あの人が気にするのは〝真実〟だけだから。それを得るためなら俺たちみたいな小者、どうなろうと知ったこっちゃない。あ、何ならさ」
海斗が名案、とばかりにひとさし指を立てた。
「ボンレス君がその気になったら、陽向もすっごいサービスしてくれるかもよ」
「ちょ、お前……! 何、言って——」
抗議の声をあげようとした口を、海斗の手が塞ぐ。耳元に、いつもよりかさついた声がかかる。
「しっ、黙ってて。今いいところなんだから」
「はっ!? いいって、お前にとってだろう!?」
「だーかーらー、ふりだよ、ふり! もしボンレス君が俺たちのイチャイチャぶりを見てその気になったら、鍵を開けてくれるかもしれないでしょ?」
「それで俺が襲われてる間に、お前はとんずらか?」
「まさかっ、一緒に逃げるんだよ」
「信用できるか! だったら、お前がボンレス君に掘ってもらえばいいだろう!」
「いやぁ~。俺、基本的に女の子に掘ってもらうのが好きなんだよね」
「と、倒錯してる……」
「まぁまぁ、それにさ——」
海斗の手が、するりとシャツの中に入ってきた。
「久しぶりに俺も、陽向の乱れる姿見たいし」
「……ひゃっ!」
耳朶を噛まれ、びくりと身体が浮く。
「ちょ、海斗、やめっ……!」
「ね。見て見て。俺の陽向、可愛いでしょ?」
返事の変わりに、ボンレス君が息を呑む声が聞こえた。
ぬるりと、海斗の舌が耳奥に入ってくる。
「海、斗っ……やっ、そこはっ……!」
「いい感じ、いい感じ。この調子なら、すぐにでも逃げられるよ」
からかいを含んだ海斗の息が、耳にかかる。
(……くそっ! やっぱり、こいつ、策略家だっ!)
徹底したバカぶりは、やはり獲物を油断させるための作戦だったのだ。
くそっ、これ以上、騙されてたまるかと、必死にもがく。
「ちょ、ちょっとっ、陽向ぁ~ 大人しくしててよぉ~」
じれた海斗が、陽向の両腕を背中で拘束した。情けない声とは対照的に、抵抗を許さぬ強靱な手つきだ。
「少しは協力しなよ。ここから逃げたいんでしょ?」
「くそっ、離せっ……! そんなの当たり前だっ……!」
「なら、もうちょっとサービスしてよ。せめて、大人しく感じてるふりとかさ。ボンレス君も見てるんだし」
「だったら、お前がその気にさせてみればいいだろうっ!」
売り言葉に買い言葉。怒りとパニックのあまり、つい口が滑ってしまった。はたと気づいた時には遅かった。
「ったく、本当にお前って——」
ため息まじりの低い声がしたと思ったら、腰をグイと掴まれた。そのまま四つんばの状態にされてしまう。
「陽向。ほんとお前って、可愛いすぎ」
「ちょ、海——!?」
チノパン越しに海斗の半勃ちが押しつけられ、ペロリと相手が舌なめずりする音が牢屋に響く。
「なぁ、いいよな? 最後までして。俺、我慢できなくて……」
「まっ——お前、さっきふりって……!?」
「陽向が煽るのが悪いんだろう。恨むなら、自分の短気を恨め」
ずるりとチノパンを引き剥がされ、尻を掴まれた。はぁはぁ、と海斗の荒い息が聞こえる。
(やっぱりこいつ、計算とかいう訳ではなく、ただヤりたいだけだったんじゃないのか……!?)
そう思ったら、そうとしか考えられなくなった。
なぜって、海斗の優先順位はいつだって、その時の欲望なのだから。
(くそっ、くそっ、くそっ! やっぱり、こいつは正真正銘のフムリンだっ!)
腰を掴む海斗の腕を何とか引き離そうとするが、うつ伏せの姿勢で両腕をとられているとなると、できることは限られてしまう。
「ふふ、どうしたの? 腰振っちゃてさ。そんなに、俺のことが欲しいの?」
「そんな訳あるか! このフムリン(アホ)! クーパー(ばか野郎)! ゲレンゲレンパー(くるくるパー)!」
「ったく、そうゆうの逆効果って、いい加減気づきなよ」
海斗の指が、後ろの入口あたりをしつこく撫でる。
「くっ……」
これ以上、一般人にはよくわからない海斗の興奮のツボを刺激したくなくて、もがくのを諦める。
——もしかして、このままヤられてしまうのか?
屈辱感に耐えきれず、陽向は自らの腕の中に顔を埋めた。
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閲覧いただき、ありがとうございます!
↓現在、別サイト様で以下の2つのお話が連載中です。↓
週末にあらすじ動画のビュー数を見て、
増加数の多い方の作品をメインに更新したいと思いますmm
◆『不惑の森』(ミステリーBL)
https://youtube.com/shorts/uVqBID0eGdU
◆『ハッピー・ホーンテッド・マンション』(死神×人間BL)
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また、「郁嵐(いくらん)」名義でブロマンス風のゆるい歴史ファンタジー小説も書いています。
新作も連載中なので、気軽におこしくださいませ~
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